東京で奮闘する、ニューヨーク出身の社会起業家

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 東京を拠点に社会起業家として活躍するニューヨーカー、プリヤ・スルタン氏に聞いた。
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 2020年、北極圏のシベリアは摂氏38度の猛暑を記録した。2021年はヨーロッパ各地で洪水や山火事などの災害が相次いだ。同年、カリフォルニア州ロサンゼルス近郊沖合の原油の流出事故は、海洋汚染を引き起こした。私たちは、気候変動が人類の未来にとって真の脅威であることを実感している。また、戦争や食糧難、水不足という問題も抱えている。そして、資本主義のもとで必要以上に物事を享受しようとする人々の欲望が一向に収まりそうにないことは、新型コロナウイルスによるパンデミックが証明したといえよう。

 個人、地域社会、国がそれぞれのレベルで経験している不安を抱える中で、東京を拠点に活動する起業家プリヤ・スルタン氏は、爽快な息吹を感じさせる存在だ。スルタン氏は「奮闘しなければならない」との覚悟をもって、社会起業家精神の啓発に取り組み、世の中を変えたいという志をもつスタートアップや個人を支援している。スルタン氏は、"インパクト"と"ディスラプト"(既存の枠組みや慣例を打破し、革新的なアイデアや手法で新たな変化をもたらすこと)という二つの言葉を頻繁に使う。

 インドで生まれ、ニューヨークで育ったスルタン氏。彼女は、ハルト・プライズ財団や国連、そして自身が起業したソーシャルインパクトラボジャパン(東京都千代田区)の活動により注目されている。東京に来てわずか2年の間に、彼女は企業だけでなく若者やさまざまな人々に働きかけ、支援してきた。彼女は慣例を打破し、変革すること、持続可能であることに重きをおき、発想の転換や世界を変えるための行動へと導く。

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ソーシャルインパクトラボジャパンの立ち上げ

 スルタン氏は、ビジネスの学位と国際関係の修士号を持ち、金融業界で経験を積んだ。その後、ニューヨークでハルト・プライズ財団のグローバルプロジェクトディレクターに就任した。

 同財団が主催するハルト・プライズは、2009年から毎年開催されている世界最大の学生のための起業アイデアコンペで、支援者のひとりであるノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス博士が「学生のノーベル賞」と称したことでも知られる。ビル・クリントン元米大統領をはじめ数々の著名人が、次世代のリーダーとなる学生を支援している。

 スルタン氏がCEOを務めるソーシャルインパクトラボジャパンでは、新プロジェクト「ソーシャルミッションフード・グループ」や、まだ計画段階ではあるが、地方の再活性化にも取り組んでいる。「ハルト・プライズ財団とソーシャルインパクトラボジャパンはどちらも、社会を変革し、食糧、水、教育を通じて人々の生活の質を向上させることを目標としています。これらが行きわたっていない人々がいるのは、いままで間違ったやり方でビジネスをしてきたからです。これからの世代は、世界をより良くしなければならないのです。私は"インパクト"とは改善だと捉えています」

スタートアップの育成と支援

 スルタン氏の日本での活動は、大企業、スタートアップ、大学、高校、専門学校などと協力し、野心的な学生や起業家に、定期的な成長支援プログラムやワークショップ、ネットワーキングの機会を提供することだ。起業やスタートアップに関心がある若者たちにとっては、大企業や閉鎖的な企業に就職するだけが選択肢ではないと考えている。

 スルタン氏は、日本でも「スタートアップ・エコシステム拠点形成戦略のグローバル拠点都市」および国家戦略特区「グローバル創業・雇用創出特区」の福岡市が、外国人の起業を歓迎し、支援していることを例に挙げる。また、東京都内では「渋谷スタートアップサポート」を行っている渋谷区も起業家にとっておすすめの場所だと続ける。都心に国内外からスタートアップを招聘する取り組みで、地元の企業との繋がりを促進し、有益なアドバイスやリソースを提供してもらうことができるからだ。

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若き起業家の育成

 ソーシャルインパクトラボジャパンの実績としては、都内にあるアメリカンスクール・イン・ジャパンの学生だったカイラー・中島コールドウェルさんの例がある。彼は16歳ながら、学校の調理場で画期的な栄養バーを開発した。レストラン、ハル・ヤマシタを率いる山下春幸シェフのサポートも受け、日本で2021年に商品化された。栄養価も高いため、将来は栄養失調の人々が問題となっている地域で提供することを目標としている。固定観念を覆す、革命的なアイデアのポテンシャルが注目されている。

 ソーシャルインパクトラボジャパンの理念と戦略においては、サポートとメンターシップこそが鍵だ。スルタン氏は続ける。「インキュベーションの充実が若き起業家には必要です。彼らがよく直面する課題は、経営していくためのスキルを十分に持ち合わせていないことです。だから、彼らは学ぶ必要があるのです。マーケティングを理解していない人もいれば、製品を開発する方法、市場に出す方法、事業を拡大する方法を理解していない人もいます。つまり、彼らには学ばないといけないスキルがあります。私たちは、起業家が前進するために不足しているスキルやネットワーク、サポート体制を構築するのに役立つワークショップやトレーニングセッションを提供しています」

 ニューヨーク出身の文筆家ローレン・エルキン氏の著書『Flâneuse』(2016年)には、美しくも痛烈な一節がある。「私たちは秩序を乱す権利、傍観しておく権利または傍観しない権利、独占する権利または独占しない権利、自分たちの居場所を思い通りに整えるか、整えないでいるかを選ぶことができます」。プリヤ・スルタン氏を想い起こさせる言葉だ。外国人であり、女性でありながら、保守的な文化が残る日本で新たな社会構造を切り拓くために、彼女は人を鼓舞し支えたいという想いで自らの使命をまっとうしている。

*本記事は、「Tokyo Weekender」(2021年10月8日公開)の提供記事です。

取材・文/ポール・マッキネス
写真/アンナ・ペテク
翻訳/長沢光希