ベトナム人起業家が挑む日本テック業界への革新

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 ITコンサルティングのスタートアップ企業「Tokyo Techies(トウキョウテッキーズ)」の創業者兼CEOであるドゥック・ドバ氏を駆り立ててきたのは、尽きることのない野心だった。東京で外国人テックワーカーにチャンスを提供するという役割を、どのように果たしてきたのか。ドバ氏が語ってくれた。
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Tokyo TechiesIT研修センターとしてスタートを切り、すぐに多文化に対応するITコンサルティング企業へと成長。日本の多くのテック大手と提携している。

 日本は世界3位の経済大国で技術革新と起業家精神の長い歴史を誇る国にもかかわらず、いまだに海外のスタートアップ企業にとっては言語や文化、硬直的な制度が障壁となって進出しにくい面が残るのも事実。そんな中でもドバ氏は、母国ベトナムで培われた文化との相乗効果、機敏性と信用の価値観を忠実に守ることで、起業家としての夢を実現してきた。

タインホアから東京へ

 Tokyo Techiesを立ち上げる前のドバ氏は、ベトナム・タインホア省の学生起業家だった。首都ハノイのすぐ南に位置しているタインホアは戦争で甚大な被害を受けた街だが、国内トップクラスの高校があることでも知られている。本を買うお金もない家庭環境で育ったドバ氏だが、代わりに地元の図書館に通って勉強に励んだ。

 「ベトナムの人々は貪欲です。みんな勉強ではとてもいい成績を収め、就職先を探す際はトップを目指すのです」とドバ氏は語った。彼は両親が教師だったことから教育面では常に激しい競争にさらされる環境で育ち、幼い頃から歌や作文、後にはプログラミングなどさまざまなコンテストへの参加を勧められてきた。

 「今でも顧客が複数のベンダーの中から依頼先を選ぶコンペに参加する際は、コンテストに出る時の気持ちで臨みます」とドバ氏は言う。「いつ何をするにしても、一番になりたいんです」

 ベトナム国家大学ハノイ校でITを学び始めて2年目、ドバ氏はアクシスソフト社から奨学金を受け、日本での研修プログラムに参加する10人の1人に選ばれた。彼はこのプログラムを通じて日本語を学び、この時出会った日本人のある後援者がドバ氏の潜在的な可能性を評価し、東京での仕事をオファーしてくれたのだ。

 東京に来てから14年の間に、ドバ氏は日本有数のテック企業数社でその仕事ぶりを評価され、管理職やエンジニアの仕事を任されてきた。

 しかしながら、これらの大企業での仕事には限界も感じていたと彼は言う。技術的な議論において従業員らは決められた枠組みに従い(それには何度も承認を得る手間も伴った)革新的すぎるソリューションを提案すると決まって反発の声に直面した。「君は外国人だから分からない」というような批判もちらほら耳にした。日本にはスキルを有するITエンジニアへの需要があると感じていたドバ氏は30歳で転機を迎え、自ら事業を起こすことを決めた。

東南アジアの台頭

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両親とも教師だったドバ氏は常に教育の力を重視してきた。

 「私の情熱は満足とは無縁なんです」とドバ氏は断言し、「私たちは日本の社会全体に新しいエネルギーをもたらしているのです」と語った。連帯感や信頼を重視する文化的背景を持つドバ氏は、ほかの人々に影響を及ぼす力や、グループでの作業から生まれる、より総合的な力を理解している。

 こうして2017年にTokyo Techiesが誕生した。IT教育研修企業としてスタートした同社はその後、コンサルティング、データサイエンス、AI、サイバーセキュリティやクラウド構築関連の製品開発にも進出してきた。

 ドバ氏は、日本の労働環境には個人の資産を損なうことなく失敗できる余地があると考えており、またベトナムと日本の文化には、「自分に厳しい」、「既にある足場を利用する」、「企業環境を守る」という類似点があるとも感じているという。「成功ではなく失敗から学ぶのです」と彼は言う。

 彼が最も情熱を傾けるのは「教えること」だが、IT専門家の視点から見て、日本企業には特定のスキルセット(仕事をする上で重要な技術や知識の組み合わせ)が欠けていることに気づいたという。

 法務省によれば、2016年には日本にいる外国人技能実習生の大半がベトナムからの実習生だった。テック分野で働く東南アジア出身者は、既定の労働時間以上に働いて競争しようという野心がなく、外部委託契約に甘んじることも多い。しかしドバ氏は、製品には継続的な開発が必要であり、それには頭と心の両方を使って根気よく取り組むことが求められると考えている。

文化的にも民族的にも多様性のある企業づくり

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東京で仕事も私生活も充実させるには、ボランティア活動への参加や国際的なコミュニティでの活発な活動、自発的な人々の中に身を置くことがきわめて重要だとドバ氏は言う。

 現在のTokyo Techiesの従業員は、ネパールやインド、インドネシアなどの海外出身者が圧倒的多数を占めている。同社はその経営理念の中で、外国籍の労働者が新しい視点や経験、価値観をもたらしてくれる存在だと強調している。

 「子どもの頃の生活水準を忘れないことで、地に足がついた状態を維持することができています。それに底辺からスタートしたので、厳しい状況にも適応する能力が身についています」とドバ氏は言う。「日本での企業価値を拡大できたことで、ほかの人々にもより多くのチャンスを提供できるようになりました」

 業界の競争は激しいが、ドバ氏はクライアントに真の価値を提供することを優先している。外部委託などを使うコスト削減策の方が安上がりかもしれないが、品質と機敏性というTokyo Techiesの中心的価値観については堅持したい考えだ。

 「日本人向けに設計されている市場において、日本の人々自身が気づいていないような特徴を掴んで、外国人として提案するということがチャレンジだと感じています」

 従業員には、世界のどこからでもリモートワークができるようにしている。価値というものは所在する場所にあるものではなく、最終的なアウトプットだとドバ氏は信じており、だからこそ海外の従業員にも日本と同じ水準の報酬を提供している。

 Tokyo Techiesは、そのサービスに対して他の日本企業よりも高額な料金を請求する場合が多い。「私たちが東南アジア出身だからといって、標準の3分の1の料金でいいなどということはないと示したいのです。私たちが安売りせずに相場よりも高い料金を請求するのは、私たちがスキルのある企業だからであり、迅速に問題に対してソリューションを提供できるスキルを持った人材を揃えているからです」

ボランティア、友人そしてリーダーシップ

 ドバ氏は自らの指導スタイルについて、母国ベトナムでのボランティア経験や、在日ベトナム学生青年協会(VYSA)でのリーダー経験にそのルーツがあると考えている。彼は現在もチャリティ活動を続けており、会社の利益の一部をベトナムの恵まれない子どもたちに寄付している。

 「善い行いはいずれ自分に返ってきます」と彼は言う。「私はその場限りの金銭的価値ではなく、実際に人が置かれている環境に投資をしています」

 「私たちは与え、与え続けていきます。単なるギブ・アンド・テイクではありません」とドバ氏は語る。彼は、自分の価値観について自信を持ってアピールし、仕事以外でボランティアに参加する機会をみつけ、自発性のある人々の中に身を置くことを日本在住のほかの東南アジア出身者たちにも奨励している。

取材・文/オーロラ・ティーニョ
写真提供/Metropolis
翻訳/森美歩

*本記事は、「Metropolis(メトロポリス)」(2022年5月6日公開)の提供記事です。