予防医学にまつわる、プラットフォームを展開
大好きな業界の現実。課題解決を目指したビジネスモデル
東京女性経営者アワードを受賞したことで、SNSで大きな反響がありました。お客さまからお祝いの言葉をいただいたり、女性メンバーから「同じ女性として、かっこいいと思います」と言ってもらえたりしたこともうれしかったですね。個人的には、両親がとても喜んでくれたことで、親孝行にもなったかなと思っています。
私のビジネスの原点は、学生の頃から大好きだったマッサージです。株式会社エムアウトの新規事業開発部に在籍していた2009年、ビジネスモデルを考えるときに、自分の好きな業界の課題を解決したいと思いました。当時のマッサージ店は電話で予約するか、お店に直接行くというのが当たり前だったので、「ネットで予約できるようになったら便利だな」と思ったことが始まりです。
まずは、口コミが見られて予約できるポータルサイトをつくろうと思いました。そこで、市場調査として、整体師、柔道整復師、鍼灸師など500人の方にアンケートを取ったところ、施術する人たちがとても疲弊していることがわかったんです。労働時間が長い、勉強する時間がないのでキャリアアップもできない、経営者は施術、経理、採用など、一人で何役もこなさなければならない...。
私を元気にしてくれる人たちが、こんなに元気がなかったということに驚きました。現場の人たちを支えないと業界が縮小していくと考え、ビジネスの順番を切り替えて、先に施術者の情報コミュニティサイトなどのプラットフォームを立ち上げています。
「自分がやり抜きたい!」と、MBOを決断した日
翌年の2010年には子会社として株式会社クロスリンクを設立し、プロジェクトリーダーだった私が社長に就任しました。私は元々経営者になりたかったわけではないので不安もありましたが、1年間テストを続けてきて、いよいよ実際に会社として運営できるという喜びのほうが大きかったですね。
その後親会社のルールに則り、この事業の売却交渉が始まりました。当時は施術者向けの求人サイトと店舗・利用者向けの予約システムという2つの柱があったのですが、両方とも買い取るという会社はなかなかなく、交渉が進みませんでした。私としては「施術者がもっと評価される社会にしたい」という業界全体の変革が目的なので、この2つは切り離せません。そんな日々のなかで、「それなら、ビジネスモデルをつくった自分がやり抜きたい」という気持ちが生まれました。
自社から事業を買い取って、完全に独立する。MBO(Management Buy out)が視野にありながら、その頃は毎日悩み、泣いてばかりでした。会社を買い取るということはすべての責任を負うことだし、従業員の未来も背負うことになる。「本当に私でいいのだろうか?」と迷い続けました。
そんなとき、父の「なかなかできない経験だから、やってみたら」、取締役の「矢野さんがやりたいなら、やればいい。その背中を見て、ついていくかどうか決めるのは社員のみんなだから」という言葉が背中を押してくれました。この頃は政府が「健康寿命の延伸」を成長戦略のひとつに掲げたときでもあり、「予防医学であるこの領域を活性化すれば、日本は変わる!元気になる!」と、思い切って決断。2012年にMBOを実施しました。
困難が立ちはだかっても、止まることなく動き続ける
これまでを振り返ると、大きな危機というものは起こっていないですね。正直、「どうしよう?」と思ったことはあったかも知れないけれど、あのときがあったから今がこうあるのだと、うまく切り替えられている気がします。
例えば、予約システムは24時間稼働しているものなのですが、一時サーバーダウンしてしまったことがありました。そのときはサーバーの構成がよくなかったことなどを洗い出し、インフラのエンジニアを採用するなどして課題を解決しています。今はほとんどストップすることなく、安定稼働していますね。
何か困難なことが起こっても、それに対処することで、結果的には会社にとってプラスになっていくものだと思います。
それでも不安になったときは、お客さまのところへ営業に行っていました。悩むだけで何もしていないと悪い方に考えてしまうので、とにかく動く、何か提案をする。そこでお客さまに「いいね」と言っていただけたら、それだけでうれしくなって、前進できます。そうすれば何かが変わるし、新しい出会いがあったり、新しいことが生まれたりします。「あれをすればよかった」という後悔だけはしたくないので、常に動くことを大切にしています。
導入のしやすさもポイント。店舗に気づきをもたらした予約システム
予約システムの導入費用は月額5000円台からと、かなり低価格です。マッサージは美容院などに比べて単価が高くないし、しっかりと定期的に通うものでもないので、そのことを考えた上での設定にしています。ですので、この価格はとても喜んでいただいています。
実際に導入して驚かれるのが、深夜2時や3時に予約が入ることですね。今までは開店時間だけで受け付けていたところが、予約システムがあれば24時間受付が開いているようなものなので、「これまで、結構取りこぼしていたのかも知れない」と気づいていただけることが多いです。
また、予約システムに登録した利用者とのリレーションが生まれることも特長です。コロナ禍は結果的に、その大切さをより一層伝えることができたのではないかと思います。利用する人はどうしても慎重になる時期なので、行ったことのある、信頼できるお店を選ぶんですね。マッサージ業界は全体に厳しい状況ですが、予約システムを導入しているお店の予約件数をみると、コロナ禍前に比べて2割ほどの減少にとどまっています。
「現場の業務効率がアップした」というお声もよく聞かれます。今までは予約が入ると紙に書いたり、変更があればまた書き直したりしていたことが、このシステムがあればネット上で自動的に行われるので、そういった手間や予約のミスもなくなります。最近では施術者の方が自分の働くお店を探す際に、ネット化がどれだけ進んでいるかということも判断基準になってきています。
施術者が評価される社会に向けて貢献したい
弊社では、営業する人のことを「パートナー」と呼んでいます。「営業」というとモノを売る人という感じですが、私たちはお店の成長を一緒にサポートするためのプラットフォームをつくっているし、それが予防医学の領域の活性化になると考えているので、営業ではなくパートナーなんですね。
施術者がきちんと評価される世の中にしたいという想いは、今もずっと変わっていません。私は名刺に「マッサージコンシェルジュ」という肩書を入れ、商標登録もしています。これは施術者と利用者の間に立つ、コンシェルジュのような役割が必要だと考えたからです。施術者にとっては自分の得意分野に合うお客さまと出会えた方が力を発揮できるし、お客さまの満足度も高くなりますよね。この仕組みも、ゆくゆくはシステム化していきたいと思っています。
また、正しい情報発信もしっかりとしていきたいと思います。例えば、鍼(はり)を打つというのは何となく怖いというイメージを持たれている人も多いと思うのですが、東洋医学だからできることがあることを知ってほしいですね。国家資格を持つ方が、しっかりと評価されるようになってほしいと思います。
会社を設立した頃は、まだ予防医学という言葉が一般には浸透していませんでした。時代を先取りしていたので苦しい部分もあったんですが、真摯に続けてきてよかったと思います。予防医学の大切さを伝えて、この業界に貢献していきたい。それが、これからも私の使命です。