東京をより魅力的な旅行先にするには?

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デービッド・アトキンソン

【寄稿】株式会社小西美術工藝社の代表取締役社長で『新・観光立国論』など多くの著書があるデービッド・アトキンソン氏。2020年からは日本政府の成長戦略会議の一員として、日本の観光政策についても助言し続けている氏が、観光地としての東京について語る。

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浅草の浅草寺は訪日外国人観光客に大人気のスポットだが、東京は寺院のみならず、もっと多様な顔や魅力を持つ街だ。Photo: iStock

 東京は、1000万を超える人々の暮らしや仕事を支える巨大メトロポリスであると同時に、訪日外国人にとって、驚くほど多様な魅力を持つ街だ。

 たとえば、食。日本の中心だから、高級懐石や寿司から下町の食堂まで、ありとあらゆる和食に舌鼓を打てるのはもちろんのこと、世界各国の料理を楽しむことができる。それもイタリア料理やフランス料理だけでなく、ギリシャ、南米、インド、タイ、中国、韓国など、文字通り世界中の料理店があるのだ。そこで供される料理の多くは、日本人の味覚に合うようにアレンジされているため、オリジナルとはまた異なる面白さがあるだろう。東京には数え切れないほどクールなバーもある。

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銀座の歌舞伎座のまわりにはモダンなビルが立ち並ぶ。2013年に老朽化のため建て替えられた歌舞伎座は、元の伝統的なデザインを踏襲したものとなっている。Photo: iStock

 東京で劇場といえば、伝統的な歌舞伎や能楽の劇場だけではない。現代演劇やオペラ、オーケストラのコンサートを楽しめるホールも多い。

 また、伝統的な木造建築の隣に超モダンなビルが建っているかと思えば、19~20世紀初めに建てられた和洋折衷の建物も数多くも残っている。

 買い物にしても、陶磁器や刃物、着物、骨董品をはじめとする伝統工芸品もあれば、日用品の買い物も楽しい。また、高級ブランドショップは、世界でも有数の品揃えを誇る。

 もちろん、アニメやマンガ、オタクグッズなど、世界に名を馳せるユニークでニッチな文化もある。

 重要なのは、高尚な文化や名建造物と同じくらい、日常生活にも素晴らしい魅力が詰まっているということだ。

東京のオリジナリティと多様性が、東京の魅力となる

 東京には、イメージするようないわゆる大都市とは異なる顔もある。最南端は東京の中心地から1,000キロも離れた小笠原諸島だし、西部には登山を楽しめる山々や手つかずの自然が広がる。

 この多様性は観光客にとって素晴らしい宝になっている。なにしろコロナ禍前の2019年には、世界規模では15億人もの人が国外旅行へと出かけていたのだ。どんな都市であれ、一面的な魅力では彼らの旺盛な好奇心はとても満たすことができない。

 東京がその多様性を活かすカギは、本来の形を大切にしつつ、外国人観光客が親しみやすい仕組みを作ることだろう。

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体験型の日本文化アクティビティは人気だが、日本の独特な文化を伝えるには、日本だけではなく世界に関する知識が必要だ。Photo: iStock

 たとえば近年、要所要所に、英語やほかの言語のネイティブスピーカーが書いた、あるいはチェックした案内表示や標識が設置されるようになってきた。外国人観光客にとっては、「和製英語」を発見するのも楽しい経験のひとつだが、重要な情報は正確に伝わるものでなくてはならない。無料Wi-Fiも導入され、電車や地下鉄も以前より利用しやすくなった。

 多くの外国人観光客は、事前に勉強するよりも、滞在中に日本の歴史や文化を学びたいと思っているので、さまざまな情報が現地で提供されることを期待している。つまり、日本について予備知識がほとんどないのだから、日本の文化や歴史をわかりやすく説明する工夫が必要だ。世界のほかの国々から見ると、日本は非常に独特な文化を持っているからこそ、日本に詳しい人だけでなく、すべての旅行者が楽しめるようにする必要がある。こうした情報を適切に伝えることは、予想以上に難しいことであり、提供する側にも自国のみならず世界に関する深い理解が必要だろう。

日本文化を楽しく、オーセンティックに

 こうした努力の大部分は訪日外国人を念頭においてなされているが、実は、解説案内板などの設置は日本人にも喜ばれている。たとえば、東京国立博物館が英語をはじめ複数の言語で展示品の解説を表示するようになったとき、日本語の説明も加筆され、展示品の歴史的・文化的な意味合いがこれまで以上に丁寧に説明されるようになったのだ。これによりその展覧会は、海外からの来館者だけでなく、日本の来館者にも好評を博した。

 旅先で何らかのアクティビティに参加することは、世界的なトレンドになっている。日本の文化も、見るだけ、説明を聞くだけだった時代から、体験する時代になってきた。日本の伝統文化は、外国の文化や現代の日本文化とも大きく異なるから、それを経験できるのは大きな魅力だ。何かをただ見聞きするのとは違い、より直接的で内面に働きかける経験ができる。茶会に参加したり、生け花をやってみたりすると、日本の文化をより深く理解できるようになるだろう。

 とはいえ、こうしたアクティビティは、利用者のニーズに合わせて工夫しつつも、なるべく本来の形を維持して提供する必要がある。このバランスを取るのはなかなか難しい。

 訪日外国人にも日本人にも東京の魅力を十分感じてもらうためには、それなりの投資が必要だ。旅行客が訪れたい場所とは、それとして「作り出される」べきものだからだ。

旅行先としての東京、生活の場所としての東京

 究極的には、東京の最大の財産は、そこに生きる人々にある。したがって、東京の住民が世界の人々と、簡単かつ楽しくコミュニケーションを図れる工夫が必要だ。そのためには、観光業界は、多様な文化的背景を持つ訪日客を迎え入れる都内の観光地や事業者に対して、その負担を上回る経済効果をもたらす仕組みを作る必要があるだろう。

 東京は、そのままでも極めて魅力的な旅行先だ。なぜなら、その最大の財産といえる人々が生活している場所なのだから。重要なのは、それをいかに持続可能なものにしていくかだ。

デービッド・アトキンソン

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株式会社小西美術工藝社、代表取締役社長。 金融サービスコンサルティングの経歴を持ち、オックスフォード大学で日本学の修士号を取得している。ゴールドマン・サックス証券で様々な役職を経験し、成長戦略、観光、行政改革などに関連する政府の委員会の委員も務める。著書に『新・観光立国論』『日本人の勝算: 人口減少×高齢化×資本主義』(ともに東洋経済新報社)など多数。
翻訳/藤原朝子