Correspondents' Eye on Tokyo:
路地裏から始まる、私の東京観察
東京23区を2年かけて歩き尽くした
ナガムラ氏は幼いころから日本文化に興味を持ち、6歳のときには祖父に俳句を教えてもらった。家族の多くが日本に関心を持っていたが、彼女はさらに一歩踏み込んで1982年に日本に移り住み、東京の芸術とアーティストを探求する取り組みを始めた。
東京に来る前、彼女はアメリカのブラウン大学とロードアイランド・スクール・オブ・デザインで英語と美術を学んだ。あるとき他分野の授業も履修しなくてはならないため、経済学の講座を取った。そこで彼女は、当時ブラウン大学の講師をしていた東京生まれの作家である加藤周一と出会った。もし加藤の励ましがなかったら、日本で学ぶ奨学金を提供してくれたサミュエル・T・アーノルド・フェローシップに応募することもなかったという。
ナガムラ氏が後に東京で初めて詩を書いたのは、まさにその加藤と妻の矢島翠が住む家だった。「2人はとても知性あふれる夫婦で、本当にいつも知的な話をしていました。でも(愛犬の)ロクさんの話をするときだけは違っていて、とても親密で愛情に満ちていたのです。そのことを詩に書きました」
これは、東京の日常にさらに魅了されるようになる後年を予感させる出来事だった。2006年、彼女はジャパンタイムズで「Walking the Wards(23区を歩く)」というコラムを始めた。「東京23区をすべて取材し、それぞれの区の特徴を捉えたかった」。彼女はフィルムカメラを手に、約2年かけて連載を完成させた。
それが、後の連載シリーズ「Backstreet Stories(路地裏の物語)」につながっていく。「ジャパンタイムズを読んでいて、ローカルな新聞にはその地域にあったトピックが必要だと思いました。それが新聞を特別なものとし、そこに住む人々に敬意を払うことになるのです」
アートな目で東京を見られる、お気に入りのスポット
こうした独特の記事へのインスピレーションは、彼女が東京の区画整理事業に魅了されたことから生まれた。これまで彼女が訪れた都市に比べて、東京の区画整理ははるかに緩やかで、創造的に見えたという。
「緩やかな区画整理は、この街に非常に興味深い側面を数多くもたらしています。レストラン、金属工場、コンクリート工場、公園などが同じ地域に共存していますね。様々な主体の素晴らしい相互作用がこの都市の魅力のひとつなのです」
彼女には、東京をアートな目で見られる大好きなスポットがいくつかある。たとえば銀座の高級ショッピング街では光の反射や、幾何学的な形と線を楽しむことができる。「高いビルの隙間から差し込む太陽の光は、とても劇的で興奮させられます」
しかし、街の「物語」を探すときは、おおむね偶然と直感に身を任せることになり、それが時として意外な展開につながる。この日の写真撮影の合間にも、彼女はこの界隈にあまり詳しくない男性と友だちになっていた。「こうすることで私が道行く人たちとどう交流しているかを知ってもらえるし、同時にこの男性に地元の名所を案内することもできると思ったんです」
のんびりしている日でも、ナガムラ氏は街のあらゆる隙間に物語を見つける。あるとき同じ地域を4日間にわたって歩いたが、何も見つからなかった。ところが雨が降った後に歩いたら「自転車が私のほうに、横滑りしてきたんです」と、彼女は言う。「どうして滑っているんだろうと思って下を見たら、そこにはたくさんのミミズがいた。東京で『ミミズの路地』を見つけました!」
このような路地は、彼女にとってインスピレーションの源だ。そして「路地」は、彼女の好きな日本語のひとつでもある。また、「わびさび」や「Shiki」は彼女の俳句・写真集のタイトルでもある。「Shiki」というローマ字表記には、識(意識)、四季、子規(俳人・正岡子規の名前)など、日本語のひとつの発音で別の意味を持ついくつもの言葉へとつながっていく意味がある。
正岡子規は彼女にモチベーションとインスピレーションを与えた日本の多くのクリエイターのひとりだ。ほかにも作家でコラムニストのカレン・ヒル・アントンや、角谷昌子、中原道夫、宮下惠美子といった俳人に影響を受けており、それぞれの先達が彼女の創作活動を前進させる助けとなっている。
想像力をもっと自由に引き出すために
ナガムラ氏は創作の幅を広げ続けている。江東区常盤にある芭蕉記念館で始めた俳句の講座も、5年目に入った。俳句の創作と、間もなく出版される著書の編集作業に加えて、彼女はこのところ絵画に取り組んでいる。
「絵は面白いです。絵は写真とはアプローチが異なると思います。写真を撮るときにはこうしたいというイメージがあるけれど、必ずしもうまくいくとは限りません。でも絵だったら、技術さえあれば、クリエイティブな想像力をより自由に発揮できると思うんです」
キット・ナガムラ
写真/カサンドラ・ロード
翻訳/森田浩之