Chef's Thoughts on Tokyo:
故郷リヨンの味を、そのまま東京に持ってきた

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 クリストフ・ポコ氏はフランスのリヨンから家族とともに、リヨンの伝統料理の味を東京に連れてきた。彼はこれまでリヨンスタイルのレストランを東京で16年間経営し、ミシュランガイドでも掲載され続けている。
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豊洲市場でウニを食べるポコ氏。東京のクオリティが高く多様な食材は、インスピレーションの大いなる源だ。 Photo: courtesy of Christophe Paucod

神楽坂の石畳に魅せられて

 リヨンで生まれ育ったポコ氏は15歳で料理の世界に入り、成功への道を歩み始めた。その後、トゥール・ダルジャン、ル・ブリストル・パリ、ホテル・プラザ・アテネなど、名だたるレストランやホテルで経験を積んだ。

 休暇で東京を訪れた際に魅了された彼はその2年後の1998年に家族とともに東京に移り、新たな挑戦を始める。名門フランス料理学校ル・コルドン・ブルーの東京校で教鞭をとるようになったのだ。

 その後ホテルソフィテル東京で働いたが、ホテルが買収されて人員整理が行われると、「これからどうする?」という問いに直面した。彼はあくまで東京で挑戦することを選び、自分のレストランを開くことを決めた。

 ポコ氏は東京の自分のレストランにリヨン風の雰囲気をどう持ち込むかについて、非常に具体的な考えを持っていた。「1階か2階建てで、お客さんが入りやすく、雰囲気のある店にしたかった」

 そのためにはフランスの街を思い起こさせるような場所を探す必要があった。新宿区の神楽坂は、まさに彼が探し求めていた理想的な地だった。

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石畳が広がる神楽坂の賑やかな街並みは、ここに店を構える大きな理由になった。

 神楽坂はフランス人が多く、その影響から東京の「リトル・パリ」とも呼ばれる。そのエリア内で、彼は石畳と細い道がある素敵なスポットを見つけた。そこは彼の故郷を思い出させる場所で、高層ビルに埋もれることのない、レストランに最適な場所だった。彼の店ルグドゥノム・ブション・リヨネは開店した。それから店は現在16周年を迎え、ミシュランガイドの一つ星を13年連続で獲得している。

 エミール・ガレのアールデコ調のオリジナル照明、壁を飾るリヨンの風景画など、リヨンを東京に持ち込もうというアイデアは、店の隅々にまで感じられる。特に料理については、すべてをシンプルにすることで素材の味を引き出すようにしている。店のモットーには「リヨン料理の秘密はただひとつ。『素材の持ち味を生かすこと』」とある。

 これを念頭に、彼は各素材の本来の特性と特徴を維持する方法で料理し、食材を厳選、味付けにも細心の注意を払っているという。伝統的な家庭料理をルーツとするリヨン料理は、そのシンプルさと品質の高さで知られている。肉、野菜などの食材の新鮮さと風味を重視し、主に煮込み料理とソースを特徴としている。調理では、過剰な味付けをせずに、それぞれの素材の自然な持ち味を時間の経過とともに引き出す。

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自家製ソーセージはリヨン料理を代表する一品だという。Photo: courtesy of Christophe Paucod

食の垣根を超えた取り組みにも挑戦

 東京に25年以上住んでいるポコ氏にとって、この街には彼がすっかり慣れ親しんだ魅力がたくさんある。「東京は人が多いのに、ストレスを感じることがありません」

 最近、彼の店を訪れた外国人客がこのあたりは暗くなってから歩いても安全か、と尋ねてきた。ポコ氏は迷うことなく、イエスと答えた。「世界の他の地域では気をつけないといけませんが、東京では仕事を終えて、あたりが暗くなってから散歩に出かけても何の問題もありません」

 東京の街の安全性に加えて、食の多様性も気に入っている。機会を見つけては、ヨーロッパ料理から和食まであらゆる種類の料理を試すことがインスピレーションの源になっている、と彼は言う。店の15周年の記念日を同業の友人たちが祝ってくれたとき、ポコ氏は近所のシェフ仲間と一緒に焼き鳥を作った。その経験から、和食の調理法をフランス料理のアクセントに使おうと思うようになった。

 食の垣根を超えた取り組みはそれだけではない。ポコ氏は2004年から新年にフランス風のおせち料理を作っている。今年のおせち料理には、鴨のテリーヌや北海道産アワビ、牛肉の煮込みなどが登場した。

 こうした文化の垣根を越えた試みやアイデアの交換には、積極的に参加しているコミュニティが役に立っている。例えば年に6回ほど会合を開く在日フランス人シェフ・パティシエの会(ACPFJ)は、彼がフランスの同業者とつながる場のひとつだ。

 東京には、彼がリスペクトするフレンチレストランがたくさんあり、フランス人のシェフも多くいる。多くの本物のフランス料理に出合い、インスピレーションを得られることが、長い年月にわたり東京で成功を収め続ける上での助けとなっている。

ルグドゥノム・ブション・リヨネ http://www.lyondelyon.com/
取材・文/カサンドラ・ロード
写真/カサンドラ・ロード
翻訳/森田浩之