多摩地域の木材から、美しい家具が生まれる

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 工務店や家具メーカーと較べると、木工家が使う木の量はほんのわずかと言ってよいでしょう。しかし木材を語る上で、木の美しさを知り尽くした木工家の視点は欠かせません。今回は木工家で八王子現代家具工芸学校の代表を務める伊藤洋平さんに、とうきょうの木(多摩産材の愛称)の魅力をお聞きしました。
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デザインを学ぶ過程で突きつけられた
日本というアイデンティティ

 僕の入学したイギリスのカレッジは、伝統家具ではなく現代家具を教える学校でした。技能者よりもデザイナーや作家を育成していたんです。木を曲げる技術を質問しても教えてくれない。まずはデザイン。曲げるためのデザインじゃない。椅子をつくるためのデザインである、と。そういう教育を受けていると、材料、工法、装飾の一つひとつにもきちんと理由があることがわかりはじめました。デザインとはそういう"理由" の積み重ねなんです。

 また当時は、日本人がイギリスでデザインを学ぶのが珍しかったようです。教授や周囲からは日本文化についての質問が頻繁にありました。とはいうもの、高校出たての若者に日本の文化や美学を語る知識はありません。たとえば茶道について質問されても「現代ではそんなに身近なものじゃない」と返すと「日本のアイデンティティを大切にしろ」と言われて恥ずかしい思いをしました。

 それが、ある時スイスに旅行する機会があって景色に目を奪われていると「景色が日本ぽい」と思ったんです。後から分かったのですが、イギリスははるか昔に木を切り尽くしてしまった歴史がありました。たしかにイギリスの風景は草原と丘ばかり。山や森が身近にある風景は日本らしさなんだと気づかされました。

八王子の学校開校をきっかけに見つけた答え。見出した決意。

 6年間の留学経験を経て日本に戻ると、しばらくして八王子で家具工芸学校を開校することになりました。多摩の山々に囲まれた八王子はとうきょうの木の産地です。おのずとスギ材が気になりました。

 意外かもしれませんが、材木で一番高級な材は黒檀などではなく、しばしばスギの赤身が最高値を付ける場合があるんです。またスギは日本の固有種、学名もクリプトメリア・ジャポニカと言います。イギリス留学時代からの宿題だった日本人デザイナーである僕のアイデンティティの答えが見つかった気がしました。

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 手始めに、身近なとうきょうの木の間伐材を取り寄せてみましたが、それはもう節だらけでした。節が悪いわけではありませんが、一点物の家具づくりで他の家具メーカーと差別化をはかるためには、木目の美しさが重要なんです。吉野スギや秋田スギのような木目の美しいブランドスギを想像していたので呆気にとられた記憶があります。

 その印象を変えたのが日の出町の浜中材木店さんとの出会いでした。とうきょうの木について率直な感想を伝えると「じゃあ来なよ」と誘われ、浜中さんの材木置場へ案内されました。訪れてみると、目の詰まったきれいなスギ材が寝かしてあるではありませんか。僕がイメージしていた端正な柾目です。この出会いによってスギは育った環境によって見た目が大きく変わることを学びました。そして浜中さんのような目利きの製材所とつながりを持つことで、とうきょうの木にこだわった木工家になろうと改めて決意したのです。

厚みを工夫すれば荷重も問題ないスギ材の家具

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 イギリス家具の材料といえば硬くてしかも加工しやすいウォールナット(クルミ)やオーク(樫)などの広葉樹です。それは日本も同じで、家具は広葉樹が定番と言えるでしょう。

 針葉樹は広葉樹に比べて軟質であり、その中でもスギは軽く、椅子などの荷重がかかる家具に向かないというレッテルがあります。たしかに同じようにつくればそうですが、荷重のかかる部分や脚の下部を太くすれば強度やバランスは十分に担保されます。木の根元が太いのと同じです。

突板から自作して自由度の高いデザインに

 木材を大きく曲げるには厚さ1mmから1.5mmに薄く割いた突板を重ねて接着し、クランプで型にはめて曲げていきます。僕の場合は、突板も曲げも自作です。突板は剥きはじめと剥き終わりの厚みを変えることも可能で、より自由なデザインができます。

 インテリアにアート性を持ち込むことは重要な視点です。たとえばダイニングチェア。一日中座り続けることはありませんよね? 使わない家具はオブジェになります。こうしたオブジェとなったインテリアが居住空間をつくるという考えは、イギリスの教えかもしれません。

温もりある肌ざわりがスギの良さ

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 学校開校後すぐに子どもができたので、子ども向けの椅子を作りました。スチール製の椅子も与えていたのですが、子どもはずっと木でできた僕の椅子にばかり座り続けていました。きっと気持ちが良かったのでしょう。木には温もりがあるんです。スギは比重が少ない分、重量は軽く、空気を多く含んでいるため断熱性や保湿性に優れています。塗装はお米由来の自然塗料キヌカ。ウレタンでコーティングすれば防水性が増してダメージに強くなりますが、スギの持つ温もりは遮断されてしまいます。

腰高の切り株や根曲がり材も家具の材料に

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 今後もとうきょうの木の木目の美しいスギ材にこだわっていくつもりですが、一方で伐採後に残された腰高の切り株や根曲がり材などにも興味を惹かれます。木の付け根は荷重によって複雑な木目になっているはずなので、木取りの仕方によっては様々な木目が楽しめると思うのです。こちらは八王子市内で林業・製材業を営む森と踊るさんとプロジェクトで連携しています。

One Tree Project を多くの人たちと

 イギリスには One Tree Project というイベントがあります。公園などの倒木をアーティストが分け合って作品展をやるんです。長い年月をかけて育った木に対する尊敬のような感情は、日本もイギリスも変わりありませんでした。

 もちろん、このようなプロジェクトは一人ではできません。木工家仲間や地域の林業家、市民の皆さん、行政と協力して、暮らしの中にもっと木の関心が広まる社会にしていきたいです。

木工家 伊藤洋平

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1975年東京生まれ。イギリスのライコットウッドカレッジとウルバーハンプトン大学の家具デザイン科にて約6年半、家具作りを学ぶ。帰国後、伊藤家具デザインを設立。2004年より日本工学院八王子専門学校プロダクトデザイン科、2008-2010年まで飛騨国際工芸学園にて非常勤講師を務める。2010年に八王子現代家具工芸学校を開校。2015年よりものつくり大学非常勤講師を務める。
*本記事は、「TOKYO MOKUNAVI」の提供記事です。