一次産業の流通革命を続ける女性起業家

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 「一次産業を営む小さな生産者が正当に評価される世界」を目指し2017年、産直通販サイト「食べチョク」を立ち上げた秋元里奈さん。生産者と消費者がダイレクトに結びつくことで産地をサポートする一方、食品ロスの削減に繋がる取り組みなどを異業種とも連携して進めている。社会解決に向けた新しい取り組みに挑戦する秋元さんに話を聞いた。

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食べチョクを運営する株式会社ビビッドガーデンの代表取締役社長の秋元里奈さん(写真左)と宮崎県日南市で100年以上続く柑橘農家「緑の里りょうくん」の田中さん夫妻。

生産者と消費者をつなぐオンライン直売所

 2023年8月24日、東京電力福島第一原子力発電所の放射性物質を含む水を、安全基準を満たすまで浄化したALPS処理水の海洋放出が始まった。これを受けて食べチョクでは翌25日、影響を受けている漁業者の優先審査や早期入金などの支援を開始。また、同月31日からは、水産物の注文あたり500円を食べチョクが負担する「#魚介を食べて応援プログラム」を始動した(10月1日から同月31日までは300円の負担を行う形でプログラムを継続)。異例の速さといえる対応である。「これまでもコロナ禍や自然災害によって被害を受けた生産者をいち早く応援するプログラムを手がけてきました。私たちのような小さな会社がまずはファーストペンギンになって即座に動くことで、小売店や企業などさらに大きな支援の輪が広がっていければと考えています」と秋元さんは言う。

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食べチョクのサイト。生産者のプロフィールや産地の状況が紹介されているので、消費者が身近に感じやすい。

 神奈川県の農家に生まれた秋元さん。子どもの頃に実家が廃業する現実を目の当たりにし、2016年に株式会社ビビッドガーデンを創業した。食べチョクは生産者が自身で販売価格を決めて消費者に直接販売することで、こだわった分だけ利益を得られる仕組みを作りたいという想いから始まった。「コロナ禍をきっかけに、消費者の食に対する考え方が変化し、私たちの理念を後押ししました。それまであまり接点のなかった生産者や運送業者に対するリスペクト、日々の買い物の選び方によって社会貢献ができるのではないかといったSDGs的な関心が、食べチョクの"生産者ファースト"の考えに合致したのだと思います」

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青森県東津軽郡平内町の生産者、イチヤマジュウ塩越商店が養殖、加工して届ける「冷凍スチームほたて」。

 起業からわずか6年でユーザー数は90万人、登録生産者数は9,000、出品数は野菜、果物、米、肉、魚など60,000点を越え、公式サイトには商品や生産者の親切な対応などへ、多くのユーザーから満足の声が寄せられている。秋元さん自身、農業経験はなく、大学の理工学部を卒業後ウェブサービスのディレクターや新規事業の立ち上げを経験した。起業に際しては東京都の「女性・若者・シニア創業サポート事業」や「青山スタートアップアクセラレーションセンター(ASAC)」「東京都女性ベンチャー成長促進事業APT Women」などに参画し、ベンチャーキャピタルとの交流によってそのノウハウを学んだ。「当時はスタートアップという言葉すら知らなかったのですが、こうしたプログラムに参加することで、資金調達の情報などを得ることができました」

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日経SDGsフェスに登壇した秋元さん。

 小売店を介さず、生産者と消費者の生の声を届ける場を提供する食べチョクでは、一人ひとりの生産者に物語がある。「商社を辞めて実家の農業を継いだ方は、家庭で使いやすい野菜と目新しいおしゃれな野菜をバランスよく組み合わせ、消費者目線の発信をしています。またコロナで販路を失った魚の卸売業者の方は、家庭で使いやすいよう下処理をして新鮮な魚を届けたところV字回復を果たしました。その後もお魚コロッケなどひと工夫した商品が評判となっています」

企業や自治体へと広がる食べチョクの輪

 「日本スタートアップ大賞」や「イノベーションネットアワード」で農林水産大臣賞を受賞するなどビジネス界でも注目を集める秋元さんだが、やるべきことは山積みだと言う。「まだまだ生産者に貢献できていないというのが正直なところです。一次産業を取り巻く流通や資金調達、人手不足など課題は尽きません」。そんな秋元さんが新たに取り組んでいるのが今年1月からスタートした「一次産業SDGsプロジェクト」だ。従来の生産者サポートをさらに強化するため、複数のパートナー企業とともにSDGsへの貢献や一次産業の発展につながる取り組みを長期的に行う。「規格外食材や、できるだけプラスチックを使わない梱包をしている生産者の食材などを企業へ提供し、顧客向けの販促物や法人ギフトなどに活用してもらうことで、SDGsへの貢献を果たす仕組みです」。パートナー第一号となったのは外国為替事業を行うSBI FXトレードだ。「SBIさんには果樹園のオーナー権を買っていただきました。木1本から契約してもらえるので、生産者にとって収入が安定し、経営がしやすくなります」

 さらに9月27日からは新事業として「食べチョクふるさと納税」を開始。従来のふるさと納税とは異なり、自治体を介さずに食材のこだわりや地域の魅力を生産者から寄付者に食べチョクのオンライン上で直接伝えることで、長期的なファンの獲得を目指すものだ。「ふるさと納税は元来、税金の支払い先を自分で選ぶことで、好きな故郷や地域を応援するもの。だったら地域に根付いた生産者に直接貢献することで地域一帯を応援できるのでは、という発想です」。このシステムでは寄付者が食べチョクで返礼品を購入後、生産者自身が返礼品を梱包し、寄付者へ発送。双方の問い合わせは食べチョクが間に入って対応し、支払いも行う。これによってふるさと納税未経験の自治体も、事務的な負担が少なく手軽に参加できるというメリットがある。

 生産者を応援したいという秋元さんの思いは生産者、消費者、企業へと広がり、流通のしくみを大きく変えつつある。そして食べチョクの取り組みは、毎日の食卓から社会を変えることができるのだということを私たちに教えてくれる。

秋元 里奈

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神奈川県相模原市の農家に生まれる。慶應義塾大学理工学部卒業。DeNAでウェブサービスのディレクターやアプリのマーケティング責任者など4部署を経験。2016年11月に株式会社ビビッドガーデン創業。2020年4月にアジアを代表する30歳未満の30人「Forbes 30 Under 30 Asia」に選出。数多くのテレビ番組にも出演。

ビビッドガーデン

https://vivid-garden.co.jp/

食べチョク

https://www.tabechoku.com

取材・文/久保寺潤子
写真提供/株式会社ビビッドガーデン