Correspondents' Eye on Tokyo:
テックとレトロ、ふたつの東京に魅せられて

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 東京のテックといえば、多くの人はロボットやSF映画のシーンを思い浮かべるだろう。だが、2018年にオーストラリアから東京に移り住んだニュース編集者であるセーラ・ヒルトン氏が魅了されたのは、東京の日常生活で見られる、古風で歴史的なものと便利で未来的なものとのコントラストだった。
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過去から最新のニュースまで、ヒルトン氏はテックを追い続けている。

谷中、タイムカプセルのような街

 彼女は日本人の母とイギリス人の父を持ち、シドニーで育った。家族を訪ねてオーストラリアと日本を行き来する日々を過ごしたが、日本に住むことになるとまでは思ってもいなかった。日本経済新聞の仕事で、2018年にシドニーから東京に引っ越すことになり、その際にまるでタイムスリップしたかのような感覚を覚えたという。

 「最初に都内でも台東区谷中に住んだのですが、本当に素敵な街でした。東京のなかでも歴史ある地域。第2次世界大戦中の大空襲の被害を他の地域に比べて免れたので、戦前の東京のタイムカプセルのようなところです」

 ヒルトン氏が谷中を称賛するのは、単なる個人的な経験に基づくものだけではないという。ここを訪れた友人や親戚からも、地元の商店主との交流などの素晴らしい時間を過ごしたという話を耳にした。この地域には本当の意味でのコミュニティの意識が存在し、それが訪れる人々を歓迎する雰囲気を高めていると、彼女は感じている。

 やがて、彼女は中目黒に引っ越し、東京のよりモダンな側面を体験することになった。新しい街の隅々まで探索するのが好きな彼女だが、週末は今でも谷中で過ごし、伝統とモダンが融合した東京の街を満喫している。

中目黒、今日もカセットテープを探しに

 ヒルトン氏のレトロな東京への興味は谷中に限らず、カセットテープのコレクションという形でテックとも結びつく。

 彼女がカセットテープに興味を持ったきっかけは、友人が彼女のために好きな曲を収録したオリジナルのテープを作り、さらに中目黒の路地裏にあるレコードとカセットテープの店「waltz」でレトロなカセットテーププレーヤーのウォークマンをプレゼントしてくれたことだった。以来、彼女は夢中になり、「waltz」に足繁く通いコレクションを増やしていった。

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レトロなソニーのウォークマンと、彼女が現在よく聞いているというカセットテープ。Photo: courtesy of Sarah Hilton  

 ヒルトン氏は子どものころ父親がカセットテープをたくさん持っていたことを覚えているが、「waltz」を初めて訪れた際、久しぶりにカセットテープを目にすることとなった。「日本にはまだ何でもあるため、他の国で見つけにくいカセットテープを購入することができます。1970年代の中古テープも、新たに生産が再開されつつある新作のカセットテープと同じくらい簡単に手に入れることができます」

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中目黒にあるカセットテープとレコードの店「waltz」。彼女はこのショップに足繁く通っている。Photo: courtesy of waltz

 ヒルトン氏は、こうした過去のテックにも魅力を感じている。「日本が物理的な存在のあるメディアにこだわりを持っているのは、本当に興味深いと思います。ハマってしまったら、もう抜け出せないでしょう」。東京のレトロと最新テックのコントラストを象徴している場所の一つが秋葉原だ。「秋葉原はテックにとって欠かせない場所であり、東京の歴史の一部でもあります。とても魅力的で、ゲーム機器やガジェット、音楽、アニメ文化まであらゆるニッチな部分にも対応しているところが素晴らしいです」

暮らしの中にあるテック

 レトロだけでなく東京の最新テックにも興味を持つヒルトン氏が、テックの進歩について記事を作成しはじめるのに、それほど時間はかからなかった。都内で日本経済新聞に3年勤めた後、2021年に彼女は「Rest of World」というテック専門の非営利のメディアに参画することを決めた。

 新興のテック企業に強い関心を持つヒルトン氏は、東京が革新的な技術を生み出す将来性に期待している。

 「カセットテープを例にすると、それはウォークマンでした。そんなものはどこにもなかった。携帯オーディオの世界に革命をもたらしたのです。現在、ユニコーン企業となりそうな注目株がいくつかあります。特に、アイスペースやアストロスケールのような先進的な宇宙関連の技術を持つ企業には優秀な人材が集っています」

 ヒルトン氏は、技術の将来性以外にも、コンビニのプリンターから新幹線まで都内の日常生活で見られる技術の信頼性を高く評価している。「日常的なものがただうまく機能することこそが未来的なのだと思います。日本では、海外では一般的ではない自動化に対する多くの信頼感があります」

 谷中から目黒、日本経済新聞からRest of Worldまで、東京と自身が歩んできた業界のさまざまな側面を彼女は探求してきた。そして今、2年間のRest of Worldでの経験を経て、新たなステップとしてブルームバーグの編集者へとキャリアを進めようとしている。金融と政治ニュースを扱うことになり、東京のテックへの関心がビジネス・金融の国内外のフィールドにおいてどのような影響を与えるのか彼女自身わくわくしている。「この分野でトップクラスの同僚たちに加わり、変化に富んだアジア地域の読者層の期待に応えるのが楽しみですね!」

 「この仕事ができて、しかも東京で行えることは、本当に幸運なことだと思います。私は金融とビジネスを専門に取材してきたので、テック分野の中でも最も関心があるのは金融とビジネスが交差する部分です。理想を言えば、その交差部分を記事にしていきたいと思います。ブロックチェーンはその具体的な例として挙げられます。日本のスタートアップに向けられる旺盛な投資や渋谷スタートアップサポートのような区主導の行政支援もあることから、今後数年間で、より多くの日本のスタートアップが花開くことでしょう。東京で生活し働くのはとても刺激的です」

セーラ・ヒルトン

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2023年11月からブルームバーグ東京オフィスにて金融・政治関連のニュース編集者として業務を開始する。これまで、特に欧米以外の地域でのテックの影響に焦点を当てた非営利ウェブメディア「Rest of World」のアジア地域編集長を務めた。また、日本経済新聞社のシドニー支局と東京本社に勤務し、金融・ビジネスニュースを担当した経歴を持つ。
取材・文/カサンドラ・ロード
写真/カサンドラ・ロード
翻訳/森田浩之