Tokyo Financial Award:
AIアルゴリズムで、マイクロファイナンスの新たな地平へ
同社を設立したのは、ノーベル賞も受賞したバングラデシュのマイクロファイナンス機関であるグラミン銀行に啓発されたためだった。1970年代半ば、バングラデシュの大学で経済学を教えていたムハマド・ユヌス氏は、高利貸しによって貧困にあえぐ職人たちがキャンパスの近くに何十人もいることを知った。現実に苦しむ人々がすぐそばにいるというのに、教室で経済理論を講義していることにむなしさを覚えた彼は、行動しなくてはならないと決意した。彼は42人の職人・個人事業主にあわせて27ドルという非常に少額の融資を実施。これがマイクロファイナンスの誕生につながり、ユヌス氏は世界に大きな影響を与えることとなった。
ビー・インフォマティカは、このアイデアをさらに推し進めようとしている。AIのアルゴリズムを活用し、十分なサービスを受けていない小規模事業者向けの融資を促進している。
同社の共同創業者である稲田史子氏は東京の大学で学んでいたころ、途上国でソーシャルビジネスに従事するという夢を抱いた。しかし、日本銀行や楽天証券など日本の金融業界で働くうちに、彼女は「この夢のことをほとんど忘れていた」と言うが、2006年にユヌス氏とグラミン銀行が「底辺からの経済的・社会的発展の創造」を目指す活動が評価されてノーベル平和賞を受賞したことで、再びこの夢に目覚めた。
そして、稲田氏は東南アジアでマイクロファイナンスに携わる東京拠点のNGOで働きはじめた。「それから仕事を辞め、人生とキャリアを大きく変える決断をしました」。彼女はロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で地域経済開発学の修士号を取得。その後、バングラデシュの大手マイクロファイナンス機関でNGOのBRACで働きはじめた。
融資の決定に心理統計テストを活用
2016年にはバングラデシュの首都ダッカでテロ事件が発生するなど、さまざまな困難を経験しながらも、テックやソーシャルビジネス、スタートアップの世界の人々と共に働きはじめた。この時期、稲田氏は後にビー・インフォマティカを共に設立することになる技術者、M・マンジュール・マフムッド氏と出会う。「アジア全域でデジタル・マイクロファイナンスを広めたい」という点で考えが一致した。
2019年、2人はマレーシアのクアラルンプールで会社を立ち上げた。「マレーシアを拠点に選んだ理由は、インターネットの普及率が約99%、スマートフォンの普及率が約90%と、デジタルビジネスを展開するのに非常に適した環境があることです。人口は約3,300万で、若い世代も多い。国がそれほど大きすぎず、小さくもないという点も丁度良かったのです」
ビー・インフォマティカが打開しようとしている課題のひとつは、新興国では多くの人がクレジットスコア(個人や法人の信用力を評価するための数値)を持っていないということだ。「その点が日本のような先進国とは異なります。日本ではほとんどの人がクレジットスコアを持っている。学生を含めて、たいていの人がクレジットカードを所有しているからです」
小規模事業者や、1人で経営しているような零細起業家を対象に、同社は1万リンギット(約2,150ドル)から融資を行う。クレジットスコアを持たない人がいるという点については、地元のスタートアップ企業が開発した心理統計テストが解決策となった。このテストでは、48の質問によって性格と行動面の3つの分野を分析する。起業家精神、金融リテラシー、そしてコンプライアンス(金融ルールを守ろうとする意識)だ。それらをもとに、貸した資金が返済される可能性を割り出す。
1万件のデータ収集を目指す
アルゴリズムに新しいデータを投入すれば、予測精度は向上する。しかしマレーシアで行った融資は100件に満たず、現実の事例は多くはない。より多くのデータを収集するためもあって、それまでマレーシアを拠点としていたビー・インフォマティカは2020年、東京本社を設立した。オリックス銀行など日本の金融機関と協力し、今後さらに数千件のデータを取得する。「最低でも5,000件を目標としていますが、統計的に信頼できるレベルとしては1万件が理想です」と、稲田氏は言う。
アルゴリズムが軌道に乗れば、それを金融機関に、さらには他分野に提供することで商業化を目指す。同社が検討している事案のひとつは、賃貸物件の入居者の信用度を評価するアルゴリズムをつくることだ。
多くのスタートアップと同じく、現時点ではビー・インフォマティカは最低限の収入しか得ていない。補助金や投資家の支援を得ながら、収益化する体制づくりを目指している。そのような状況での、東京金融賞の受賞はうれしいニュースだった。
「300万円という賞金は小さなものではありません。本当に感謝しています。授賞式ではさまざまな方たちと出会うことができましたし、とても有意義な場でした」と稲田氏は語る。
この受賞によって、メディアやベンチャーキャピタルからもあらためて関心を向けられることになった。
スタートアップ企業にとっての東京の環境について稲田氏は、CIC(ケンブリッジ・イノベーション・センター)のようなイノベーションハブがつくられて状況は改善されつつあると考えている。
ビー・インフォマティカは長期的な目標として、アルゴリズムの商業化と日本でのマイクロファイナンス事業の開始、アジアの他の地域や、さらにはアフリカにまで拡大・展開することを目指している。
https://www.finaward.metro.tokyo.lg.jp/
写真提供/ビー・インフォマティカ
翻訳/森田浩之