パリ・オペラ座のエトワール、オニール八菜が東京で学んだ大切なこと

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 パリ・オペラ座バレエ団の最高位であるエトワールのオニール八菜さん。世界中から集まる観客を華麗なステージで魅了する彼女は、日本人の母とニュージーランド人の父との間に生まれた。8歳で父の祖国に引っ越すまで、東京で暮らしていた。現在パリで働く彼女にとって東京はどんな街なのだろう。
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日本語で話すことを厳しくしつけた母親に、心から感謝しているというオニール八菜さん。NBS 公益財団法人日本舞台芸術振興会(目黒区)にて。

 東京で習い始めたバレエをずっと続け、そして現在エトワールのオニール八菜さん。パリから来日の際、時間が許せば4歳から通っていたバレエスタジオに彼女は足をのばす。ニュージーランド時代、東京で過ごす冬休み中もスタジオに戻ってレッスンを受けていた彼女と先生との縁は今も続いている。良い思い出がたくさん詰まったこの場所で学んだのは、バレエの基礎だけではない。「先生や目上の方への態度、礼儀作法も学びました。レッスンの後は雑巾がけをして、ゴミ箱を空にしてから生徒は教室を後にするんです。ニュージーランドではそんなことはしないので驚きました」

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成城に行くとホッとするオニールさん。駅からバレエ教室へ向かう時、懐かしさに目頭が熱くなることも。

 幼稚園も小学校もバレエ教室も、世田谷区成城の自宅からすべてが徒歩の距離。オニールさんにとって8歳までの東京はイコール世田谷区だったと笑う。この子ども時代に受けた家庭での教えは、彼女の生き方の基本ともなっている。「祖母から教わったのは、我慢という言葉。これは日本語にしかない、素晴らしい言葉なのよ、ということでした。弟が二人いたこともあって、よく我慢しなさいと言われ、譲ることも学びました。そのおかげでキャリアの中で辛いことがあっても、それをくぐり抜けられる力がついて、ここまでやってこられたように思います。また、海外赴任を長く経験し国際性が豊かだった祖父は、いろいろと面白い話をしてくれました。彼はいつも『なんでもやってみなければだめ!いろいろトライをしてみるんだ。やる前に嫌だというのはいけないよ』と言っていました。それゆえ、何にでも挑戦するようにと心がけています」

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来日時、電車の乗降口で行列するのはとてもいい仕組みだと思っている彼女は、フランス人仲間にその有益さを身をもって教える。

パリで改めて感じる、自分のルーツ

 まったくフランス語がわからなかったオニールさんだが、オペラ座のエトワールになるという夢を目指して、異国のバレエ団に飛び込んだ。入団後は環境になじむように努め、徐々に言葉も覚えていった。東京から世界を目指す次世代に対して「恐れることもあるかもしれないけれど、外国人だからと萎縮せず、頑張って何にでも挑戦することが大切です」とそんな彼女はメッセージを送る。

 入団当時はフランス人ばかりが団員だったが、オペラ座内でもダイバーシティが進み、日本にゆかりのある団員は彼女を含めて6名だ。彼らのほとんどが海外育ちで、自分との違いを感じるという彼女。東京で生まれ、バレエ教室と家庭で学んだ多くのことに感謝している。

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2023年7月、東京で開催された「オペラ座ガラ—ヌレエフに捧ぐ—」での華やかな舞台姿。 Photo: Kiyonori Hasegawa

 2024年2月、エトワールとなって初めてのパリ・オペラ座バレエ団の来日公演に参加するオニールさん。技術的に難易度の高いルドルフ・ヌレエフ版の『白鳥の湖』で主演を務め、白鳥オデットと黒鳥オディールという2役を演じ、踊る。「全幕でこの"白鳥"を踊るのはとても久しぶりなんです。それを東京で!少し緊張しますけど、これまで応援してくれた大勢の前でオペラ座の仲間と全幕を踊れるのは何にも増して大きな喜びです」

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「オペラ座ガラ—ヌレエフに捧ぐ—」にて「白鳥の湖」第3幕のパ・ド・トロワより。エトワールに同時任命されたマルク・モローと踊った。 Photo: Kiyonori Hasegawa

オニール八菜

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東京生まれ。8歳でニュージーランドへ。2011年オーストラリアン・バレエ・スクール卒業。2013年パリ・オペラ座バレエ団の正団員となりダンサーの4階級を経て、2023年3月にエトワールに任命される。来日時、東京では明治神宮にお参りをし、和食・和菓子を味わうのを楽しみにしている。趣味は映画鑑賞、読書など。
取材・構成/大村真理子
写真(人物)/榊水麗
取材協力/NBS 公益財団法人日本芸術舞台振興会