坂道ブルイングは、険しい坂を突き進む
--坂道ブルイングを始めたきっかけは?
ボイントン:静岡のベアード・ブルーイングと東京の石川酒造で働いた後、自分の醸造所を立ち上げることを考え始めました。友人で後にビジネスパートナーとなったダニエルは、そのころ2年間の自転車旅行から日本に戻ったばかりで、次に何をしようかと考えていました。2人とも、今さらオフィスでじっと座っている仕事に戻るなんてできませんでした。私たちは物の見方が似ていることが多く、しかもチャレンジ精神が旺盛です。そこで2019年に会社を設立し、2020年1月にタップルームの改修工事を開始、同年3月にオープンしました。
--事業の立ち上げは難しかったですか?
ベラミー:こういうことをすべて日本語で成し遂げる必要があっただけでなく、あらゆる局面で膨大な書類作りに追われました。一部のライセンス申請は、日本の会社に依頼してサポートしてもらいました。でもご多分にもれず起業当初は資金が乏しく、事務作業の多くを自分たちでやらなくてはいけませんでした。おまけに醸造設備は非常に高価なものもあり、かなりの資金が必要でした。私たちは2年間はタップルームを運営しつつ、ファントムブルワリー(自前の醸造設備を持たず、ビール醸造を他の事業者に委託するブルワリー)として営業しながら、自前の醸造設備を導入する準備を進めました。
--なぜ「坂道」と名づけたのですか?
ボイントン:ダンと私は、自転車旅行を通じて親しくなったんです。キャンプ道具を積んで、日本のあまり知られていない場所を回りました。自分たちで好きなルートを作ると、どこかで階段を上ったり、護岸の上を走ったりすることになります。そんな時はいつも、「この面白い道は、僕らが選んだものだ」と2人で言っていました。
自分たちのブルワリーを立ち上げるのは面白いし、険しい道です。名前を考えているときにも自然と「坂道」という言葉が頭に浮かびました。でも、うちのタップルームに来てくれるお客さんたちが、たまに不思議がるんです。店のある所はまったく平坦なので。ただ、それがダンと私が出会った経緯を話すいいきっかけになるんですけど。
--コロナ禍はビジネスにどのような影響を及ぼしましたか。
ボイントン:オープンしたのが2020年3月だったのですが、ちょうど事態が深刻になりつつあったころなので、オープニングイベントができなくなってしまいました。
でも、ある意味、ラッキーでしたね。規模が小さかったので、もっと伝統のあるブルワリーよりも柔軟に対応できましたから。それに、ここには私とダンしかいないから、スタッフに払う給料を心配する必要もありませんでした。
--計画や運営方法を変更する必要はありましたか。
ベラミー:2021年に酒類販売業免許を、比較的早く取得できました。そのため、店内でお客さんにグラスビールを飲んでもらえない時間帯でも、テイクアウト用のボトルや缶を販売できるようになって。緊急事態宣言で規制が厳しかったときも、なんとか営業はできたのです。
それに、店ではお客さん同士の間隔を広くとっていますし、窓を大きく開けて、サーキュレーターファンや空気清浄機で風通しをよくしています。私たちが安全対策をしっかりとっていることがお客さんに伝わり、今まで支持してもらっているのだと思います。
--最近の日本のクラフトビール・シーンはどうですか。
ボイントン:コロナ禍は誰にとっても厳しいものでしたが、それでもここ数年、高品質のクラフトビールが本当にブームになっています。もちろんベアードブルワリーのような醸造所は、長年にわたって素晴らしいビールを造ってきました。しかし今では、マイクロブルワリーやブルーパブがあちこちに誕生しています。醸造家はフレンドリーな人が多いので、ノムクラフト(和歌山県有田川町)、ビアブレイン、デビルクラフト(ともに東京)といった素晴らしいブルワリーと一緒に仕事ができて、ラッキーでした。2022年の初めには四国へ行き、せとうちブルワリー(高松)と一緒にオープン2周年記念のIPA(インディア・ペール・エール)を醸造しました。
--日本のクラフトビールで、みなさんに試してもらいたいと思うものを3つ教えてください。
ベラミー:これは悩ましい。いま日本には、素晴らしいブルワリーやビールがたくさんありますからね。
私が最近飲んだ3つの素晴らしいビールをあげると、名古屋のワイマーケットブルーイングの「ルプリンネクター」、静岡のウェストコーストブルーイングの「キャンプファイア・ストーリーズ」、東京のレッツビアワークスの「ベルジアンナイト・ファンタジア」です。坂道ブルイングでも、多種多様なビールのリストを用意していて、日本中の素晴らしいビールを試すことができます。
--坂道ブルイングのこれからは?
ベラミー:マシューも私も教育関係の仕事をしたことがあって、企業研修の経験もあります。そこで、うちのスペースを醸造家の研修に使えないだろうかと話しています。人々がこの業界の門をたたき、タップルームで働いたりブルワリーを立ち上げたりするのに必要なスキルを身につける手助けをしたいと考えています。