東京にスタンダップコメディの「聖地」を
──Tokyo Comedy Barの冒険

 スタンダップコメディの世界で、一流どころがこぞって東京を公演先に選んでいるかのような時期があった。ジム・ジェフリーズ、アジズ・アンサリ、ダグ・スタンホープ、イライザ・シュレシンガー......。もうかなり前のことのようにも思えるが、特にコロナ禍前には、ビッグなコメディアンたちが東京のステージに立っていた。下北沢でイングリッシュパブ「Good Heavens!」を経営するポール・デービスなどの個人や、さまざまなグループの素晴らしい活動によって、東京に住む外国人たちは世界でも一流のコメディを楽しむことができた。

 とはいえ、東京でスタンダップコメディを上演する会場はそう多くなく、一般的には鑑賞までのハードルが高い状況があった。それをチャンスととらえたのが、イギリス人の起業家BJ・フォックス氏だ。

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 フォックス氏は、東京でその名を知られたスタンダップコメディアン。NHKのテレビドラマ「ホーム・スイート東京」に主演し、脚本も担当したことで知られる。

 そんな彼が2022年5月、東京でスタンダップコメディを連日上演する(そして現在のところ唯一の)場である「Tokyo Comedy Bar」を渋谷にオープン。フォックス氏に、この1年間の成功と課題を振り返ってもらった。

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--1年目はいかがでした?

 良かった。たくさんの応援をもらったおかげで、成功できてうれしいです。間違いなく、いい1年でした。

 こういうことを始めるには時間がかかります。(コロナ禍を経て)日本が再び海外から観光客を受け入れる時期を見据え、思い切ってギャンブルに出て開店しました。半年くらい早かったのかなと思うけど、2023年の初めくらいからはとてもいい感じになりました。

--当初の目標はクリアできましたか。

 スタンダップコメディを毎晩楽しめる一流の会場を提供するという点では、できたと思います。地元のコメディアンがそこで成長し、ゲストが気軽に出演できるクラブを持つという点は、間違いなくクリアできました。でも私たちには大きな計画があるので、やるべきことはまだまだあります。

--Tokyo Comedy Barの1年目のハイライトは?

 海外から素晴らしいゲストが来てくれました:「アラン・パートリッジ」シリーズのティム・キーに、「サタデー・ナイト・ライブ」のメリッサ・ヴィラセニョール。アメリカのアツコ・オカツカ(岡塚敦子)と、日本のゆりやんレトリィバァが一緒にステージに立つという、信じられない夜もありました。少し地味な話をすると、Tokyo Comedy Bar出身の日本人コメディアンのひとりが、ワーキングホリデーで行ったカナダのトロントで、ちゃんとギャラの出るステージをやれるレベルになったことは実にうれしいです。

--苦労したことは?

 日本でビジネスを始める上でのハードルや、コロナ禍の絶え間ない脅威を除けば、最大の課題はさまざまな層の観客に向けたマーケティングです。お客さんには、外国人居住者、国際的な感覚を身につけた日本人、訪日観光客、さらにはスタンダップコメディが何なのかよくわかっていない日本人もいます。特に日本人のお客さんには、もっとアピールしていきたいですね。店にいらっしゃると、とても楽しんでくれるので。

--日本人と外国人、両方の観客を引きつけるという点ではどうですか。

 外国人のお客さんは8割くらいです。日本語のショーのときは日本人が8割で、残り2割は日本語のスタンダップがどんなものなのか見てみようかという外国人だと思います。

 観客層という点で一番悩ましいのは、日本在住の外国人と訪日観光客に向けたジョークのバランスですね。日本での生活体験を前提にしたネタが好きなグループがいる一方で、何日か前に日本に来て「いらっしゃいませ」の意味もわからない人たちもいます。最前列に、英語力がほどほどの日本人がいて、横須賀基地の関係者が数人いて、台湾人観光客のグループがいるというのは、うちでは珍しいことではありません。すべての客層にぴったりのポイントを見つけるのはむずかしいですね。

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--どうやって時間をやりくりしていますか。あなたは現役のスタンダップコメディアンであり、ショーのMCも務めるだけでなく、Tokyo Comedy Barを運営する仕事もありますよね。

 ええ。その上、子どもが生まれ、Amazon Musicでポッドキャスト配信を開始したので、週に4つのエピソードを作らないといけなくなりました。大変だけどやりがいがあるし、クラブやコミュニティ全体から見ても私の周りには素晴らしいチームがいます。

 コメディクラブを経営していると、自分のコメディは後回しになることがあります。自分が観客を笑わせることよりも、会場で椅子を並べたりショーのスケジュールを組んだりすることのほうが多くなってしまうのです。もう少し自分のことに向き合う、それが次の目標です。

--出演してほしいコメディアンの「夢のリスト」みたいなものはありますか。

 もちろんです。アリ・ウォンでしょ、それからフランキー・ボイル──ただボイルは飛行機恐怖症だっていうから、どうかな。そしてジェームズ・アカスターも。ただ、これまでも外国からのゲストには恵まれていました。時間を見つけて日本にやって来て、経歴に「東京での公演」が加わる機会をつくってくれるのは素晴らしい。

 5月にはアリス・フレイザーも来てくれました。彼女はポッドキャストの{ザ・バグル」でジョン・オリバーの後を引き継いだ有名コメディアン。プライムビデオにも出演しています。

--2年目の計画は?

 クラブの内外で成長を続けたいですね。クラブの外でももっとイベントをやって、お客さんを呼べるようにしたいし、日本でのスタンダップの認知を広げたい。日本のお客さんには大変な「伸びしろ」があります。それから、新しいコメディアンを育てたい。これを読んで興味を持ったら、ぜひワークショップやオープン・マイク・ナイト(飛び込み上演を認める日)に来てください。

*本記事は、「Tokyo Weekender」(2023年4月24日公開)の提供記事です。

取材・文/ポール・メッケニス
翻訳/森田浩之