デザイナーは世界中の人のために、キモノを自由にする

 今は多くの人が着物に現代性を織り込んだり、他のオブジェに変換しようとしている。ミハイルギニスアオヤマのデザイナー、ミハイル・ギニスもそのひとり。彼がやっているのは、着物をウェアラブルアート(着ることのできるアート)にすることと言えるかもしれない。その一方で、ギニスはすべての作品をタイムレス、エイジレス、ジェンダーレス、ボーダーレスにしている。
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古代ギリシャにも通じるドレープ

 ギニスは2004年、日本を代表するデザイナーのひとりである三宅一生氏のインターンとして、この国での冒険を始めた。まだロンドン・カレッジ・オブ・ファッションに在学中だった彼は、三宅のスタジオでは初めてのヨーロッパ人インターンとなり、歴史に名を刻んでいくこととなる。

 ギリシャ文化のルーツを持っていることに加えて、ギニスのような国際的なクリエイターはファッションについても自由に、オープンに考える。彼の無地のストールは折り紙や切り紙のようであり、金属製のジッパーやボタンはロンドン時代に影響を受けた工業的な色彩を放っている。自由な流れのドレープは、古代ギリシャで着用されていたペプロス(主に女性が着た袖のない衣服)やチュニック(丈が長めの貫頭衣)を思い起こさせる。

 「同時に、着物が体にどのように覆うかも思い起こさせてくれます」と、ギニスは言う。文化や時代は違っても、体を包み込む布は不変的で自然だ。

 2022年3月に行った「キモノモダナイズPROJECT」で、ギニスは日本での地位をさらに確かなものにした。「モダナイズされた着物は、すべての人のため、世界中の人のためのものです」と、彼は語る。これは、伝統的な服をいかに着こなすかという難問への最もエレガントな解決策かもしれない。ギニスの代表作とも言えるウェアラブルアートに変わることで、着物はいつしか自由になる。

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客のストーリーが裁断方法を変える

 ギニスのすべてのアイテムとプロジェクトは、東京・世田谷区の等々力にある彼のアトリエショップから始まる。デザインからスケッチ、縫製、そしてペイントまで、すべてギニス自身が行う。「どんなものが出来上がるのか、いつも楽しみにしています」と、ギニスは言う。「オーケストラがシンフォニーを奏でるように、あらゆる要素がひとつになるのです」

 彼の顧客もそれぞれの美的センスを持っており、ギニスとの間にオープンな対話が生まれる。「お客さんの家族が着ていた古い着物から作品を作るとき、聞かせてもらう物語が裁断に影響を与えるんです」。ギニスのブランドは既製服のラインも展開しており、等々力のアトリエショップとオンラインショップで購入できる。

 5本のファスナーで表情を変えられるコートストールは、ギニスの代表的なアイテムだ。アートパネルは他のパネルと交換可能で、変化は無限大。まるで自分だけの小さなアートギャラリーを着ているかのようだ。ギニスはこのモジュラーデザインの意匠登録を取得しているほか、2021年のデザイン・フォー・アジア・アワーズ(DFA)ではこのデザインでメリットアワードを受賞した。美しさと機能性を融合させ、すべての作品に個性を与えたことを、ギニスは誇りに思っている。

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私たち一人ひとりがアート

 ロンドンでの生活とパンクの影響が、ファッションで実験する勇気を与えてくれたと、ギニスは言う。彼はファブリックをミックスし、そこに驚きの要素を加え、整然とした模様を「突っ切る」のが好きだ。

 「新しい形に変換するのが好きなんです」と、彼は言う。「キモノモダナイズPROJECT」は、その最たる例だ。1着の黒留袖から、ギニスは5つの異なるアイテムを切り出す。それぞれの衣服は変形し、さまざまなシルエットで着こなせる。そして孫から祖父母まで、少なくとも3世代の家族が着ることができる。服にはサイズも年齢も性別もない。着る人が自分自身の持つパラメータを吹き込むのだ。

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 ギニスは日本から尽きることのないインスピレーションを得てきた。日本のテキスタイルへの愛と憧れを通して、高品質なテキスタイル生産者とパートナーシップを結んでもいる。ブランドのプロデューサーであり私生活のパートナーでもある青山祐子氏と共同で運営するミハイルギニスアオヤマのアトリエショップでは、常連客と確かな関係を築いてきた。2人はアートと美を愛するすべての人を歓迎し、コミュニケーションをとり、服の感触を味わい、その動きや流れを見てもらう。

 ギニスが作った服を着ると、服とそれを着る人の間にユニークなコンビネーションが生まれる。生地が体の上を流れる様子は、独特の美しさがある。「あなたもアートです」と、ギニスは言う。「あなた」とは、私たちみんなのことだ。コスモポリタンやアーティストのこと、パンクスやドリーマー、そしてピープルのことだ。

 「人間は美しい彫刻なのです」と、ギニスは最後に言った。

ミハイルギニスアオヤマ

https://www.michailgkinis.com/
*本記事は、「Tokyo Weekender」(2022年5月2日公開)の提供記事です。

取材・文/ゾリア・ペトコスカ
翻訳/森田浩之