ジェイク・ヤングに訊く、アニメ翻訳家になる方法

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 メディアのグローバル化によって日本発のコンテンツへの関心が国際的に高まるなか、興味深いキャリアを歩むジェイク・ヤング氏のような人々が増えつつある。ヤング氏はすでに13年以上の経験を誇る、アニメやマンガを専門とする日英翻訳家だ。『メイドインアビス』、『ふらいんぐうぃっち』、『ヴィンランド・サガ』、そして最近では『パリピ孔明』などの人気作を次々と手掛けている。日本のエンターテインメント業界でもまだあまり知られていないこの職業について、ヤング氏に話を聞いた。
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翻訳との出会い

 日本を拠点に活躍する多くの外国人たちと同様、ヤング氏の経歴もまた、日本のカルチャーに夢中になった少年時代に遡る。当時から日本人の友人がいたという。大学では日本語を専攻した。その後、留学生として京都で過ごし、JETプログラムに参加して英語教師となった。今でも日本語力のさらなる向上を目指して、勉強を続けている。

 「正直なところ、外国語の習得はあまり得意な方ではありません。でも、あえて日本語だけの生活環境に身を置くなどして努力を重ねてきました。私の妻はバイリンガルですが、家での会話はほぼ日本語のみです」とヤング氏は言う。

 一般翻訳の分野が、ヤング氏の翻訳キャリアのスタートだった。その後、香川県に拠点を移し、リモートで働く道を目指したという。翻訳専門の求人サイトPro.Z.comを介してセンタイ・フィルムワークス(Sentai Filmworks−−日本のアニメ作品などの宣伝・配給を手掛ける米国のエンターテインメント企業)の翻訳部門のディレクターの目に留まったことで、アニメやマンガの翻訳家への道が開けた。

 「アニメやマンガの翻訳には、独特な技術が求められます」とヤング氏は言う。「キャラクターごとの個性的なセリフ回しは重要です。言葉を端折ったり、特殊な言い回しやスラングを用いたりといった、ビジネスのプレゼンテーションとは一味違う感覚を大切にしなければなりません。もちろん、必要とされる日本語の語彙もかなり異なります。その点については、自分でマンガを読んだりしながら学び取っていかなければなりません」

 メディアに応じて気を配るべき要素は異なるという。たとえばアニメの場合、シーンの長さに合ったセリフの言い回しを考慮する必要がある。台本がすべてとは限らない。声優がアドリブを入れている場合があるからだ。ノイズキャンセリングのヘッドフォンをかぶって、耳を澄まして作業と向き合う。マンガの場合には、コマや吹き出しのサイズを意識しながら訳さなければならない。

翻訳業界に入るには

 アニメやマンガといったコンテンツへの関心は今やうなぎ上りの状況だが、その翻訳に特化したサービスやサポートは、まだほとんど存在していないのが実情だ。他の同業者たちと繋がろうと思えばX(旧Twitter)のような、ソーシャルネットワークの力を借りるのが最善の道だ。

 「優れたリソースの多くが、非公式に作られています」とヤング氏は言う。「翻訳家たちのあいだでのみ共有されているようなリストを、私も手元に置いています。たとえば、『仕方がない』というセリフの訳文として、ごく標準的な『It can't be helped』という言い回しのほかに、およそ20もの異なった英語表現が記載されていたりする資料です。XやDiscordのチャンネルなどが、他の翻訳家たちと繋がってヒントを得るのに大いに役立っています。正規の教育機関としては、東京にある日本映像翻訳アカデミー(JVTA=Japan Visualmedia Translation Academy)がこの領域に特化したコースを提供しています。私も最近、そこで講師をさせてもらいました」

翻訳家の職域とは

 ブームが起こる以前のアニメやマンガは、日本の国外からはアクセスしにくいというのが大きな難点だった。そのため2000年代初頭は、日本語を解さない視聴者のために、一部のファンがしばしば無償で行なう非公式の字幕製作などが横行していた。だからこそ、ヤング氏のようなプロの翻訳家に憧れるという人々は少なくない。ただし、熱狂的なファンがいる領域であればこそ、翻訳には多大なプレッシャーが伴うという側面も無視できない。業界内における自分の立ち位置をより明確なものとして示したいとヤング氏が考える理由はそこにある。

 「翻訳家が作家と直接のやりとりをしながら作業していると考えるファンは少なくありません」とヤング氏は言う。「ですが現実には、作家にコンタクトするなど極めて困難です。質問を投げかけたところで、放送日に間に合うように回答があることなどまずありませんし、返事があったところで代理人を介してという場合がほとんどです。日本企業の多くが作家を囲い込んでいますが、それはおそらく作家を守るためでしょう。要望が殺到するような状況は避けねばなりませんし、ただでさえ多忙でしょうから」

翻訳に正解はあるのか

 「作品固有の用語にあてた訳語に対して、ファンからの批難の矛先が向くことも珍しくありません」と、ヤング氏は打ち明ける。「だから作品によっては、ライセンサーが翻訳用の用語集などをあらかじめ用意しており、それが翻訳家に提供されることもあります」

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 字幕を手掛ける訳者が吹き替えの翻訳も行っていると誤解されることがよくある、とヤング氏は言う。吹替版の翻訳を手掛けるのは実際には別のチームだ。たいてい、アフレコ専門のライター、ボイスオーバーのディレクター、そして吹替版の声優がチームとしてその作業に当たる。字幕翻訳と吹替翻訳とはまったく異なるプロセスであり、キャラクターの口の動きにセリフを合わせるリップシンクなどの専門技術もある。

 「他の仕事を持つ人々と同じように、私もただベストを尽くすことだけを心掛けています。もちろん、訳者によって実力の違いはあるでしょう。ファンのなかには、翻訳家が勝手にリベラルな政治思想を盛り込んでいるのではないかと疑う人々もいます。また、ローカライズを完全に否定し、日本語からの直訳しか認めたがらないファンも少なからずいるようです。私が目指す翻訳とは、原作を生み出した作者の意図を崩さないことです。より自然な英語より、不自然でも直訳の方が良いというこだわりは、日本が奇妙で特殊な場所だという先入観をただ温存するものにしかなりません」と、ヤング氏は指摘する。

予備知識の重要性

 簡単とは言えないが、アニメの翻訳はヤング氏にとってやりがいをともなう仕事だ。最近、彼は『パリピ孔明』の英訳を担当した。有名な軍師、諸葛亮孔明が、現代の東京のナイトライフを舞台に活躍するストーリーだ。独特な若者言葉や『三国志』に関する知識が求められ、さらには中国の古典詩の引用なども飛び出す。本作の第6話には、192音節からなるラップ・バトルのシーンがあるが、その翻訳についてのヤング氏のツイート(現ポスト−−投稿はTwitter時代の2022年5月6日付)がバズったこともあった。

正しい訳語を選ぶ技術とは

 翻訳家の果たす役割は、小さなものでは決してない。DeepLといった機械翻訳サービスの精度は日増しに向上しているが、それでもヤング氏はロボットによって自分の仕事が奪われてしまうとは考えていない。

 「会話文にはスラングや特殊な言い回しが数多く含まれるものですし、キャラクターの個性を反映する必要だってあるのです。真のバイリンガルでなければ、表現することなど到底できません」と、ヤング氏は自信を覗かせる。

 アニメやマンガの翻訳技術を高めるためには、一般的な日本語や英語のライティング能力を磨くのとは別に、実践的なアプローチが必要だというのがヤング氏の意見だ。

 「翻訳のレベルの高い作品を見つけたら、そのアニメを練習材料にしてください。自分ならどう訳すか、実際に試してみると良いでしょう」と言うのがヤング氏からのアドバイスだ。「自分と他者の訳文を並べて、どこがどう異なるのか、どのような言葉の解釈が可能なのかをひとつずつ見比べていくのです。経験の浅いうちは何が"優れた"翻訳かを見極めるのは難しいかも知れませんから、クオリティが高いと評判の作品で試してみるのがおすすめです」

※本稿は『Tokyo Weekender』(2022年6月30日)に掲載されたものです。

取材・文/サマンサ・ロウ
翻訳/飯島英治