コンクリートに塗るだけでCO2削減。世界を変える新技術

 地球温暖化に歯止めをかけるべく、既存のコンクリートの建物に塗るだけで、二酸化炭素の吸収と固定化を促進。さらに鉄筋の腐食を抑える効果も見込めるという画期的な技術「DAC(ダック)コート」の開発が、2026年の実用化を目指して進んでいる。
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新技術DACコートはコンクリート構造物を効率的なCO2吸収体に変える。Photo: PIXTA

CO2の吸収・固定化を助けるアミン化合物

 「実は、コンクリートに空気中の二酸化炭素を固定化する働きがあることは、業界では以前から知られていたことなのです」。清水建設株式会社の辻埜真人(つじの・まさと)氏は、今回のプロジェクトの背景について語った。「しかし吸収した二酸化炭素によって、もともとアルカリ性のコンクリート内部の中性化が進み、鉄筋などの腐食が起こりやすくなるため、今まではむしろ『劣化』ととらえられてきました」。ところが、この問題の解決の糸口がようやく見えてきた。今回のプロジェクトで扱うアミン化合物には、CO2の吸収を促進すると同時に、鉄の腐食を防ぐ働きがあるというのだ。

 2018年から続く清水建設と北海道大学の共同研究プロジェクトの中で、2022年、新しい研究のテーマとしてカーボンニュートラルを取り上げた際、北海道大学の研究チームは、CO2を吸収する性質を持っているアミン化合物に着目した。一方で、同大学の北垣亮馬教授によると「アミン化合物を利用したCO2回収装置はこれまでも工場の排ガス等に使われていたが、CO2の固定化と回収を効率的に実現するためには、多量のアミン化合物を投入する必要がありました」という。このプロジェクトでは、アミン化合物自身にCO2を固定させるわけではなく、コンクリートによるCO2固定化を促す役割を担うアミン化合物によって、その問題の解決を図った。

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表面に塗るだけでCO2を吸収する効果を高める。

塗るだけで効果発揮。耐食作用を高めてビルも長持ち

 新たに発見したアミン化合物は、いったん吸着したCO2を、コンクリートに含まれる水分の中に離してしまうため、放たれたCO2はカルシウムイオンと結合して炭酸カルシウムになる。理論的にはカルシウムイオンがなくなるまで繰り返し固定化が可能で、今後さらに実証を進める必要はあるものの、最大でコンクリート1立方メートルあたり100キログラムまでCO2を固定化できる可能性を秘めている。しかも清水建設が長年研究してきた鉄筋等の腐食防止技術に関する知見から、このアミン化合物には耐食性を高める効果があることもわかった。

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DACコートによるCO2固定化、コンクリートの長寿命化の仕組みの図解。

 Direct Air Capture(直接空気回収技術)の略であるDACを冠した「DACコート」と名付けられた新技術が、さらに画期的なのは、既存のコンクリートに「塗る」だけでその効果が得られるということだ。コンクリートに練り込む必要はないため、例えば既存のビルや高速道路、橋梁などに塗るだけで、CO2の固定化を促進できる。「表面にペンキのように刷毛で塗ったり、スプレーしたり、あるいはドローンを使って塗布したり、といったさまざまな方法を模索中」と辻埜氏。いずれにしても比較的簡単に、カーボンニュートラルに貢献できる新技術であることは間違いない。

東京ベイeSGプロジェクトのバックアップで実証中

 DACコートの技術は、「東京ベイeSGプロジェクト」の2023年度先行プロジェクトに選定され、現在、東京都の支援を受けながら、CO2固定量の調査、耐食作用の検証などを目的とした大型のモックアップ(コンクリート製の模型)を準備中だ。また、今回のプロジェクトでCO2固定量の定量化と見える化に取り組む株式会社ゴーレム代表取締役の野村大輔氏によると「単にCO2を固定化するという話だけでは、PRにはなっても、企業戦略に組み込むことはできない。削減率をきちんと数値化することが重要」。加えて「一般の方にもわかりやすくビジュアライズすることも大切です」と話す。

 実用化を目指して急ピッチで開発と実証が進められているDACコートは、2024427日から開催される東京都主催のイベント「SusHi Tech Tokyo 2024」にも参加予定だ。「コンクリートの生産という意味では成熟した日本に対して、まだまだ需要が拡大している新興国向けのプロモーションの場としても活用したい」と辻埜氏は抱負を語る。来場者にモックアップを公開して、体験してもらうことも検討中で、DACコートのことを広く知ってもらうよい機会になるはずだ。

CO2を吸収するコンクリートジャングルに

 目下の目標は、2026年にはこの技術を製品化して世に出すこと。そのため、実証実験と並行して、化学メーカーとの協業により、材料の選定と性能評価にも取り組んでいる。コスト的には従来からコンクリートの性能強化のために使われている含浸剤(コンクリート表面の吸水抑制などの効果のある浸透性保護材)とあまり変わらない範囲で提供できる見込みだ。また、ビルや橋、高速道路など大型の建設物に使うだけでなく、将来的には個人がホームセンターで購入して、自宅に塗るといった使い方も想定しているので、数年後には一般消費者にとっても身近な存在になりそうだ。

 「一昔前にコンクリートジャングルという言葉がありましたが、人工的なコンクリートの建物がジャングルの樹木と同じようにCO2を吸収してくれる。そんな世界を実現できたらと願っています」と野村氏。DACコートの開発によって、社会基盤を支える世界中のコンクリートがカーボンニュートラルの推進に貢献し、地球温暖化防止に一役買う日もそう遠くないかもしれない。

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取材・文/熊野由佳
画像提供/清水建設