注目される自然資本への取組、ESG投資促進の鍵は?
自然資本の保護・育成も、企業への投資判断の材料に
Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)の頭文字を組み合わせたESG投資は、環境や社会に配慮し、適切な統治を行いながら事業を展開する企業や団体を重視する投資だ。背景には、2006年に国連で提唱された「責任投資原則」が存在する。個人の資産を預かり莫大な資金を運用する機関投資家に対するガイドラインであり、これにより短期的な財務数値だけでなく非財務情報の価値も統合して投資が行われるようになった。
吉高氏はESG投資が広がったきっかけをこう説明する。「企業の社会的責任に焦点を当てた投資の重要性が認識されるようになりました。特にリーマン・ショックの際には、サブプライムローンという、主に低所得者層向けの高リスクな住宅ローンが金融システムを崩壊の危機に追い込みました。この事態を受けて、各国の財務当局などが長期的視点での資金運用の必要性を認識し、ESG投資に目が向けられるようになったのです」
ESG投資では、自然資本に対する企業の取組が重要な判断基準となる。気候変動や生物多様性の危機などが将来のリスクやビジネスチャンスにつながるものとされ、事業を展開する地域における環境法の遵守など、企業が法的・倫理的責任のある行動を取ることも求められている。
2015年のG20財務相会合では、気候変動が金融システムに対してリーマン・ショックに匹敵するリスクを与えることが指摘された。これを受けて、金融安定理事会(FSB)が気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)を設置。金融機関は気候変動に対する評価を開始し、近年は気候変動に関する情報開示の義務化が進んでいる。これに伴い、化石燃料の使用減少やCO2排出の削減への注目が高まり、再生可能エネルギーや電気自動車への投資が活発化してきた。
「これまで企業にとって環境対策はコストと捉えられがちで、税金や補助金、寄付に頼っていました。しかし、気候変動のような予想外のリスクには、税金だけでは対応できません。企業活動の中に環境コストを組み入れることが、環境保護への投資につながります。今後はこれを経済指標へ組み込んでいくことが社会の課題となっています」
官がリスクをとり指針を示せば、民間企業が参入しやすくなる
日本において、太陽光や風力、バイオマスによる発電といった再生可能エネルギーはビジネスとして成立しているが、植物、動物、水、空気、土、鉱物といった天然資源(自然資本)の利用に関しては、まだ企業が情報開示をする段階にとどまっている。海外では自然資本に投資するファンドが存在するが、日本ではまだそのような動きは少ない。日本で自然資本に投資するファンドが少ないのは、気候変動の影響により自然資本の予測評価が難しく、投資はリスクが高いと考えられ、日本の金融機関にとっては評価が難しかったからだ。
しかし現在は、日本の企業も第三者機関の評価に基づいて自然資本の価値を市場に示す動きが始まっている。「たとえば、住友林業株式会社は森林ファンドを設立し、森林の価値を投資家に示しています。また、森ビル株式会社は、緑化するエリアの割合を不動産証券の価値の指標として定量化し、投資家に示すことで支持を得ています」
東京都も、「循環経済・自然資本等推進ファンド(仮称)」を2024年に設立する予定だ。「このような取組が、官民一体となって推進されるべきだと思っています。官はリスクを負担することができるので、民間にとってはリスクが低減され、投資しやすくなります。東京都が指針を出せば、企業は取り組みやすくなり、競争を促すこともできるでしょう。ディベロッパーは東京都が所有する都立公園など公共の空間周辺のエリアマネジメントを行うはずです。新しい基準が設定されれば、環境が改善され、不動産の価値も高まるでしょう」
また、東京都は2017年から日本の自治体で初めて「グリーンボンド」を発行している。スマートエネルギーの都市づくり、持続可能な資源利用、自然環境の保全、気候変動への対応などの資金使途が開示されるため、個人投資家にとっても生活に関わる事業に積極的に関与できる機会となる。吉高氏は期待を込める。「東京都は資金が使われる場所への見学ツアーなども開催しています。国内外の投資家へ使途情報をどう伝えるかはとても重要ですから。東京都がこのような金融施策を牽引することにより、他の地域や国にもいい影響を与える波及効果も期待できると思います」
デジタル技術と、自然を求める若者たちに期待
「100年先を見据えた"みどりと生きるまちづくり"」というコンセプトを掲げたプロジェクト、東京グリーンビズに関わる吉高氏は、東京の100年後の理想像をどのように描いているのだろうか。吉高氏は、次の時代を担う若者の自然環境を重視する生き方や価値観の高まりに期待しているという。
「たとえば、私が現在教えている東京大学には、その地域にすむ野生生物が安定して生息できる空間という本来のビオトープをつくるために、地域住民や企業の人々が自ら撮影した虫などの写真を集めてデータベースを作り、情報を可視化していこうと試みる学生がいます。このような取組は地域への愛着を深めますし、より多くの緑を求める気持ちを育みます。デジタル技術を駆使して、単なる便利さを超えた新たな価値を創出できるでしょう。また、地方での仕事の創出に関心があり、東京大学に通いながら地方に移住した教え子もいます。今の学生たちに共通しているのは、『自然が好きだ』ということ。どんなに便利な世の中になっても、人間らしい生活や自然を求める気持ちは今後も変わらないはずです。だからこそ、将来、東京は単に仕事があるからという理由だけで暮らす便利な場所ではなく、人々が自然と共生しながら心身ともに健康で安全な暮らしができる場所として選ばれる都市になってほしいと心から願っています」
吉高まり
東京都は、100年先を見据えた"みどりと生きるまちづくり"をコンセプトに、東京の緑を「まもる」「育てる」「活かす」取組を進めています。
グリーンビジネスやサステナブルファイナンスなどを含めた幅広い活動を通して、「自然と調和した持続可能な都市」への進化を目指しています。
https://www.seisakukikaku.metro.tokyo.lg.jp/basic-plan/tokyo-greenbiz-advisoryboard
写真/金子怜史