育児サークルから起業へ、多摩で女性の働き方を変える

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 都心から西へ約40分、多摩市にある多摩センター駅は複数の鉄道が乗り入れ、周辺には4市にまたがる広大なニュータウンが広がる。緑あふれるこの町で、28年間にわたり、育児や介護と両立できる働き方を全国10万人の女性会員に提供してきたのが株式会社キャリア・マムだ。同社の代表取締役、堤香苗氏に、歩んできた道や仕事のポリシー、そして多摩の地でビジネスを営むことの魅力を聞いた。
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堤香苗氏。キャリア・マムが運営する「おしごとカフェ」で

母親になったとたん、生活が変わった

 株式会社キャリア・マムは、在宅ワークの女性10万人の力で企業や官公庁からの委託業務を担うユニークな会社で、女性の起業や会社のテレワーク導入支援などを行っている。「多様な働き方」は今でこそ時代のキーワードになったが、堤氏がキャリアをスタートさせた1980年代後半は、今とはまったく違った状況だった。

 堤氏は早稲田大学のアナウンス研究会に所属し、学生時代からアナウンサーや司会の仕事をしていた。卒業後はフリーアナウンサーとして仕事を始めたが理不尽を感じることもたくさんあり、「もう、私の夢は終わりか」と思った時期もあったそうだ。

 そんな頃、妊娠に気づいて、堤氏は多摩で子育てをする母親になった。子どもは大好きだったので、それは大きな喜びだったという。

 ところが母親になったら、それまでできていたことが次々にできなくなってしまった、と堤氏は振り返る。「仕事は制限され、習い事の教室にさえ子連れではやめてほしいと言われました。駅では、大きな荷物を持ってベビーカーに子どもを乗せていたら、階段の下り方さえわからないのです」
 

子育てで見えてきたダイバーシティの重要性

 楽に行ける場所はベビースイミング教室くらいだった。ところがそこで、堤氏は「子どもがいても、面白いことがしたい」と考える仲間に出会うことができた。彼女たちは、いわゆる女性総合職1期生の世代で、社会には、妊娠したら退職するという不文律が存在した。しかし、ビジネスシーンを去り、都心から離れた住宅地で子育てに専念していても、本音では社会とつながり続けたい女性は一定数いたのである。

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「子育てで世界が広がっていくこともある」と話す堤氏

 堤氏たちは育児サークルを作り、それをPAOと名付けた。会員からやりたいことを募ってリトミック教室、子連れで出店できるフリーマーケットなどいろいろなイベントを次々に企画した。

 「『そんなこと、できるかな』ではなく、いつも『どうやったら、できるか』と考えていたので、活動はどんどん拡大していきました。多摩市内の商業施設の支援を受けるイベントも手掛けるようになり、それがメディアに取り上げられて、たくさんの人とのつながりができていきました」

 子育ては、堤氏に障がいのある子どもやその家族の問題にも目を開かせた。

 「ある晩、真っ暗な公園でお子さんを遊ばせているお母さんに出会ったのです。そのお母さんは、昼間公園に来ると他の子がその子を特別視してしまってうまく遊べないので、仕方がなく夜に遊んでいると言いました。私は夜の公園で、自分の無知を痛感しました」

 自身が病気で、体がもうすぐ動かなくなるという母親がイベントに来たこともあったという。こうした体験から、堤氏はダイバーシティの大切さに気がついていった。

 「子育てによってできなくなることはたくさんあったけれど、子育てで世界が広がっていくこともあるのです」と堤氏は言う。

ビジネスの場としての多摩

 ただ、やりたいことをやるには、資金が必要だ。それをいかにして調達するかを悩み始め、自治体に援助を求めたり、企業の協賛金を集めたりするようになると活動が複雑化していった。そこで、新たな仲間と別の育児サークルを作ることが必要になった。

 そうして作った新サークルに、ある時、公共団体の大きな事業を委託されるチャンスが巡ってきた。任意団体である育児サークルでは委託先になれないため、堤氏は有限会社を設立し、それが最初の起業になった。

 その経験を生かし、2000年には株式会社のキャリア・マムを立ち上げ、自宅から歩いて通える多摩センター駅近くのビルにオフィスを構えた。折しもインターネットが急速に発達し始めた時期で、社会は変わろうとしていた。「これなら、多摩でもビジネスを展開していける」と堤氏は確信を持った。

 「多摩なら事業スペースの賃料が安く、広い空間も得られます。キャリア・マムには、CoCoプレイスという厚生労働省のモデル事業施設、かつ東京都・多摩市の認定インキュベーション施設であるコワーキングスペースを設けているのですが、大きな窓の外に緑が広がる環境の良さが好評です。保育室も併設しています」

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コワーキングスペースに併設された保育室。ガラス越しに子どもの様子をのぞくことができ、気軽に入って授乳することもできる。

 「今、起業の拠点を考えるとき、お客様が多いのは23区かもしれません」

 堤氏は、多摩で起業した実体験から語る。

 「でも会社には、それを構成する人も必要です。私は、多摩は人材が豊かだと思っています。誰かが働きやすい条件を提示すれば、面白い人たちがたくさん集まってくるところです」

 だから堤氏は「もしかしたら、ナンバーワンの会社を目指すなら23区かもしれない。でも、オンリーワンの会社をつくりたいなら多摩地区は可能性がたくさんある」と、いつも言ってきたそうだ。

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大きな窓から見える豊かな緑が美しい。

育児や介護をしていても会社はつくれる

 「周囲や地域を巻き込んで、みんなで新しいカルチャーを作り、社会を変えていくことが大好きで、それを起業で実現した」という堤氏に「起業とは何か」と聞いてみると興味深い答えが返ってきた。

 「『この指、止まれ』と誰かが言い出すことです。ですから、私にとっては、雇用によってチームを作ることに特に大きな意味があります」

 キャリア・マムが目指したのは、子育てや介護、病気や障がいなどがある人たちが集まり、「じゃあ、どうしたら働けるの?」ということをみんなで考え、チームで実現していくことだ。

 女性はもっと、チャレンジをしてもよいのではないか、と堤氏は言う。

 「子育てや介護をしていても、起業はできます。実は、起業はまったく難しくなくて、オンラインでも登記ができます。ノウハウがないから起業なんてとんでもないという人が多いのですが、ノウハウは走りながら身についていくものですし、事業を一つずつやり遂げていけば、信用がついてきます」

起業は簡単。本当に必要なのは、その後の支援

 最近は、自治体や企業の起業支援が盛んになってきた。ただ、堤氏はこう考えている

 「私から見ると、ビジネスを始めるところだけに注目した支援が多いことが気になります。肝心なのは、つくった会社が成長し、利益を生むようになっていくまでのプロセスを支援することです」

 堤氏が企業支援の講師としてたくさんの起業家を見てきた経験からいうと、9割の人は早々に何らかの失敗を経験するという。

 「でも、失敗しなければ、ビジネスがどういうものかはわかりません。逆に、成功体験がビジネスの更なる成長を止めてしまうこともあります。時代の変化に対して常に興味を持ち、時には自分が積み上げてきたものを壊すこともビジネスには必要です。私は、起業した人にはぜひ事業を大きく育てていただきたいです」

 仕事に求めるものは、人それぞれかもしれない。でも堤氏にとっては、自分と、自分のチームがつくったビジネスで社会に働きかけることが働くことの喜びだ。そして、この喜びを、もっと多くの人に体験してもらいたいと堤氏は願っている。

堤香苗

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株式会社キャリア・マム代表取締役。早稲田大学在学中よりフリーアナウンサーとしてテレビやラジオで活躍。自分らしく働きたい女性への活躍の場を提供したいとキャリア・マムを設立。ライフイベントを機に離職した女性の再就業や起業を支援。内閣府、経産省の委員を歴任し、現在は中小企業庁の委員。講演、執筆も多数。

株式会社キャリア・マム

https://corp.c-mam.co.jp/
取材・文/河合蘭
写真/穐吉洋子