幻の鳥「カワセミ」はなぜ都心の高級住宅街に戻ってきたのか

 汚れなき自然を象徴する鳥、カワセミ。鮮やかな色合いと愛らしいフォルムから「清流の宝石」として知られるが、実は東京都内、しかも都心の住宅街で暮らしていることをご存じだろうか。一度は東京から姿を消し、「幻の鳥」ともいわれたカワセミはなぜ戻ってきたのか。近著『カワセミ都市トーキョー 「幻の鳥」はなぜ高級住宅街で暮らすのか』で、その謎の解明に迫った東京工業大学リベラルアーツ研究教育院の柳瀬博一教授に聞いた。
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都内の川にも生息する「清流の宝石」。全長は約18cmだが、翼幅は約25cmにもなる。

カワセミが都心から消えたワケ

 鮮やかなコバルトブルーとオレンジ、長いくちばしが特徴のカワセミは、漢字で翡翠と書く。ヒスイと読む宝石の名は、カワセミの美しさからつけられた。四季を通して水辺で暮らし、魚類やエビ、カニ、水生昆虫などを水中に飛び込んで捕食する。

「コロナ渦のさなか、遠出ができず自宅の近所を散歩するうち、橋の上からたまたまカワセミを見つけてその美しさ、かっこよさに虜になりまして。それから別の川にも探しに行くようになり、つがいで暮らすカップルも発見。以来、観察と調査を始めたのです」

 日本野鳥の会の調査によると、1968年時点で東京都では奥多摩の山奥でしか確認できなくなっていた。

「理由は明確で、戦後の高度経済成長に伴う環境汚染によって餌となる魚やエビなどが川に住めなくなったから。コイやフナなどは比較的汚い川でも生きられるのに、消えた。たとえば目黒川。いまでは桜の名所として有名ですが、僕は昔、恵比寿に住んでいたのでよく覚えていて、当時は工場や家庭排水でドブ川のように臭く、花見客なんていなかった。必然的に、カワセミは餌を求めて都心から奥地へと移っていったのです」

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柳瀬教授によれば、都心から一度消えたカワセミが戻ってきているという。

「新しい野生」とは

 そんなカワセミが、いま都心に戻っている。なぜか。

「単純明快、都心の川が魚が住めるほどきれいになったからです。環境が改善されたんですね。実際、僕の散歩コースでもある神田川では、真っ黒な羽に金緑色の胴体が美しいハグロトンボも確認できます。このトンボは清流にしか生息しない。それほど水質がきれいになった」

 ただし、いま都心の川に生息する生きものたちは、昔と同じではない。

「高度成長期の汚染によって、在来種がほぼ絶滅した都市河川は少なくありません。いま最も繁殖してカワセミの餌になっているのはシナヌマエビで、もともと釣り餌として放たれるようになった中国産の外来種。アメリカザリガニもそう。淡水魚も、水産試験場が放流したコイを除くと極めて少なく、海と淡水を行き来できる汽水魚、ボラやスミウキゴリのようなハゼがほとんどです」

 このような外来生物と汽水魚が都心の川に増えてきた状況を、柳瀬教授は「新しい野生」と表現する。おかげで、餌を求めてカワセミたちも戻ってきたというわけだ。加えて、住環境も重要なポイント。

「カワセミは本来、川の土手に長いくちばしで穴を掘って巣穴にします。ところがいまの都心の川はコンクリートで護岸している。でもよく見ると所々に水抜きのパイプ穴があり、実はそこを巣穴にしている。自分で掘らなくても済む分、彼らにとっては楽で快適なのかもしれません」

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都心の川にて人工の巣穴に入ろうとするカワセミ。

「古い野生」が残る都市

 それにしても、戻ってきたカワセミが選んだのはなぜ高級住宅街なのか。キーワードは「湧水」だという。

「東京は武蔵野台地という地形上、もともと湧水が多い。そして、湧水池を中心とした公園や緑地がきちんと整備され、残されている。世界有数の大都市でありながら、豊かな自然、緑が多いのです」

 古来、人間は水を求めて集い、争い、勢力域とした。

「東京の場合、江戸時代に湧水のある地に有力大名が屋敷を構え、広大な緑を残し、明治に移っても有力者は湧水の周辺に住居を構え、その周辺が開発されていまの高級住宅街につながっている。湧水池はもともと水がきれいで、まだ川が汚かった80年代にカワセミが都心に戻ってきたのも実は湧水池周辺でした」

 東京にはそうした「古い野生」が残されている。たとえば、都心有数の緑地である新宿御苑の湧水に水源を持つとされる渋谷川は、区間によって名称を変えながら高級住宅街を流れ、その支流の小流域にある白金の国立科学博物館附属自然教育園などではカワセミが1年を通して暮らしている。

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日比谷公園内にもカワセミの姿が。背後には都心のビル群が見える。

東京の大きな魅力

「都心で最大の緑地といえば皇居。実は、元皇族の黒田清子さんは内親王時代、山階鳥類研究所の研究員として皇居に戻ってきていたカワセミの生態を研究されたことでも知られています」

 古い野生が残され、外来種と汽水魚が中心となった新しい野生が共存する都市、それが東京の大きな魅力だと言う柳瀬教授は、こんな要望も語る。

「せっかく川がきれいになったのだから、プロの生物学者の力を借りて在来種の魚を計画的に放流し、古い野生と新しい野生をもっと近づけ、つなぐことも考えてほしいですね」

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満開の桜で羽を休めるカワセミ。神田川にて。

柳瀬博一

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1964年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、日経マグロウヒル社(現・日経BP社)入社。日経ビジネス記者、単行本編集、日経ビジネスオンラインプロデューサーを歴任。2018年より現職。23年、著書『国道16号線―「日本」を創った道―』(新潮社)で手島精一記念研究賞を受賞。

都心のカワセミ(柳瀬教授撮影)

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東京都は、100年先を見据えた"みどりと生きるまちづくり"をコンセプトに、東京の緑を「まもる」「育てる」「活かす」取組を進めています。
多様な生物が生きるまちづくりなどを通して、「自然と調和した持続可能な都市」への進化を目指しています。
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取材・文/吉田修平
カワセミの写真提供/柳瀬博一