アニメ好きのスウェーデン人漫画家が語る「東京暮らしの幸せ」
巨大な遊園地のような都市
オーサ氏は、10代の頃、日本のアニメ『美少女戦士セーラームーン』を見て日本のポップカルチャーのとりこになった。スウェーデン語に訳されている日本の漫画を片っ端から読み、当時はファッションも日本アニメの影響を受けていた。
憧れの日本に初めて来たのは19歳の時で、今から20年前のことだ。きらびやかなネオンサインが輝く東京の第一印象は、「遊園地のよう」。町には人があふれ、ヨーロッパの町がいくつも入るほど面積も広い。森林の国であるスウェーデンから降り立ったオーサ氏は東京の規模の大きさに驚いた。
また、東京はビルが立ち並んでいるだけではなく、神社など伝統的なスポットも多いことがわかってきた。「新旧の文化のコントラストが東京の魅力」とオーサ氏は述べる。出会った人々も、外国人に対して驚くほど優しかった。三度目の来日時には、心の中で「私は絶対に、大好きな日本に住む」という決心を固めていた。
日本暮らしの苦労も漫画のテーマに
中心地から少し西側に外れた杉並区の阿佐ヶ谷でシェアハウスを見つけ、日本での生活を始めたオーサ氏。「漫画家になる」という夢があったが、同人誌即売会のイベントで、出版社が出していたブースに作品を持ちこむとすぐに出版が決まり、この夢もかなった。
シェアハウスのルームメートは外国人もいたが、日本人も多く会話は日本語がメインだった。オーサ氏は当時の楽しい思い出を語る。
「最初は日本語がほとんどわからないので、私は、アハハハハ...と、わかったふりをして笑うだけ。でも、私が間違いだらけの日本語を話し始めると、ルームメートたちはそれを気に入って『カワイイ!』と言うのです。私の日本語はオーサ語と呼ばれて大人気になり、その真似がはやりました」
オーサ氏の日本語は少しずつ上達し、阿佐ヶ谷は東京のホームタウンになった。近くには和田堀公園など緑豊かなスポットもある。この公園は善福寺川に沿って広がっている。川岸には長い散策路が整備されていて、ここでよくジョギングを楽しんだ。桜の木が多いので、春は見事な眺めだ。
阿佐ヶ谷から中央線に乗ると、中野もすぐ近くだ。ここにはポップカルチャーのファンなら知らない人はいない「中野ブロードウェイ」がある。このアーケードはアニメ関係のフィギュアなどコレクターグッズを扱う店が集まっていて、ファンからは「聖地」と呼ばれる。オーサ氏はアニメとは無関係な地下の店舗も好きで、コーンの上に約10種類のアイスクリームを積み上げてくれる店や、リサイクル着物店がお気に入りだ。
「夜は屋外のお店で、ビールや日本酒、料理を楽しむのが好き。お酒が入れば言葉の壁はありませんから、観光客でも地元の人たちと触れ合えるでしょう」とオーサ氏。外に椅子がある庶民的な店は、中央線なら高架下や駅のそばにある横丁に並んでいる。山手線の恵比寿駅も、周辺には最先端のIT企業が多いが駅のそばに恵比寿横丁があり、これも東京のコントラストの一つだ。
好きな漫画の舞台もよく訪ねる。東京にはアイコニックな電波塔が二つあり、東京スカイツリーの方が新しくて高いが、大好きなのはCLAMPという漫画家が『X』という作品で描いている東京タワーの方だ。
アニメファンであるオーサ氏は、東京暮らしの日常にあるささやかな部分にさえ、喜びを見つける。コンビニに入れば、アニメに出てきた日本独自のファストフードであるおにぎりがある。これを初めて見た時も、『美少女戦士セーラームーン』で登場人物が食べるシーンをよく覚えていた彼女にとっては発見だった。
異国の生活は、難しいところもある。おにぎり一つ食べるにも、包装の日本語が読めなかった頃は食べるまで中身がわからなかったし、のりをきれいに巻くための仕掛けもさっぱり理解できなかった。だが、こうした体験は、後に漫画の題材になった。困難があっても日本の文化が大好きで、異文化を楽しむオーサ氏の姿は好感を呼んだ。
最高に感動した『NANA-ナナ-』の原画展
漫画家であるオーサ氏にとって、展覧会に通えるのも東京の大きな魅力だ。「どの展覧会も東京から始まるケースが多いですよね。そして、その一部が地方にも巡回するという仕組みです」。よく行くのは、漫画・アニメ系の展覧会が多い六本木ヒルズ内の森アーツセンターギャラリーだが、東京には数多くの美術館やギャラリーなどがあるので常に行きたい展示がある。
原画展が好きだというオーサ氏には、一昨年とても感動した展覧会があったという。「一番好きな漫画の『NANA-ナナ-』の原画展(東京で開催された『矢沢あい展』)を見たのです。もう『私はこれを見るためだけに東京に来たのかもしれない』と思うほど感激しました。本当に『東京、最高だー!』と心の中で叫びました」と目を輝かせた。
「スウェーデンでは、日本の漫画の原画が見られる機会は全然ありません。ファンとしても興奮するし、漫画家として学ぶことがたくさんあります。印刷物では見えない細部や線の勢い、それから、消したところが見えることもあります」
オーサ氏は、日本人男性との間に二人の子どもを授かり、今は、日本とスウェーデンを行き来しながら子育てを楽しんでいる。自らの経験から日本とスウェーデンでは恋愛や結婚に対する考え方が大きく違うことがわかったので、それも漫画のテーマになった。今度は、子育てについて二国間を比較しようとリサーチを進めている。例えば、日本では出産は婚姻関係と強く結びついているが、スウェーデンでは婚外子も多い。
生活のディテールの中から文化を比較していく彼女の漫画は、誰にとってもわかりやすく、笑いながら読んでいくといつのまにか異文化がわかる。育児の漫画も、今から楽しみだ。
オーサ・イェークストロム
画像提供/株式会社KADOKAWA