ペルーの標高差が生み出す多様な自然の味わいを東京へ

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 日本料理では季節感がとても大切にされる。旬を生かすことがこの国の食文化では常に尊ばれてきたが、最近オープンしたペルー料理店は、標高差に着目した新しい垂直的アプローチを採り入れている。 料理の未来を切り拓くヴィルヒリオ・マルティネス氏が立ち上げ、ヘッドシェフのサンティアゴ・フェルナンデス氏が率いるレストランだ。
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フェルナンデス氏は、MAZで東京の人々や観光客に、これまでにない形でペルーを味わってもらいたいと考えている。

 東京都の中心・千代田区にある「MAZ(マス)」は、ペルーの海岸から高山の頂までゲストをいざなう、ユニークで斬新なメニューを提供するペルー料理店だ。2022年7月1日にオープンしたこのレストランは2年足らずでミシュラン二つ星を獲得し、ヘッドシェフのサンティアゴ・フェルナンデス氏は2023年、世界を変える30歳未満30人の日本人を表彰する「Forbes JAPAN 30 UNDER 30」に選ばれた。

 MAZはなぜ、この短期間にこれほど注目され、高い評価を得たのだろうか。

 その魅力を引き立てているのが、レストランのコンセプトだ。「最も重要なことは、MAZが『世界を垂直に見る』というコンセプトを採用していることです。アンデスや南米の文化では、世界を垂直方向にとらえますが、私たちもこの考え方を採り入れています」と、フェルナンデス氏は説明する。標高の違いが生み出すペルーの生物多様性が、9品のコースメニューで表現される。標高の違いを表現するメニューはヴィルヒリオ・マルティネス氏が創作し、ペルーのリマにある彼のレストラン「CENTRAL(セントラル)」で完成した。

 「MAZでは、ペルーのさまざまな生態系や生物多様性に着想を得ながら、日本の旬の食材も活用して料理を作っています」とフェルナンデス氏。店名の意味について、「MAZは、ペルーにある私たちの食材リサーチ機関マテル・イニシアティバのモットー『afuera hay más』(外にはもっとある)からきています」と説明した。

東京はシェフの夢

 このユニークなレストランを東京で開くきっかけとなったのが、東京で行われた「クックジャパンプロジェクト」への参加だった。「2019年に、1週間料理を作るポップアップイベントに招かれました。それがとても好評だったため、翌年も招待されました」。イベントに招待した企業グラナダから、東京でレストランを開くことに興味はないかと誘われた。全国に25店舗以上レストランを展開するグラナダの実績は申し分なかった。「お互いのニーズがマッチしました。やはり経歴や人脈がなければ、日本のような競争の激しい市場に参入するのは本当に難しいですから」

 ベネズエラ出身のフェルナンデス氏は、料理専門大学として名高いバスク・クリナリーセンターで学ぶため、17歳でスペインに渡った。インターンシップで最初に参加したのがCENTRALだった。「私の仕事ぶりや料理が気に入られ、クリエイティブデベロッパー(料理の研究開発者)として適任だと思ってもらえたのです」。卒業と同時に仕事のオファーを受け、リマに移り住んで5年間、マルティネス氏と一緒に働き世界各国の料理のイベントに参加した。そして、満を持して東京にたどり着いた。「世界中のシェフが、働き、住み、料理をしたい夢の場所は日本と言うだろうと思います」

 フェルナンデス氏は、マルティネス氏からヘッドシェフとしてレストランを任され、チームとともに店を始めた。「日本は、私たちのコンセプトを理解し、敬意を持って評価してくれる国だと感じます」とフェルナンデス氏。「私たちは、自分たちの本質を保ちながらも、できるだけ日本に合わせて、いつでも謙虚な姿勢でいたいと思っています。」

文化の融合

 レストランと料理はペルーのものだが、フェルナンデス氏とチームのメンバーは日本の季節の食材を研究し、料理に取り入れている。「南米の垂直的、日本の水平的という二つの異なる世界の見方をかけ合わせています」。このレストランでは、季節の食材の8割を日本で調達し、残りの2割をペルーから取り寄せている。「日本で地方の農家を調べて気付いたのは、ペルーで使い慣れた食材のほとんどはここにもあるということです」

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MAZのペルー産食材は、海岸部から森林や高山まで、国中のあらゆる標高から調達されている。Photo: MAZ

 フェルナンデス氏は、チンチョやワカタイのようなペルーのハーブを栽培している農家もあることに気が付いた。「東京にはすでに、きちんとしたペルー人コミュニティが出来上がっています。伝統的な食材を買える場所もありますが、そこでは見つからないちょっと特殊なものはペルーから輸入しています」

 MAZのような立派なレストランが東京のこの地にオープンしたことに対し、ペルー人コミュニティの反応は上々だ。「皆様このレストランに来ると、とても誇らしそうです」とフェルナンデス氏が語るのは、自分の母国について知ってもらおうと、日本の知人を連れて最近来店したペルー人を思い出してのことだ。

学んで成長できる街

 フェルナンデス氏にとっては、東京で何を提供できるかということだけではなく、何を得られるかも重要だ。「シェフとして、厨房のスタッフからお客様に至るまで、あらゆる面で多くを学んでいます」。日本におけるシェフとゲストの関係性は、彼が慣れ親しんだものとは異なる。「互いを尊重する関係性です。お客様からの期待は大きいですし、こちらからお客様への期待も大きいです。お互いがこの瞬間にかけているという暗黙の了解があります。それは素晴らしいことだと思います」

 MAZのヘッドシェフであるフェルナンデス氏に自由な時間はあまりないが、その大半をレストラン巡りに費やしている。「いろいろなお店で料理をいただき、『今までで最高のレストランだ』と思えるところがたくさんあります。本当に、日本のレストランは最高だと思います」。こうして訪れたお店はどれも、ベネズエラ出身のシェフにとって目を見開かされるものだった。「学べることの多さに驚いています! 自分と同じレベルかそれ以上のお店に食べに行くことが成長の糧となるので、これはとても大事なことだと思います」

 中でも、フェルナンデス氏の印象に残っている店があるという。「日本料理店の『明寂』を訪れ、シェフとしての物の見方が変わりました」。明寂も、MAZと同じく開店初年でミシュラン二つ星を獲得している。伝統的な日本料理が、その根本に忠実でありながらも、いかに攻めの姿勢で臨んでいるかを目の当たりにし、フェルナンデス氏は感銘を受けたという。

東京に新しいものを提供する

 新たな国で高級レストランを開くのには困難がつきものだが、フェルナンデス氏はこれをマイナスにとらえてはいない。彼が東京で働く上で最も感心したのは、職場でお互いを尊重しあっている点です。「南米や欧米諸国では、その考え方はあっても、日本のように定着はしていません」

 東京は洗練された多種多様なレストランにあふれた都市だが、MAZは東京の料理界にまったく新しいものをもたらしている。フェルナンデス氏は、タイミングがすべてだったと言う。「私たちはこれ以上ないタイミングで、目新しいもの、人々が他店では見つけられないようなものを引っ提げて参入できたと思います」。店が予約でいっぱいな様子を見ると、MAZはまさに、東京の人々の心をとらえているようだ。

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フェルナンデス氏は、食材の8割を日本国内で調達し、MAZを象徴するのに欠かせない珍しい食材はペルーから輸入している。

 フェルナンデス氏がMAZの料理に込めるのは、人々にインスピレーションを与えたいという願いだ。「まるで旅に出たような気分を味わってほしいと思っています。ペルー旅行を丸ごと体験してもらいたい。この体験が終わったときにお客様からインスピレーションが湧いたと言ってもらえれば、それが最高の褒め言葉です」

 フェルナンデス氏自身も、インスピレーションの旅の途上だ。「私がいるこの空間は、レストランを成長させ、スタッフにも一緒に成長してもらい、私自身も個人的に成長する場所です。東京はそのための完璧な街だと思います」

サンティアゴ・フェルナンデス

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ベネズエラ生まれ。スペインの4年制料理専門大学「バスク・クリナリーセンター」でガストロノミー・料理学の学士号を取得後、ペルーのレストランCENTRALに加わり、5年間CENTRALのクリエイティブプログラムを担当。また、シェフのヴィルヒリオ・マルティネスとともに世界中で多数の国際的ガストロノミーイベントに参加。2022年、日本に移り、MAZのヘッドシェフに就任。
取材・文/ローラ・ポラッコ
写真/穐吉洋子
翻訳/植田 奈津代