高齢者の日常を描く78歳の漫画家が語る「多摩ニュータウンの魅力」

 齋藤なずな氏は、78歳のシニア漫画家だ。40歳で漫画家デビューを果たし、多摩の地で数々の漫画作品を手掛けてきた。中でも話題なのが、朝日新聞社主催の2024年「手塚治虫文化賞」の候補作にノミネートされた『ぼっち死の館』。物語の舞台であり、自身も50年近く住み続ける東京都多摩市の多摩ニュータウンでの暮らしやその魅力について、齋藤氏に伺った。
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漫画の原稿に向かう齋藤氏の手元

生計を立てるために選んだ漫画家の道

 幼少期から高校卒業までを静岡県富士宮市で過ごした齋藤氏は、「退屈しない人生を送りたい」と東京の短大へ進学した。小さい頃から絵を描くのが得意だったが、当時それを職業にする考えはなかった。「自立して生きていきたい」と選んだ就職先は、英会話学校。そこでは、教材に使うイラストの制作に携わった。その後、出版社に転職した仕事関係者の紹介で、単行本のカットを描くようになり、イラストレーターとして独立を果たした。

  それから10年以上、フリーのイラストレーターとして活躍していた齋藤氏だが、自分から営業することが少なかったため、仕事が減ってきてしまう。困った末に考えたのが漫画だった。齋藤氏は「イラストの仕事が減って生計を立てられないので、漫画を描こうと思いました。漫画ならもうかるかもしれないって思ったんです」と当時を振り返る。

 一念発起した齋藤氏が描いた初の漫画作品『ダリア』。普通の人生の裏側に潜むドラマを、小学生の少女の視点で描いたこの作品は、小学館のビッグコミック新人賞を受賞し、1986年、40歳で漫画家デビューとなった。

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齋藤氏。多摩ニュータウンの自宅書斎で。

日常の「老い」や「死」をテーマに

 2023年に単行本として出版された『ぼっち死の館』は、六つの物語から構成される短編集だ。物語の舞台は、独居老人が多く住む多摩ニュータウンの団地。齋藤氏も同エリアに住んで50年近くになるが、そこでの経験が漫画に昇華されている。「周りを見渡すと『老い』や『死』ばかりです。周りで起こっていることから着想を得て、自分の思いを乗せた創作を加えながら漫画を描くため、必然的にテーマもそういったものになります」

 物語では老人の死が頻繁に起こる。第0話の『ぼっち死の館』では、孤独死した老人が、顔が紫色になった状態で発見される場面がある。それは齋藤氏が実体験を元にしたエピソードだ。想像するに衝撃的な出来事だが、齋藤氏は平然と朗らかに当時を振り返る。

 「実際に話したことがある方でした。ただ、それほどショックではありませんでしたよ。ここで暮らしていれば死はしょっちゅうあります。『あの人最近見ないな』と思っていたら後日亡くなっていたとわかる、なんてことは日常茶飯事です。これまでの人生で、多くの方が亡くなるのを見てきましたから、自分もやがてそうなるだけだと受け入れるようになりました」

50年近く暮らしている多摩ニュータウンでの生活の魅力

 1900年代半ばの高度経済成長期において、深刻な住宅不足を解消するためにつくられた多摩ニュータウン。東京都西南部の多摩丘陵に位置する、東西約14km、南北約2~3kmの日本最大級の街だ。1971年にまちびらきが行われ、働き盛りの若いファミリー層がいっせいに入居したことで、活気を帯びた街となった。

 そんな街の隆盛を目の当たりにしてきた齋藤氏。「越してきた1970年代は、まだ植栽もされていなかったのでススキだらけでした。整備途中の道路や橋も多く見かけましたが、みるみるうちに体裁が整っていきました。何もなかった頃を知っているので変化が面白いです」

 慣れ親しんだ多摩ニュータウンの魅力は「緑の多さ」にあると齋藤氏は語る。団地の棟と棟の間には、植栽が施され緑が生い茂る。普段から緑に囲まれた生活ができるほか、近隣には多摩の豊かな自然が残された里山公園も。そこでは、現在でもキジやタヌキ、アライグマなどの生物が生息している。

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『ぼっち死の館』で描かれた多摩ニュータウンの風景(C)齋藤なずな/小学館

 多摩市の公共施設や活動を活用することも多い。「何かやりたいと思ったら、多摩ニュータウンの中で何でも実現できるのでありがたいです。現在、図書館友の会に参加していますが、ほかにも、トレーニング講座、木片から鳥を彫り出して彩色するバードカービングスクールなど多種多様な市の活動団体があります。こうした活動を通じて、さまざまな経歴を持った同世代の方と出会えるのが楽しいです」。

 図書館友の会への参加がきっかけとなり、自身の漫画活動を地域に還元したこともある。「ワークショップを開催したのですが、そこには子どもも参加していました。子どもとは普段しゃべる機会がありませんから、新鮮で面白かったです。意外と友達みたいにしゃべれたり、趣味が合ったりするんですよね」

多種多様な人に出会い、多くのチャンスをつかめる街「東京」

 日常生活から創作のヒントを得る齋藤氏にとって、多種多様な人に出会い、さまざまな経験を積めるのは、東京の大きな魅力だ。「やりたいことを実現できるから、多くの人が東京に進出します。地方と比べて家賃は高くても、多くのチャンスが転がっているのでしょうね」と齋藤氏。人との出会いを面白がる好奇心や前向きな姿勢があるからこそ、東京で漫画家の活路を開けたのだろう。

 漫画・アニメは、日本の主要産業の一つであり、日本人が描く漫画を読む外国人は多いが、齋藤氏が描いた漫画も例外ではない。『夕暮れへ』は英語やフランス語、中国語といった言語に翻訳され、海外でも人気を博している。齋藤氏は日本の漫画が海外でも人気が出る理由を「面白いから!」と断言する。「自分が日本人だからひいきしているわけではないですよ。テーマの幅広さや臨場感のある絵が理由になっているかもしれません」

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齋藤氏の代表作の一つ、『夕暮れへ』。英語、中国語、スペイン語などに翻訳されている。

 今後も漫画を描き続けると話す齋藤氏。その理由は「信じてもらえないのですが、描き続けないと食べられない」と笑い飛ばす。そのパワフルさは、脳梗塞で倒れた際にも「漫画のネタになるぞ」と自らを奮い立たせたほどだ。

 孤独死をめぐる人間模様が描かれる『ぼっち死の館』には、家族関係や夫婦のあり方から個人の生き方に至るまで大切な気づきが散りばめられている。それは、齋藤氏の生き様が表れているともいえる。現在創作を進めている新しい作品にも、期待が高まるばかりだ。

齋藤なずな

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1946年生まれ。静岡県富士宮市で育つ。40歳のときに漫画を描きはじめ、1986年、『ダリア』でビッグコミック新人賞を受賞しデビュー。遅咲きの新人として作品を作り続けていたが、2019年に過去作と新作を交えて刊行した20年ぶりの単行本『夕暮れへ』が、第22回文化庁メディア芸術祭のマンガ部門で優秀賞を受賞。最新シリーズ連載『ぼっち死の館』(完結)は第28回手塚治虫文化賞マンガ大賞候補となる。現在、次回作の執筆中。
https://shogakukan-comic.jp/book?isbn=9784098616350

取材・文/吉田真琴
写真/藤島亮