浮世絵からひもとく、日本人と動物の信頼関係

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 江戸時代、人と動物たちはどんな関係を築いていたのか。絵画や工芸品からその歴史をたどる展覧会「どうぶつ百景―江戸東京博物館コレクションより」が、全国を巡回している。企画した東京都江戸東京博物館学芸員の小山周子氏に、作品からわかる人と動物たちの暮らしについて話を聞いた。
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「鉄道馬車往復日本橋之真図」歌川広重 1882年

来日した米国の動物学者が驚いたこととは? 

 1877年(明治10年)に来日した米国の動物学者エドワード・S・モースは東京で、人が動物に親切に接する様子を見て驚いたという。

 「人力車の車夫が路上にいるネコやイヌをわざわざ避けて通ったりすることは、米国では思いもよらなかったようです。ネコに『さん』づけすることにも興味をもっていました」

 こうした動物との関係は、現代の日本人にとって不思議なことではない。

 江戸時代、小動物を飼うことも庶民の楽しみの一つだった。驚くのは、ネズミもペットとしてかわいがられていたことだ。

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「東風俗 福つくし 福ねずみ」揚洲周延画 1890年/福を呼ぶと言われた白いハツカネズミと遊ぶ女性たち

 「この時代のネズミは、今でいうハムスターの感覚に近いと思います。福の神、大黒天の使いとされていたのでありがたい存在だったんです」

 一方で、ネズミが家の米を食べ尽くし、そのために家が傾いたという話も残っている。厄介な存在でもあったのだ。

 「動物は『かわいい』だけの存在ではなく人との関係はもう少し複雑です。かわいいけれど、困ることもある。それを許容しないとうまくいかないんです」

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「展覧会はすべて江戸東京博物館の収蔵品で構成されています」と小山氏

ネコを『さん』付けしていたのはなぜ?

 ネコも人気だった。しかしネコも「ただかわいいだけの存在ではなかった」と小山氏は指摘する。

 「日本には化け猫伝説が多く残されています。かわいいだけではなく妖しさも持ち合わせていることを人間は古くから感じていたのでしょう。人間の言葉がわかるネコが登場する昔話もあるように、どこか尊い存在でもあった。だから『さん』づけしたのではないかと考えています」

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「名所江戸百景 浅草田甫酉の町詣」歌川広重画 1857年/展覧会で人気の作品。窓格子越しにネコが外を眺めている。

 浮世絵の技法からもネコが特別の存在だったことがわかるという。

 「浮世絵では、ネコは立体感のある刷りをしています。実物を見ればもふもふ感がわかっていただけます」

 イヌはどうか。

 「江戸では、イヌを個人で飼っていた人は少数派です。町犬と言って、町全体でイヌを飼っていました。町のために番犬的な役割を果たしたり、子どもたちと一緒に遊んだりして、町の人から餌をもらっていたのです。江戸時代の浮世絵には町犬がよく入り込んでいます」

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「深川佐賀町菓子船橋屋」歌川国芳画 1839-1841年/イヌは共同体の一員だった。

 江戸時代の作品には、シカやツル、コウノトリやニホンカワウソなど野生動物も多く描かれている。

 「三代将軍徳川家光が、一年半の間に2,135頭もの鹿を仕留めたという記録も残っています。ニホンカワウソの姿は絵画には残っていないのですが、『武江産物志』(1824)には、現在は絶滅したニホンカワウソが、本所北十間川の源森橋にもいると記されています。これは墨田区にある橋で、東京スカイツリーの撮影スポットとしても知られています。200年前には、その橋の下をニホンカワウソが泳いでいた。面白いですよね」

展覧会でフランス人が感じたこと

 この展覧会は、2022年にフランスのパリ日本文化会館で開催された「いきもの:江戸東京 動物たちとの暮らし」展を拡充したもの。フランスでは、どのような反響だったのか。

 「例えば、五代将軍徳川綱吉の代に出された『生類憐みの令』に関連する高札が注目を集めました。書かれているのは、病気で回復の見込みのない馬を遺棄した者は今後、死罪に処すという内容です。ヨーロッパでは近年こそ動物愛護が行き渡っていますが、その時代に将軍がそのようなことを命令するのは聞いたことがないと驚いていました」

 日本で人と動物との友好的な関係に驚いたモースとも共通する視点だ。身分制に対する指摘も興味深い。

 「飼っているウズラの声を競うイベントの様子が描かれた作品で驚かれたのは、ここに集まっている人たちが当時の身分制度とは関係なく座っていることです。刀を差した武士も商人も隔たりがありません。遊びの場ではフラットな関係性が面白い、というわけです」

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「鶉会之図屏風」 作者不詳 江戸後期/江戸時代初期からウズラを飼う愛好者が増え、こうしたイベントが開催されるようになった。

珍しい動物の見世物興行が大人気

 ゾウやラクダ、トラやヒョウなど珍しい動物を見せる興行が開催されたことを伝える絵画も多く展示されている。

 「江戸時代、急速に都市化が進み、江戸は18世紀には人口100万人を超える都市となり、娯楽が発達しました。当時、鎖国でありながら海外から動物が多く運ばれてきて、両国、と言っても今の東日本橋側の盛り場の見世物小屋で興行があったようです。首がもげるくらいゾウを見上げている人もいて、興奮しているのがよくわかります。当時の人のそのような思いも読み取っていただきたいですね」

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「中天竺新渡舶来大象之図」 了古画 1863年/横浜に舶来した雌の象

 これまで浮世絵を中心にした数々の展覧会を担当した小山氏は、最後に東京の魅力をこのように語った。

 「江戸時代から明治時代に移行したとき、町は破壊されませんでした。ですから東京には、江戸時代の痕跡がところどころに残っています。道路や橋の名前や、大名屋敷の面影の残る公園や学校などがそうです。東京は最先端のものがある一方で、江戸時代に思いを巡らせることもできる、とても豊かな都市だと思っています」

小山周子

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東京都江戸東京博物館学芸員。担当展覧会に、「いきもの:江戸東京 動物たちとの暮らし」展(2022年)、「冨嶽三十六景への挑戦 北斎と広重」展(2021年)、「明治のこころ―モースが見た庶民の暮らし」展(2013年)、「よみがえる浮世絵―うるわしき大正新版画」展(2009年)ほか。

「どうぶつ百景―江戸東京博物館コレクションより」は、2025年には愛知県、富山県に巡回予定。

東京都江戸東京博物館

https://www.edo-tokyo-museum.or.jp/
※大規模改修工事のため2025年度まで休館予定。
取材・文/今泉愛子
写真/穐吉洋子
画像提供/東京都江戸東京博物館