都民の命を守る災害救助部隊 「ハイパーレスキュー」とは

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 この夏、短時間の大雨による河川の氾濫によって地方都市でも水害が多発した。また、2024年1月に発生した能登半島地震による被害も記憶に新しい。いまや災害に備えることは、最も身近で喫緊の課題だ。

 9月1日の防災の日を前に、災害現場で危険と向き合いつつ人命救助に当たる「ハイパーレスキュー」の活動に焦点を当てた。
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特殊車両の前で整列する隊員。当日勤務の約20人のうち撮影時に数人は救助活動で出場していた。

特殊な技術と装備を備えたスペシャリスト部隊

 ハイパーレスキューは、東京消防庁管内で発生する大規模災害に迅速に対応するため、10カ所ある消防方面本部のうち5カ所に配置されている。

 契機となったのは1995年の阪神・淡路大震災。火災だけではなく建物の倒壊や道路の崩壊・陥没など、従来の消防力では対応が困難な救助事案に直面し、より専門的な知識と高度な技術を持つ隊員に加え、特殊重機や人命探査装置なども備えたスペシャリスト部隊設置の必要性が高まった。

 この教訓を踏まえて翌年設置されたのがハイパーレスキューだ。今回取材に協力してくれたのは正式名称「第六消防方面本部消防救助機動部隊」(略称6HR)で、四つ目の部隊として2007年に発足した。

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(左から)災害でふさがった道路を緊急車両が通れるようにする道路啓開用重機(トラクターショベル)、救助車III型、救助用重機(ドラグショベル)
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通常の消防署にはない特殊車両が揃っている。「小型ホース延長車・小型送水車」。木造密集地域及び倒壊建物で瓦礫が散乱した環境下での火災に対し、2台1組で効果的な消防活動を行う。タイヤを4輪とも三角型のキャタピラーに履き替えれば泥濘地や急斜面でも走行できる。

常にさまざまな訓練を

 6HRの隊員は総勢約60人。それを約20人の3部に分け、交替制で24時間詰めている。部隊の特徴を、隊員の田口忠明消防士長がこう説明する。

 「足立区に本部がある6HRは北を荒川、南を隅田川に囲まれた管轄地域なので、水難救助も任務に含まれます。そのため、他の部隊にはない水上バイクや定員20人で車椅子のまま救助できる高機能救命ボート、瓦礫などが散乱する災害現場でも空気が抜けないウレタンボートなどを保有していることが大きな特徴です」

 ほかにも地中音響探査装置、人命探査装置などの極めて高度な救助資器材や消防署には配置されていない特殊な重機がそろっている。隊員はこれらを扱うための各種資格を保持していなければならず、出場がない時間は常にあらゆる災害現場を想定した訓練を日々重ねている。

 実際、取材した日は水難救助の訓練も実施。目の前の隅田川で、溺れかけている要救助者の隊員に2人の隊員が水上バイクで接近し、1人が川に飛び込んでバイク後方に取りつけてあるレスキュースレッドに抱きかかえて引き上げる。風の向きや強さによって波が複雑にうねる中を迅速に近づき、接触しない距離を保ちつつ救助するには相当高度な技術を要するという。

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水難救助訓練の様子。見守る隊員の眼差しも真剣そのもの。

取材中にも出場指令が

 消防士歴15年、ハイパーレスキュー歴3年の田口消防士長の記憶にいまも残っている経験がある。能登半島地震の翌日に羽田空港滑走路で起きた、航空機同士の衝突事故だ。

 「爆発の危険性もあったので恐怖心がなかったわけではありませんが、安全な距離を保ちつつ、とにかく必死で放水を続けました。」

 これほどの事案は稀有なケースだが、6HRには毎日数回、出場指令が下される。取材中にも、マンションのエレベーターに閉じ込められてしまった子どもの救助活動指令が隊舎内に響き渡った。

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日頃から肉体的な鍛錬も欠かさない田口消防士長

高まってきた英語研修の必要性

 ハイパーレスキューの出場地域は原則として東京都内、そして方面本部ごとの管轄地域だが、大規模災害時には緊急消防援助隊の一員として他府県に派遣されることもある。6HRでも、これまで2011年の東日本大震災や2015年の関東・東北豪雨等、そして能登半島地震などにも派遣された。

 さらに、海外での大規模災害時にも、被災国の要請によって政府が組織する国際緊急援助隊の構成員として、あらかじめ登録されている隊員のなかから派遣される。2011年のニュージーランド南島、2015年のネパール、2017年のメキシコ中部、2018年の台湾東部、2023年のトルコ南東部など、数多くの大地震災害で貢献してきた。

 そうした海外派遣の際は専門の通訳も現場に同行するが、多くの外国人観光客が訪れる東京では、日本語に不自由な外国人が災害に遭ってしまう可能性もあるだろう。その際の救助活動で、言葉の問題は障害にならないのか。6HR特科隊長の鈴木貴博消防司令補はこう言う。

 「各救急隊に30言語の翻訳に対応した多言語翻訳アプリが配置されているほか、各消防署にはイラストなどを活用したコミュニケーション支援ボードが配置されており、外国の方との円滑なコミュニケーションをサポートしています」

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現場で指揮する隊長としての責任と重圧も背負う鈴木消防司令補

 たとえば韓国などアジア各国の救助隊と、互いの国を行き来しての合同訓練も定期的に行っているという。そうした活動も、訪日外国人救助の際に役立つだろう。最後に田口消防士長は、何よりそれぞれが普段から防災意識を高めておくことの重要性も強調した。

 「6HRも含め、各本部や消防署ごとに訓練を一般公開している機会も多いです。その際に見学していただくだけでも、意識の高まりにつながると思います」

第六消防方面本部消防救助機動部隊

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第六消防方面本部消防救助機動部隊。写真は総勢約60人のうち、当番中の約20人(数名出場中)。隊訓として「屠龍技(とりゅうのぎ)」を掲げる。中国の格言で、龍を退治すべく青年が「屠龍の技」を生涯かけて磨いたが、龍は現れなかった。出場の有無にかかわらず技を磨くことこそハイパーレスキューの目指すところであり、災害に備え常に訓練を怠らないことを心得とする。

取材・文/吉田修平
写真/久保貴弘