東京で走り続けるデフアスリートの挑戦
競技の鍵となるのはスタートランプと手話
デフアスリートとして活躍する岡田氏が陸上競技を始めたのは、東京都立中央ろう学校在学時。子どもの頃から体を動かすことが好きだった岡田氏が、陸上競技に興味を持ったのは両親の影響だという。
「両親ともにろう者で、父は短距離、母はやり投げの選手でした。私が幼い頃に、父が所属していたチームの練習に連れていってもらうこともあって、自然な流れで高校生の時に競技を始めました。私はもともと走るのが好きで、特に中距離が一番自分に合っていました」
デフ陸上は、基本的には一般の競技ルールに準じて行われているが、大きな違いは、トラック競技でスタートの合図を光で示すスタートランプを使用することだ。デフアスリートはスタートのピストル音が聞こえない、もしくは聞こえづらい。そこでスタートの合図が伝わるよう、選手の足元にこの装置を設置し、「オン・ユア・マーク(位置について)」で赤、「セット(用意)」で黄、「ゴー(スタート)」で緑と色が変化するスタートランプが開発された。
「それまではスターターの手元や周囲の一般ランナーが動くのを見てスタートしていました。当然、出遅れますしタイムにも影響があります。0.1秒を争う短距離は影響も大きい。だけど仕方がないと諦めるしかなかったんです。父からも悔しい思いをした話は聞いていました」と岡田氏。
デフリンピックでは以前からスタートランプは使用されているが、国内で採用する大会も少しずつ増えている。
「不利な状況が少しずつ改善されてきたという経緯を次の世代にも伝えたいです」
もう一つの大きな特徴は、競技中も手話を使ってコミュニケーションをとるところだ。選手同士はもちろん、審判やコーチも手話で指示を出す。
「手話は声が届かないような離れた場所でも伝わります。電車やアナウンスなどの大きな音がする駅でも、手話なら向かい側のホームにいる友人と会話できるのです。だから観客席から手話で『頑張れ』と言えば選手に伝わりますし、手話を知っていれば、コーチが選手にどんな指示を出しているかもわかります。そういう点では、見て楽しめるスポーツです。でも選手としては『下手な話はできないな』と思っています」と岡田氏は笑う。
レースの駆け引きでは視覚情報が頼り
専門種目の800mや1500mで健聴者はラストスパートのタイミングなどライバルとの駆け引きの際に、呼吸の荒さや足音などの聴覚情報を中心に判断することが多い。デフアスリートはどうやって判断しているのか。
「私は、ライバルの動きや影を見て判断しています。競技場にあるスクリーンにはレースの様子が映るので、それを見て確認することもあります」
2024年7月に台湾で開催された世界デフ陸上競技選手権大会の女子800mでは、銅メダルを獲得した岡田氏。レース中は終始2位につけていたが、ゴール直前でライバル選手にかわされた。
「とても力のある選手でスクリーンを見て後ろにいることはわかっていたのですが、追いつかれた時にはもう力が残っていませんでした」と残念がる。
デフアスリートの存在を知ってほしい
東京2025デフリンピックでは陸上競技以外にもサッカー、水泳、卓球など21の競技が開催される。
「デフアスリート同士の交流も他競技の観戦も楽しみです。競技では国ごとのメダルの数も競うことになるので、大げさかもしれませんが国を背負って戦うという気持ちもあります。プレッシャーを力に変えて少しでも良い色のメダルを獲得したいです」
さらにデフアスリートの第一人者としての抱負も明かす。聴覚障がい者は見た目では判断がつかず、『見えない障がい』と呼ばれている。健常者と変わらない運動能力の高さを持つ人も多く、努力や苦労が見過ごされがちだ。
「この大会を通じて障がいを抱えながら競技に打ち込むデフアスリートの存在を知ってもらえたら、と思っています」
今後のトレーニング目標は明確だ。
「まずは秋に800mと1500mで、自己記録(日本デフ記録)を更新したいと思っています。単に目指すのではなく、更新するという覚悟をもって臨みます」
メダル獲得に向けた戦いはもう始まっている。