東京の街がフランス人建築家に教えた「色彩のパワー」

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 フランス生まれの建築家でアーティスト、デザイナーのエマニュエル・ムホー氏は、美しい色たちを操る。色で空間を仕切る「色切/shikiri」という独自のデザインコンセプトをもとに、多岐にわたって作品を手掛けている。中でも「100 colors」シリーズは国内外で展開しており、国立新美術館での「数字の森」、表参道ヒルズ、UNIQLO、ブルガリのためのインスタレーションなど、2024年9月現在、52を数える。「東京に来なければ、色を好きにならなかった」とエマニュエル氏は言う。東京でのどのような体験が、この温かい色彩群を生んだのだろうか。
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まるで美術館のようなオフィス emmanuelle moureaux INC.にて

人生を変えた色彩体験

 東京に29年も住んでいるエマニュエル氏が生まれ育ったのは、フランスの海辺の町々だ。読書が好きで、夏目漱石などの日本文学を読むようになり、小津安二郎監督作品などの日本映画にも惹かれていった。建築家を目指し、大学の卒業論文で東京をテーマにしたいと考えていたが、旅費の工面がつかない。そんなある日、思いがけないことが起きた。

 「私のおばあちゃんが、福引で旅行券を当てたのです! 私はそれをもらって、日本に飛ぶことができました」

 たった一週間の旅だったが、その時の強烈な印象は一生を変えるものとなった。

 「昨日のことのように、すべてを覚えています。成田空港から成田エクスプレスで東京に向かう時、窓の外に、すごく鮮やかな青い屋根の住宅が現れたのを見て、びっくりしました」

 日本ではどこにでもありそうな風景だが、フランスでは見たことがなかった。電車はいよいよ東京の市街に入っていき、エマニュエル氏は、ゲストハウスを予約していた池袋に降り立つ。

 「その時私の目は、池袋の街を色が無数に『浮いている』空間としてとらえたのです。そして私の心に、生まれて初めて色を見たような感激が巻き起こりました。私は全身で色を感じ、『エモーション』を感じました」

 エマニュエル氏は、色があふれる池袋の街を歩き始めた。そして1、2時間も経たないうちに、東京に住むと決心した。学業を終え建築士の資格を取るためにフランスへいったん帰国したが、その後すぐに、スーツケースひとつで東京に移り住んだ。

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「強い直感があって、東京に来ました」と語るエマニュエル氏

 「フランスの町はモノトーンです。壁は石の色、そして屋根は南の方ならオレンジの瓦、パリなら粘板岩を薄く切ったグレーのスレート材と大体決まっています。道の両側には建物のファサードが続き、視線は前を向くしかなく、空は頭の上にしかありません。ところが、東京の街には色も大きさもばらばらな建物が並んでいて、さらに隙間を作らなければならないという建築に関する法律があるので、いたるところから空が見えます。東京の街は、全方向からさまざまなものを感じ取ることができる作りになっています」

 異なるものが幾重にも重なり、同じ場で展開する東京のつくりを、エマニュエル氏は「レイヤー」と表現する。あふれる色とレイヤーは、インスピレーションを与えてくれるのだという。

日本から伝統的な空間が消えていく

 エマニュエル氏は日本の伝統建築にも強い関心があり、日本に来る前から本を通じて勉強していた。

 「日本の伝統的な空間は非常に合理的ですね。平安時代から存在する壁代、ふすま、すだれ、障子などの仕切りを使って、空間をフレキシブルに使ったり、季節によって変えたりもします。壁と違って仕切りは、仕切られた向こうにある自然や人々の気配を感じることができるのです」

 ところが、東京に実際に住んでみると、エマニュエル氏は、現代の日本人が伝統的な建物や住み方を次々に壊していくのを目の当たりにすることになった。

 「最初に住んだマンションは障子のある和室があったのに、大家さんが洋風にリノベーションをして、障子も畳もなくなってしまいました」

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100 colors no.3:東京の街に色の風を吹き込む屋外展示(新宿クリエイターズ・フェスタ2014)

 好きだった周囲の建物も次々に壊され、モノトーンのビルディングに変わっていった。

 「私はすごく悲しくなりました。この素晴らしい文化をなくさないため、現代に合う仕切りが作れないかと思い、自分の建築事務所を立ち上げたタイミングで、『色切/shikiri』のコンセプトを発表しました」

 破壊から生まれた創造。それが「色切/shikiri」だ。

 「色切/shikiri」とは、「色で空間を仕切る。色で空間をつくる。色を二次元的な仕上げではなく、三次元空間を形作る一番大事な要素として捉える。色を空間の中の三次元的なレイヤーとして考え、このレイヤーを配置し、重ねることで空間そのものを構成していく」コンセプトである。ムホー氏が東京の街から感じている「色」と「レイヤー」からインスピレーションを受けて構想したものだ。

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100 colors no.26:「100 colors」が鮮やかに伝えた東京のイメージ (2018年フランス・カンヌで開催されたILTM-International Luxury Travel Marketにて公益財団法人東京観光財団が開催したオフィシャルクロージングパーティー)

 「色は人々を笑顔にする力があると思います。私は作品を設営し、オープンしたら、いつも物陰に隠れて人々の反応を見ています。様子を伺っていると、皆さん作品を見た瞬間に笑顔になるんです。皆さんの身体が、色を感じるんです。アートというと難解な作品もありますが、私のアートはそうではなく、色を目で見て全身で感じて、子どもでも、お年寄りでも、誰でも楽しめるものです」

100色と多様性のメッセージ

 「100 colors」は、エマニュエル氏がもっとも美しいと思う100色を使って空間を構成するインスタレーションシリーズ。環境に合わせて色のかたちを変化させ、色の魅力を最大限に引き出している。一目で視界に入る100色を全身で受け、色そのものを感じてもらう作品だ。

 「100 colors」はどの色も美しいが、そこに「多様性の尊重」というメッセージも盛り込まれているのだろうか。

 「そう感じてもらえたのは、うれしいですね。実は、私は色を平等に扱います。たとえば緑系統の色が偏らないようにします。多様性の尊重というと虹の7色を思い浮かべる人が多いのですが、私にはたった7つの色ではちょっと物足りません」

 エマニュエル氏は、「色がたくさん使われていると、空間が優しくなる」と言う。

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100 colors no.33:エマニュエル氏初のパブリックアート「mirai」(立川市 GREEN SPRINGS)

 エマニュエル氏は東京に対する思いをこう語る。

 「私はやっぱり、東京の街に溢れている色が好きです。この数年、東京の街が大きく変わり、街並みがどんどんモノトーンになっているように感じる。でも私は街から色が無くならないでほしい。東京の色とレイヤーこそが、東京らしさだから」

 建築は、その国の気候のみならず、社会と深くかかわっているとエマニュエル氏は言う。東京の色とレイヤーが壊れかけているのなら、それは社会が壊れかけているのかもしれない。

 エマニュエル氏の「100 colors」は、東京への大きな愛であり、警鐘でもある。

エマニュエル・ムホー(Emmanuelle Moureaux)

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フランス生まれ。建築家/アーティスト/デザイナー。1996年より東京在住。東京の「色」と街並が成す複雑な「レイヤー」と、日本の伝統的な「仕切り」から着想を得て、色で空間を仕切る「色切/shikiri」コンセプトを編み出す。色を大胆に取り入れた建築、空間デザイン、アートなど多様な作品を創造し続けている。代表作に「100 colors」、国立新美術館での「数字の森」などがある。東北芸術工科大学教授。「100 colors」は、ニューヨーク、パリ、ドバイ、ロンドンなど、世界中の様々な場所で展開している。

emmanuelle moureaux INC.

Instagram : www.instagram.com/emmanuellemoureaux/
Website : www.emmanuelle.jp
取材・文/河合蘭
写真/藤島亮
「100 colors」シリーズの写真提供 /emmanuelle moureaux INC.