東京などのパーソン・センタード・アプローチによる認知症への対応
東京における認知症に対する意識の高まり
東京都は認知症の問題に対応するため、情報センターの役割を果たす「とうきょう認知症ナビ」ウェブサイトを立ち上げるなど、さまざまな積極的措置を講じている。福祉局ではこのほか、9月21日の「世界アルツハイマーデー」を記念して、2024年9月17日に「東京都認知症シンポジウム」を開催した。
当日のプログラムには、この分野の専門家によるディスカッションのほか、認知症を抱える人々のチーム、「注文をまちがえる料理店」による昼食の配膳があった。
認知症と文化の違い
シンポジウムのパネルディスカッションでは、日本の専門家に加え、スウェーデンのリンシェーピン大学教授で老年医学を専門とするカタリナ・ナッガ氏が参加した。認知症関連分野の臨床医および研究者として長年の経験を持つナッガ氏は、スウェーデンで2010年に始まった、BPSD(認知症の行動・心理症状)の課題に対応するプログラムの創設メンバーでもある。このチームは、患者のケアを改善し、BPSDの軽減につながるような枠組みを作成した。
ナッガ氏によると、認知症の人は自分のニーズをうまく伝えられないと、自己表現の手段として怒り、不安、落ち着きのなさといった症状が現れることがある。BPSDアプローチは、アセスメントによって彼らのニーズを知る方法である。例えば、体に痛みがある場合、言葉で伝えられなければ気づくことは難しいかもしれない。そのような場合、このプログラムでは、コミュニケーション以外のアセスメントスケールを使うよう奨励する。細かい顔の表情や体の動きを捉えて、痛みの有無を判断する助けになる。
BPSDプログラムはその後日本でも実施され、このシンポジウムは、スウェーデンと日本の研究チームがお互いに原点を再確認する機会となった。
ナッガ氏は、東京都が認知症に関するより多くの情報を市民に伝え、意識を高めようと努めていることを評価し、認知症について、世界中で診断や治療を受けていない人が未だ多いと指摘した。
スウェーデンのBPSDモデルを日本に応用するにあたり、ナッガ氏は、両国の認知症の人々に共通のニーズが多いと気づいた。一人暮らしの高齢者は、認知症の初期症状に気づきにくく、診断や治療につながりにくいため、早期発見が重要だという。スウェーデンでは、重度の認知症を患う人の多くは介護施設に入所するが、日本では在宅介護の方が一般的である。ナッガ氏は、認知症を抱える人が自宅でも適切なケアを受けられる介護プログラムの開発を強く訴えている。
医療モデルだけでは不十分
認知症治療を医療の介入だけにとどめるべきではないとナッガ氏は言う。行動・心理症状に対処するには、その他のアプローチ、例えば生活環境の調整やコミュニケーション関連ニーズへの対応を検討すべきだという。
ナッガ氏は「理学療法など他の介入方法によって、あるいは日常の活動にもっと体の動きを取り入れ、日々の家事に参加する能力を維持することで、薬物による治療を減らせる可能性があります」とした上で、症状が現れた早い段階で、本人の希望が尊重されるよう、利用できる選択肢について本人や家族と話し合うことが重要だと付け加えた。
また、BPSDプログラムは、エビデンスに基づく科学的なアプローチを常にとるべきであるといい、チームでケアにあたる必要性を強調した。チームは看護師、医師、理学療法士または作業療法士などで構成し、チーム全員が異なる立場から同じように患者を見つめ、同じパーソン・センタードの治療目標に向かって努力することが重要だという。
認知症に取り組む中心的存在は現場の介護士
ナッガ氏とともにシンポジウムのパネリストとして参加した東北大学医学部准教授の中西三春氏は、日本の認知症ケアで中心となるのは介護職だと話した。
「認知症患者をケアする人は、孤立や孤独感に直面することがよくあります。海外の人も同じ悩みに直面していますから、一人ではないと知ることが重要です。このことは大きな励みになるかもしれません」と中西氏は言う。
さらに、「スウェーデンのBPSDモデルは、日本の介護職が、認知症関連のケアに医療以外、薬物以外の戦略を用いるための推進力になります」と言う。
中西氏の研究仲間で、東京大学客員教授兼東京都医学総合研究所社会健康医学研究センター長の西田淳志氏も、かつては日本でも海外でも、認知症の症状が現れた人には抗精神病薬が投与されることが多かったが、それによって心疾患のリスクが高まり、死期が早まることもあったと話す。
西田氏もナッガ氏と同じように、「当時は症状だけが考慮されましたが、現在では症状の根本原因が、実はニーズが満たされないことにあるとわかっています」と言う。「私たちは、医療以外の方法によってニーズを満たすことを目指さなければならず、それには見方を変えることが必要です」
「年齢は認知症の最大のリスク要因であり、重度に進行するまで症状を放っておくと、治療が非常に難しくなり、手遅れになることもあります」と、ナッガ氏はあらためて強調した。
「あきらめる必要はない」
シンポジウムの開始前、都職員のグループが都庁32階の職員食堂で昼食を待っていた。
食堂内をせわしなく歩き回り、注文を取ったり配膳したりするのは、認知症の人々のためのプログラム、「注文をまちがえる料理店」のスタッフである。スタッフが混乱したときは、サポーターのチームがすぐに手助けし、正しいテーブルを教えたり、励ましの言葉をかけたりする。
このプログラムの肝心な点は、注文した料理が正しく来るかもしれないし、来ないかもしれないことだ。そのような間違いがあっても理解され、笑ってすまされる和やかな雰囲気を作ることが目的である。
「認知症を抱える人は、すぐにあきらめてしまうことが多いのですが、そんな必要はないと知ってほしいのです」と、このプログラムの代表理事の和田行男氏は言う。
食事を用意するだけなら、もちろんもっと早くて効率的な方法があるが、認知症の人に仕事を任せることで、彼らが自分の人生をコントロールしていると感じられるようになるのだという。
この料理店のトレードマークは、舌をぺろりと出した口の絵で、これは和田氏によると、失敗したときに人が見せる世界共通の表情を表している。まさにこのプログラムの明るい雰囲気が込められている。
和田氏は、「認知症には、ケアを提供するというより、人権の観点からアプローチすべきだと思っています。すべての人が、命の終わりまで人として尊厳を持って生きられる社会を作ることが、われわれの使命です」と話す。