東京子ども図書館が拓く読書の可能性     

 私立の児童図書館として国内外で高い評価を受ける「東京子ども図書館」が、2024年に設立50周年を迎えた。本好きの子どもたちを育む場であると同時に、国際的な交流を行うなど、多岐にわたる活動を展開している。その背景には、創設当初から受け継がれる「読み聞かせ」や「お話」の普及を軸とした活動理念がある。 そこで、理事長である張替(はりかえ)惠子氏に図書館の取組や未来への展望について伺った。
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理事長の張替惠子氏。東京子ども図書館の児童室にて。

創設から50年──私立図書館としての歩み

 東京子ども図書館は1974年に、東京都教育委員会から公益法人の認可を受け、設立された。『クマのプーさん』の翻訳などで知られる児童文学者の石井桃子氏や、「家庭文庫活動」の中心人物であった土屋滋子氏、アメリカで児童図書館学を学んだ松岡享子氏らが力を合わせ、地域の子どもたちが本を楽しめる場として誕生した。「家庭文庫」とは、自宅の一室を図書室として開放し、子どもたちに本を提供するもので、この活動が発展し、恒常的に利用できる私立図書館が生まれたのだ。

 設立以来、図書館は「本を楽しむこと」の純粋な喜びを子どもたちに伝えることと、人材育成や出版を通じて、子どもの読書に関わる大人のために役立つことを使命としている。張替氏は「子どもたちが本を読む体験を通じて豊かな想像力を育むことを最優先に考えています。本を読むことが学力向上につながるといった結果論ではなく、純粋な喜びの中で言葉の世界に触れることを大切にしています」と語る。

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おはなし会や絵本の読み聞かせなどで使用する「おはなしのへや」を案内する、張替氏とスタッフの吉田氏

「読み聞かせ」への思い 

 東京子ども図書館が大切にしているのは、物語を声にのせて届ける「耳からの読書」というシンプルだが深い意味を持つ活動である。「読み聞かせ」は子どもたちがまだ文字を読み取る力がない頃から始められる最初の文学体験だ。図書館では、物語をおぼえて、そのまま声に出して語る「お話(ストーリーテリング)」の講習会も実施し、語り手の育成にも力を入れている。

 「読み聞かせやお話は、言葉のリズムや響きを楽しむ体験です。耳から聞くことで、子どもたちは文字に煩わせられることなく、自然に物語の世界へと飛び込むことができるのです」と張替氏は語る。図書館の設立とほぼ同時に創刊した「おはなしのろうそく」シリーズは、語りに適した昔話や創作物語を収録した小冊子として広く知られている。これらは現在でも、図書館関係者や保育教諭等、全国の語り手たちの指針として使われている。

児童文学研究者向けの資料の貸出も 

 図書館の蔵書には、英米の児童図書賞を受賞した原書が数多く含まれる。また、イギリスの著名な児童図書館員アイリーン・コルウェル氏からの寄贈本も所蔵しており、その中には児童文学の研究者にとって貴重な資料が揃っている。このコレクションは、児童文学に関心を持つ多くの人々を引きつけている。 

 張替氏は、「アイリーン・コルウェル氏はお話の名手であり、彼女の語りのレパートリーを集めたコレクションは子どもが喜ぶお話の本質を伝えています。声に出して語られる物語は、文字だけでは伝わらない特別な力を持っています」と語る。

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地下にある、アイリーン・コルウェル氏からの寄贈図書のコーナー 

子どもの本を通じての国際交流

 初代理事長の松岡氏は、児童書が不足するアジアの人々が自分たちの文化を表現した良質な本を手にすることができるように、共同で企画・出版するプロジェクトを先導。各国から集まった原稿や挿絵をユネスコ・アジア文化センターで編集し、大元になる英語のマスター版原稿を作成することで、それぞれの国が最小限の経費で翻訳・出版ができる体勢を整えた。 

 現在も張替氏をはじめとする職員らが、日本国際児童図書評議会の理事や、国際図書館連盟の児童ヤングアダルト分科会委員を務め、世界大会に参加して活動報告をしたり、日本の児童書を世界に紹介するプロジェクトに参加。海外から作家や読書普及に関わる方たちが来日する折には、講師を依頼して講演会やワークショップを開催したり、機関誌「こどもとしょかん」に、世界各国の児童書出版の動向や図書館事情についての評論やコラムを多数掲載するなど、常に海外へのアンテナを張ることを心して活動を行っている。

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図書館の案内は日本語のほかに、英語と韓国語のものが用意されている。 

デジタル時代における読書の役割 

 現代では、デジタル化により子どもたちを取り巻く環境が大きく変化している。スマートフォンやタブレットといったデバイスが日常生活に溶け込み、娯楽の選択肢も多様化した。しかし、東京子ども図書館はその中でも、読書がもたらす可能性を強調し続けている。

 「デジタル時代であっても、紙の本が持つ魅力──手に持った時の確かな安定感、ページを繰る喜び、年月を経て伝えられてきた重みなど──その体験がもたらす深い学びの価値は変わりません。本が子どもたちにとって冒険の扉を開く役割を果たし続けることを信じています」と張替氏は語る。本を読むことで得られる想像力やことばの力の発達は、デジタルデバイスを通じて得られるものとは異なる。読み聞かせやお話の時間は、子どもと大人が心を通わせる貴重なひとときでもある。

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来館者や職員らによって手作りされた、カラフルなラグがひかれた絵本コーナー 

 設立から50年が経ち、東京子ども図書館はその役割を進化させてきた。日本国内だけでなく、国際的な活動を通じて多くの人々とつながりを築いてきたが、その根底にあるのは「子どもたちが本を楽しむ場を提供する」という初心だ。

 張替氏は語る。「理想を言えば、私たちの図書館が必要なくなる日が来てほしいのです。どの地域にも子どもたちが自由に本を楽しめる公共の場があれば、私たちの役割は終わります。しかし、それが実現するまでは、私たちは本の魅力を届ける努力を、心を同じくする方々と力を合わせて続けていきたいです」

 これからも東京子ども図書館は、子どもたちの豊かな未来を願い、本を通じた支援活動を広げていく。

張替惠子 

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東京都日野市立図書館を経て、1993年より東京子ども図書館の職員となる。2015年、理事長に就任。訳書に『図書館に児童室ができた日』(徳間書店)、松岡享子との共訳に『黒ネコジェニーのおはなし』(福音館書店)等。

東京子ども図書館

https://www.tcl.or.jp/

取材・文/藤森優香
写真/穐吉洋子