世界的庭園デザイナー「緑の魔術師」が目指す 花と緑の街づくり

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 150年以上の歴史を誇る世界最古にして最高峰の国際ガーデニング大会「英国チェルシーフラワーショー」で8年連続を含む12回の金賞に輝く世界的庭園デザイナー石原和幸氏。花と緑で街を、東京を、日本を美しくしたいと願う石原氏にそのビジョンを聞いた。
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緑いっぱいのオフィスにて

エリザベス女王から贈られた言葉

 長崎に生まれ育った石原氏は、花農家だった父の影響で22歳のとき華道の池坊に入門し、花と緑に魅入られた。やがて独学で庭造りを手がけはじめ、2004年、憧れだったチェルシーフラワーショーに初挑戦して見事「準金賞」に輝く。そして翌々年の再挑戦で金賞。以降、金賞の常連として世界にその名を轟かせた。

 とりわけ石原氏の記憶に残っているのは2010年、大会を主催する英国王立園芸協会の総裁だったエリザベス女王からかけられた言葉だ。

 「私の作品をご覧になった女王に、『あなたって緑の魔法使いね』とほほ笑まれ、それはもう驚きました。お会いするのも初めてなのにそんな声までかけていただけて。そのときの作品は故郷長崎の原風景である里山をイメージして柱や壁をコケで覆ったのですが、お顔を近づけてご覧になり、使っている植物の種類も細かく質問され、本当に花と緑を愛されておられることが伝わってきました」

 女王の高評価は世界のメディアで紹介され、以後、緑の魔術師が石原氏の代名詞、称号となった。のちに女王の遺志を継いで協会の後援者となったチャールズ国王も石原氏の庭園を訪れ、「きみは(ガーデニングの)マイスターだね」と言われたという。

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2011年のフラワーショーでも女王に声をかけられた際、東日本大震災被災地の写真をお見せした。Photo: courtesy of 株式会社石原和幸デザイン研究所

花と緑で経済波及効果も

 石原氏が手がけた庭園は東京の各所で見られる。たとえば、渋谷の待ち合わせスポットとして有名なハチ公像前。日本庭園の趣をもたせた設えだ。

 「ハチ公前は1日に50万人もが往来すると言われ、訪日外国人もかなり多い。そこに松の盆栽とか灯籠などあると、やっぱり日本に来たなあと感じてもらえるんじゃないでしょうか」

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渋谷の街に日本庭園。誰もが足を止めて見入る。Photo: courtesy of 株式会社石原和幸デザイン研究所

 恵比寿にあるウェスティンホテル東京の改修時に手がけたロビー奥に広がるガーデンスペースも代表作だ。

 「以前はプールでしたが、普通の水を循環させて渓谷のイメージで50種類くらいの植物を壁面も含めいっぱい植えました。春にはチューリップや色鮮やかな花々、夏にはスイレンやサルスベリ、秋には紅葉とハーブの香り、冬にはツバキやサザンカを愛でられる。そしてたくさんの植物があると虫や鳥も集まる。夏にはホタルも見られるし、テントウ虫やシジュウカラも来る。このスペースだけで生態系ができあがり、いまではフクロウも住んでいますよ」

 石原氏の作庭の特徴は、いったん手がけて終わりではなく、定期的に手入れをしつつ四季に合わせて植える樹々も変えていくこと。目下、春を満開の桜で迎えるべく新たにできるだけ多く植樹する予定だ。

 「庭はカフェや部屋からも眺められる。カフェでは季節の花々にちなんだ料理やデザートを出す。その楽しみのために宿泊客も増える。つまり、街の緑化、花と緑は環境によいだけではなく、経済効果にも波及するものなのです」

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ウェスティンホテル東京のガーデンスペースは、もはや庭というより自然そのもの。Photo: courtesy of 株式会社石原和幸デザイン研究所

花と緑と音楽のコラボレーション

 昨年から、石原氏は新たな取組をはじめた。ラグジュアリーホテルのロビーに飾るような巨大な生け花オブジェ。ふつうは2、3時間かけて生けられるが、石原氏は集まったお客を前にしてわずか20分程度で仕上げるというイベントを以前から行っていた。それを音楽とのコラボレーションにし、目と耳で愉しんでもらう催しをはじめたのだ。

 石原氏がコラボパートナーとして選んだのは、バイオリニストの寺下真理子氏。バイオリンの最高峰と称される名器ストラディバリウスで、エルガー「愛の挨拶」やバッハ「G線上のアリア」、モンティ「チャールダーシュ」などクラシックの名曲が奏でられる。眼前で徐々に仕上げられる緑の魔術師の技を、至高の音色とともに堪能できる至福のひとときである。昨年9月のウェスティンホテル東京30周年記念イベントを皮切りに、今年は地方でも開催する予定だ。

 「ヨーロッパでは公園の周りにあるカフェで花と緑を愛でながら音楽に浸っている光景が日常にあります。日本でも、東京だけではなく地方でだってそういう空間があれば、海外からも含めてもっと人が集まり、芸術家や音楽家の活躍の場も増え、結果として経済効果も生まれると思う」

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寺下氏の音色とともに手がけた生け花オブジェ。多くの人に笑顔を届けたいという。Photo: courtesy of 株式会社石原和幸デザイン研究所

 石原氏が目下手がけているビッグプロジェクトにも、花と緑に込めた熱い想いがある。

 「2025年は戦後80年、つまり広島、長崎への原爆投下から80年です。僕は去年、故郷の長崎駅に隣接する商業ビルの屋上を緑で埋め尽くしました。そして今年はいま進めている広島駅の大規模整備で、同じように緑化を引き受けています。長崎につづけて広島の玄関口も花と緑で一杯にすることで、世界に向けて平和をアピールしたいのです。花と緑が人々の心を癒やし、優しい気持ちにしてくれる。それこそが平和につながる一歩だと思うのです」

 今年5月に開催予定のチェルシーフラワーショーにも出展予定だ。こんどはどんな庭園で世界を魅了してくれるだろうか。

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オフィスで熱い想いを語る石原氏の後ろにはチャールズ国王や世界の要人らとの記念写真が並ぶ。

石原和幸

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1958年、長崎県生まれ。庭園デザイナーであり、ランドスケープデザイン、景観プロデュースも手がける。株式会社石原和幸デザイン研究所代表。全国13都市でみどりの大使就任。2019北京万博(北京国際園芸博覧会)招聘(しょうへい)デザイナー。羽田空港(第一ターミナルビル内)に英国での受賞作品「花の楽園」を再現するなど、全国各地に作品が多い。

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東京都は、100年先を見据えた"みどりと生きるまちづくり"をコンセプトに、東京の緑を「まもる」「育てる」「活かす」取組を進めています。
都民をはじめ、様々な主体との協働により、「自然と調和した持続可能な都市」への進化を目指しています。
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取材・文/吉田修平
写真/藤島亮