オードリー・タン氏が語る、急激に変化する世界で東京が果たす役割

善のためのテクノロジー
2022年11月に東京都が発表したコンセプトSusHi Tech Tokyo(スシテック東京)は「Sustainable High City Tech Tokyo」の略で、その取組のひとつであるグローバルスタートアップカンファレンスの名称でもある。持続可能な都市の実現に向けたテクノロジーの活用を模索する国内外の起業家によるコラボレーションの場となっている。2025年は特に、人工知能(AI)、量子技術、フードテックの3分野にフォーカス。今年もまた、持続可能な都市の実現を目指すさまざまな顔ぶれが東京に集結する。
オードリー・タン氏の講演は、間違いなく今年の目玉の一つだ。同氏はもともとIT業界で輝かしいキャリアを築いていた人物だが、デジタル技術を用いて台湾の参加民主主義と社会的信頼を育む取組により、この10年間で世界的にその名を知られるようになった。
タン氏が東京を初めて訪れたのは1990年後半、世界中にファンがいるカードゲーム「マジック:ザ・ギャザリング」の大会に参加するためだった。SusHi Tech Tokyoについては、社会に貢献するイノベーションに焦点を当てている点を高く評価している。
「都市景観は、長期的な幸福を確保するための創造的な道筋を描かなければなりません。東京では、人々の間に『善のためのテクノロジー』という共通認識があることが、とてもはっきりわかります」
タン氏は、SusHi Tech Tokyo 2025が「ハイプ・カーブを省略する」という考えを象徴するイベントだと考えている。「ハイプ・カーブ」は「ハイプ・サイクル・カーブ」とも呼ばれ、特定の新技術が過大な期待を集めた後、約束通りの成果をもたらせずに広く失望を生むが、最終的には持続可能なイノベーションの段階に到達するというサイクルを指す。「先日東京でお会いしたSakana AIをはじめ、多くの新しいクリエイターが、開始当初から価値を提供するビジネスモデル、環境・社会・ガバナンスのバランスを取った持続可能なビジネスモデルに焦点を当てています」

最先端のテクノロジーで持続可能な都市を実現するというSusHi Tech Tokyoのコンセプトに合わせ、タン氏は今回の講演で「AIを活用した民主主義」について話す予定だ。
「AIが民主主義を破壊する恐れについては盛んに議論されていますが、私の主な考えは、支援型AIの助けを借りて民主主義を実行し、そうして強化された民主主義をもってしてAIのガバナンスを改善すること。私たちが台湾で開拓したモデルを、どのように拡大できるかについて話すつもりです」
台湾はタン氏らの働きにより、「Polis」などのオープンソースAIプラットフォームを活用してきた。Polisを使えば、大規模な集団から生まれるアイデアをリアルタイムで収集・分析し、市民と協力して新法やその他の政策として策定できる。タン氏によると、台湾はこうしたツールを活用し、配車アプリ大手ウーバーを規制したほか、AIを使って実在の人物の画像や動画、音声を編集・生成する「ディープフェイク」を悪用した詐欺広告が横行していた問題に対し、オンライン広告にデジタル署名を義務付けるという解決策を導入したという。
「私たちはこのように、AIの生活への統合をうまく進めてきました。対立やさまざまな懸念が生じてはいますが、それが消すべき火種だとは考えていません。むしろ動力源であり、これを利用することで、より良い規制、より良い方針などを共創し、こうしたテクノロジーをプロソーシャルな目標に向けて導けるのです」

違いから生まれる調和
東京と台湾は、テクノロジーが社会に役立つべきだという点で志を同じくしているとタン氏は考えている。「アジャイルガバナンス(機動的で柔軟な統治)」とコミュニティ主導のイノベーションという点で、私たちには多くの類似点があると思います。技術研究と文化的な深みが、対立するのではなく、豊かに交わって共生しているのです」
タン氏はまた、都などの職員と話した際の感触として、東京では行政が「場を取り持つ役割」を果たそうとしているという印象を持ったという。
「他の政府では、そうした考えを聞くことはほとんどありません。多くの指導者は自分のビジョンを有権者に押し付けようとします。でもここでは、未来の東京に備えるためには、異なる考え、異なる文化背景、異なる民族性、未来に対する異なる見解などを持つ人々が一つの場で交流できるようにする必要がある、という考えがあることを聞きました。人々はそうした場で自由に交流し、互いの違いを再び共創へとつなげることができます。『場』を重視すること、違いから生まれる調和を重視することが、大きな伝統となっているように思えます」
トップダウンのビジョンを押し付けるのではなく、コラボレーションの場を用意することで、社会のメンバー一人ひとりが参加できる持続可能な都市開発も可能になる。
「私にとって持続可能な都市開発とは、環境・社会・ガバナンスの問題を別々のサイロに分離して対処するのではなく、共創によって対処することです。これにより、トリプルボトムライン(社会・環境・経済の3つの側面から事業活動を評価すること)を初めの設計段階から、構想段階から始められます」とタン氏は説明。各分野をそれぞれの専門家だけに委任するやり方とは反対のアプローチを提示した。
「私たちは自分の感情や人生の専門家であり、そうした実体験について真に代弁できる専門家は存在しないのですから。私が言及した技術は、人々を代弁するためのものです。人々が持つアイデアの断片、共鳴の度合い、自分のニーズやアイデアと他人のニーズやアイデアとの親和性を、意思決定者や専門家にわかりやすい形で組み合わせる技術なのです」

SusHi Tech Tokyoを「ムーブメント」に
「持続可能な都市を高い技術力で実現する」というのが、SusHi Tech Tokyoのコンセプトだ。今年のイベントでは、例年よりも多くの出展者、商談、参加者が見込まれ、海外ベンチャーキャピタルを誘致する特別プログラムも用意されている。
しかし、それだけで終わるべきではないとタン氏は考えている。今後、SusHi Tech Tokyoのアイデアと価値観が、年1回のイベントという枠を超えて成長することを期待しているのだという。
タン氏は自身の経験上、多くの人が「混乱を招かない形でイノベーションを追求できる」という考えに引き付けられていると語った。「多くの人、特に若い世代の起業家にとって、これは良い指針になると思います」
タン氏によれば、若い世代はすでに「テクノロジーが持続可能性に直結するわけではない」という認識を持っているという。若い世代は、さまざまな種類の「汚染」を肌身で感じてきた。それには、文字通りの環境汚染のほかにも、SNSが時に図らずして社会の分断や対立を煽るという「汚染」もある。
これらの汚染は、「利益を追求する既定路線」から生まれたものだという。「私は、台湾と東京が協力して、(SusHi Tech Tokyoを)単なる年1回のイベントではなく、人々と地球に奉仕する資本主義的イノベーションのアイデアに新たな方向性を与えるようなムーブメントを育てる基盤にする必要があると思います」
昨今のSNSが抱える課題に対処するためのビジョンとして、タン氏は「プロソーシャル・メディア」を提唱している。コンテンツの順位付けは、それがどれだけ論争やエンゲージメントを生むかではなく、全く異なる見解を持つ人々の間にも「共鳴」を生むかどうかによって判断されるべきだという考え方だ。タン氏は、SusHi Tech Tokyoに集まる起業家たちとこのアイデアを議論することを楽しみにしているという。
「現代の情報環境では、二極化からプルラリティ(多元性)への移行が必要であると確信しています」とタン氏は強調する。「こうした対立に対して、『アンコモン・グラウンド』(まれな一致点)を見つけるための適切な空間、場所、キャンバスを与えてあげられれば、対立のエネルギーは共創のエネルギーに変わるのです」
ただ、「必ずしもこうした良い結果につながるわけではありません」とタン氏は忠告する。「結果は私たち次第です。自分とは異なる人々、自分が絶対に賛同できないことを言うかもしれない人々に関わる意志と心構えが、私たちにあるかどうか。それでも、感情的なエネルギーを投資し続ける必要があります。そして、AIを含む新しいテクノロジーは、私たちの中の最悪の部分ではなく、最善の部分を増幅し、人々をつなぐものなのだと訴えていく必要があるのです」
オードリー・タン
Sustainable High City Tech Tokyo = SusHi Tech Tokyoは、最先端のテクノロジー、多彩なアイデアやデジタルノウハウによって、世界共通の都市課題を克服する「持続可能な新しい価値」を生み出す東京発のコンセプトです。
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