植物工場でサステナビリティを美味しく手頃に

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 農業のコストが上昇し、また環境への影響が懸念される中、より持続可能な食料生産の方法を模索する競争が始まっている。2016年設立のOishii Farm(オイシイファーム)は、従来の農業に代わる植物工場の発展を目指し、2025年に日本に研究センターを設立予定だ。Oishii Farmのチーフ・オブ・スタッフである前原宏紀氏に、農業、マーケティング、テクノロジーに対する同社のユニークなアプローチについて聞いた。
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Oishii Farmのいちご植物工場 Photo: courtesy of Oishii Farm

農業の形に革命を起こす

 CEOの古賀大貴氏は、COOのブレンダン・サマービル氏とともにOishii Farmのアイデアを思いついた。出会った当時はMBA取得のため、古賀氏はカリフォルニア大学バークレー校に、サマービル氏はカリフォルニア大学ロサンゼルス校に在籍していた。ともにサステナビリティの推進に関心を持っていた2人は、植物工場の考え方に惹かれた。

 植物工場は、完全閉鎖型の室内で、環境をコントロールして栽培条件を最適化することで、外部の気候や場所に左右されず一年中新鮮な農作物を栽培するものだ。

 前原氏は「この方法にはさまざまな利点があります」と説明する。「第一に、通年での生産が可能となります。また、植物工場は農地を必要としないため、通常なら農業ができるとは思えないような場所にも施設を建設できます。さらに、弊社の完全閉鎖型システムでは効率的な水リサイクルと省エネを実現でき、農薬の必要もありません」

 最大の強みは、安定性とグローバルへも展開できることである。「私たちの農場は外部の環境条件に左右されず、室内の環境をコントロールできます。そのため、世界のどこでも一年中新鮮な果物や野菜を栽培できます」

 植物工場は、LED照明や気候制御を統合することによって、現代の農業に安定した持続可能なソリューションを提供する。

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チーフ・オブ・スタッフの前原氏は2024年にOishii Farmに入社した。

最も大切なのは味:まずはいちごから

 古賀氏は、2016年にOishii Farmを設立してすぐ、植物工場の技術にどれほどの可能性があっても、市場で消費者を引きつける商品がなければ意味がないことに気づいた。そして、東京で過ごした子ども時代の記憶をもとに、答えはいちごにあると考えた。

 「なぜいちごかと言うと」と前原氏は笑みを浮かべる。「いちごは人々にとって特別なものだからです。いちごは、味や見た目など、品質に差が出やすい作物です。圧倒的に美味しいいちごをご提供できれば、競争の激しい市場でブランド認知を確立するのに大いに役立ちます」

 当初、Oishii Farmは高級品市場に重点を置き、ニュージャージー州の植物工場でいちごを育てて、主にミシュランの星付きレストランやセレブリティに販売していた。2022年には、ニューヨークのホールフーズなどの高級食品スーパーに販路を拡大した。Omakase Berry(オマカセベリー)とKoyo Berry(コーヨーベリー)という二つの代表的ブランドを開発すると、すぐに米国で注目を集め、ハリウッドスターのグウィネス・パルトロウがテレビの深夜番組で、パッケージに入ったOmakase Berryを司会のジミー・キンメルや観客に手渡すシーンが放送されたりもした。

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植物工場で栽培されたOishii Farmを代表するブランド、Koyo Berry

 Oishii Farmはブランドを確立するために、最初は高級いちごに重点を置いたが、その後Oishii Farmは、一般消費者でも手の届く商品を目指して努力を続けている。パルトロウがキンメルの番組に出演したときは、いちごが「50ドルぐらいした」と揶揄したが、その後価格はかなり下がり、現在は1パック10ドルほどで販売されている。

 植物工場で美味しくて手頃な食品を提供できると証明することがOishii Farmの目指すところである。前原氏は「消費者が重視することは二つ、味と価格です」と話す。持続可能な農業の拡大を促進するためには、このビジネスモデルが実用的だと証明することが重要である。最近、トマト栽培も手がけるようになったOishii Farmは、すでにこの方向に向かって進んでいる。

日本の農業と技術を世界に広める

 Oishii Farmは、高品質な日本の食品と農業を世界中に広めることを目指している。古賀氏とサマービル氏は、「美味しい」という日本語にちなんで会社名を決め、看板商品のいちごには「おまかせ」と「高揚」と日本語の名前をつけた。

 Oishii Farmは、米国事業に加えて東京(渋谷)に日本子会社を登記した。前原氏によると、東京は農業の研究開発において世界的にも進んでいるだけでなく、植物工場にとって重要な、さまざまな他の分野においてもイノベーションを育む都市であるという。植物工場は、産物から見れば農場だが、ロボット工学、オートメーション、水リサイクル、モニタリングシステムなど、工場と共通する要素も多い。

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Oishii Farmがロボット工学やモニタリングシステムなどの革新的技術を農業に取り入れていることを示す例。 Photo: courtesy of Oishii Farm

 植物工場にとって長年重大な障壁となってきた問題の一つが、授粉の必要性である。人やロボットが刷毛を使って授粉させることも可能ではあるが、非効率的な上にコストもかかる。この仕事のために何百万年もかけて進化してきたハチを使うのが望ましいが、完全閉鎖型の室内の環境でハチに授粉をさせることは、研究者にとって長年の難題であった。しかし、最近Oishii Farmは、企業として初めて、植物工場の中でハチを使った大規模で安定した自然受粉に成功した。

 より深いレベルでは、同社は日本の農業と技術を世界中に広めようと積極的役割を果たしている。古賀氏は過去にTEDトークでプレゼンテーションを行ったほか、東京都が主催するグローバルなスタートアップとイノベーションのカンファレンス、SusHi Tech Tokyo 2024 Global Startup Programにセッションスピーカーとして登壇している。さらに、SusHi Tech Tokyo 2025でもセッションスピーカーとして登壇予定である。同社はUAEのアブダビで開催されたSusHi Tech Globalにも出席し、前原氏はそこで世界各国の多くの代表が日本、日本食、日本の農業に良いイメージを持っていることを知って嬉しかったと話す。

 「食べ物が単に腹を満たすだけでなく、私たちの生活に大きな役割を果たしているのだと実感し、うれしい驚きでした。もちろん、栄養は大切ですが、食べ物には文化的側面もあり、誰もがそこに喜びを見いだすことができます。私たちは食べ物を共有するとともに、食べ物をもっと持続可能で誰でも入手可能にする技術を共有することで、国境を越えて絆を深めることができると心から信じています」

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2024年11月11日にUAEのアブダビで開催されたSusHi Tech Global Photo: courtesy of 東京都

Movie: Oishii Farm

前原宏紀

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2024年にチーフ・オブ・スタッフとしてOishii Farmに入社。ペンシルベニア大学ウォートン校を卒業し、公共セクターと民間スタートアップの両方で国際経験を持つ。最近、SusHi Tech Globalに出席するためアブダビへ渡り、世界中の農業と技術のリーダーたちと交流を深めた。

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Sustainable High City Tech Tokyo = SusHi Tech Tokyoは、最先端のテクノロジー、多彩なアイデアやデジタルノウハウによって、世界共通の都市課題を克服する「持続可能な新しい価値」を生み出す東京発のコンセプトです。
SusHi Tech Tokyo | Sustainable High City Tech Tokyo

取材・文/トレバー・キュー
写真/藤島亮
翻訳/伊豆原弓