ウェアラブル技術で挑む熱中症対策

東京2020大会をきっかけに注目が集まった熱中症対策
東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の準備が進む中、夏の猛暑下でいかに熱中症を防ぐかという問題は大きく取り上げられた。選手はもちろん、ボランティアや観客も強い日差しにさらされ熱中症リスクが高まることが懸念されていた。ミストシャワーや頻繁な水分補給などの対策がメディアの注目を集める中、Biodata Bankの代表取締役である安才武志氏は、より抜本的な熱中症対策を実現できないかと考えた。「根本的な対策として、深部体温の上昇を検知できれば、熱中症リスクを予測して事前に対処できるのではないかと考えました」
そう語る安才氏は、50年以上前から学術論文などで研究が進められてきた深部体温の推測技術に着目。熱中症の原因となる深部体温の上昇をモニタリングし、最先端の技術を活用した熱中症対策デバイスの開発に踏み切った。
「ウェアラブル革命」で熱中症を防ぐ
Biodata Bankの製品の核となるのは、熱中症が重症化する前に深部体温上昇を検知するというシンプルかつ強力なアイデアである。同社が開発したカナリア Plus®︎は、一度起動すると5か月間稼働し続けるため、夏の暑い時期を通して充電する必要がない。これは、二交代や三交代などの勤務形態や数千人規模で従事する大規模現場などにおいてデバイスを毎日充電するのが現実的でない場合に非常に重要な設計である。
デバイスが収集するデータをもとに、深部体温の上昇を検知するとアラートを発報。これにより、使用者は適切なタイミングで休憩や水分補給ができ、熱中症のリスクを大幅に下げることができる。

多様な現場との連携と先進的な取組
Biodata BankのカナリアPlus®︎は、各省庁との取組や企業での実証、さらには海外での検証に至るまで、さまざまな厳しい環境でテストされてきた。例えば消防隊員は、猛烈な暑さの火災現場で重装備を着用しながら作業するため、普段から過酷なトレーニングを積んでいても、深部体温が急上昇すればあっという間に熱中症の危険にさらされる。また、大規模工場で熱を発生する設備を扱う従業員にも、この腕時計型デバイスが導入されている。

さらに、産業や公共安全の現場だけでなく、一部の学校では運動部の生徒が着用しリアルタイムでの体温管理による熱中症リスク低減が評価されている。ただし、教育現場での普及には資金面の課題があるのも事実である。
東京発のスタートアップが世界へ
日本国内での導入実績を積み上げてきたBiodata Bankは、現在、海外展開に注力している。多くの地域で、夏季の高温による熱中症が大きな懸念となっており、データに基づく解決策は労働者を保護したい企業にとって魅力的である。
また、東京のスタートアップを勢いづける環境とSusHi Tech Tokyoなどのプログラムが、同社の前進を支援している。「新しい市場に挑戦するときに、SusHi Tech Tokyo 2024のような東京都のバックアップがあるのは非常に大きな後押しになります。地域によって文化が大きく異なるため、現地での事例を参考に自社の戦略を練ることができます」と安才氏は語る。
こうしたネットワークを活用し、Biodata Bankは夏の気温が50度を超えるような地域にも進出している。現地事情に精通したパートナーとの連携によって、より的確で地域性に合った対策を展開できる。この技術的イノベーションと戦略的支援の融合こそ、東京が先進的なスタートアップの世界的拠点であることを示す好例である。
労働環境の未来を切り開く
Biodata Bankでは、デバイスを通じてユーザーにアラートを出すだけでなく、シーズン終了時にデータを収集し、より深い分析を行っている。これにより、危険度が高い時間帯や作業条件を割り出すことが可能になる。「データは、労働環境を改善するためにこそ意味があります。数字を知るだけではなく、データをもとにどう行動やルールを変えていけるかが重要です」と安才氏は強調する。得られた知見をもとに、企業はシフトの調整や換気の改善など、リスクを下げるための具体的な施策を打ち出せるようになる。
一部の組織では、勤務時間を早い時間に前倒し涼しい時間を長く確保する、休憩時間・タイミングを変更するなど、作業工程の再設計を実施している例もある。安全性を確保しつつ生産性を向上させる方法にも期待が高まっている。

実用性、プライバシー、そして未来への展望
カナリア Plus®︎の魅力は、直感的に使いやすいデザインにある。作業員がデバイスを装着すると、夏の間は充電不要で動作し続けるため、教育や訓練の負担が少ない。
また、データはシーズンが終わった後で内部から取り出す方式であるため、着用者が常に監視されているという不安を軽減する。
シーズンオフにはデバイスを回収し、再利用やリサイクルを行うことで廃棄物を最小限に抑えている。今後は製品や分析手法をさらに洗練させながらもシンプルさを維持し、労働者の安全を強化する新機能の追加を目指している。
より安全な未来に向けて
地球温暖化の影響が拡大し、熱中症のリスクは今後ますます深刻化すると考えられる。安才氏は、「私たちは熱中症を防ぐことに注力しています。技術は飛躍的に進歩してきていますが、まだ過酷な現場での作業が全て機械に取って代わることはありません。適切なタイミングで警告を出し、行動変容を促すことで、暑い環境下での安全と生産性の両立を目指します」と結ぶ。現場の実情を踏まえた技術と、情報に基づいた政策と適切な訓練が組み合わされば、このデバイスは重大な事故や健康被害の大幅な減少に寄与すると期待できる。
ハードウェアの改良や分析技術の高度化、海外事業の強化など、さらなる発展に向けた取組を続けているBiodata Bank。同社のこれまでの歩みは、先進的な取組が息づく東京という環境で、新たな解決策が生まれることを証明する好例といえる。東京が推進するイノベーションの力を背に、Biodata Bankは世界中の労働者を命の危険から守る大きな役割を果たし始めている。
安才武志
Biodata Bank, Inc.
https://biodatabank.co.jp/ja/Sustainable High City Tech Tokyo = SusHi Tech Tokyo は、最先端のテクノロジー、多彩なアイデアやデジタルノウハウによって、世界共通の都市課題を克服する「持続可能な新しい価値」を生み出す東京発のコンセプトです。
SusHi Tech Tokyo | Sustainable High City Tech Tokyo
写真/藤島亮