東京の革新的なスタートアップがデモンストレーション・イベントに登場

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 日本は長年、ソニーやパナソニックなど既存の大企業が消費者や企業向けに世界を変えるような新製品を展開することでハイテク分野のイノベーションをリードしてきたが、東京は高度な技術を持つスタートアップの事業開発ハブとしても変貌を遂げつつある。
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アルケミストジャパンのマネージングディレクター、眞鍋亮子氏(左)とアルケミストアクセラレーターのグローバルアクセスディレクター、ローラン・レインズ氏(右)

日本でのスタートアップ支援 

 2024年12月19日、米国を拠点とするアルケミストアクセラレーターの日本法人であるアルケミストジャパンが、初のデモデイを大手町で開催した。アルケミストジャパンのマネージングディレクターである眞鍋亮子氏は、「アクセラレーター」はスタートアップ企業を育成する環境を作るのだと説明する。さらに、「魚を買ってあげるのではなく、魚の釣り方を教えています」と、コーチングとメンタリングのメソッドを引用した。アルケミストアクセラレーターのグローバルアクセスディレクターであるローラン・レインズ氏は、「起業までのプロセスは受け身では学べず、簡単ではありません」と指摘する。「スタートアップの創業者には、非常に限られた時間の中で多くのことをやってもらわなければなりません」と、彼は説明する。「創業者にとっての課題は時間です。市場は刻々と動いており、スタートアップにはスピード感が求められます。アクセラレーターは、彼らが短時間でそのスピードに到達できるように導きます」

 デモデイには約200人の投資家や参加者が集まり、アルケミストジャパン第1回プログラムを卒業した9社のプレゼンを見学した。ほとんどが東京に拠点を置く企業で、創業者は北米、南米、アジア、ヨーロッパ、アフリカなど世界各地の出身者たちだ。どの企業も日本で起業し、国内市場だけでなく海外市場も視野に入れたグローバルな展開を期待されている。イベントは交流会から始まり、選ばれた参加者による東京のスタートアップ環境についてのパネルディスカッション、最後に、イベントに参加した9社それぞれの紹介とピッチセッションが行われた。

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デモデイのイベントで、パネルディスカッションのリード役を務める眞鍋氏とパネリストたち

進化する日本のスタートアップ環境

 東京がスタートアップにとってこれほど魅力的なハブになっているのはなぜだろうか。本イベントのディスカッションに参加したパネリストたちは、新しいベンチャービジネスに資金が流入し始めている点を評価している。多くの参加者たちは、日本は現在、世界で最もアクセスしやすい資本市場の一つであり、起業資金を得ることは事業を開始する上で最も困難なハードルであるため、東京は他の国際都市に対して大きな優位性を持っているという感想を口にした。

 東京都は2022年11月、スタートアップと共に新しい時代を切り拓き、東京の課題解決と成長につなげる取組を徹底的に進めていくための新たな戦略「Global Innovation with STARTUPS」を策定した。この戦略には「10×10×10イノベーション・ビジョン」が含まれており、東京におけるグローバル・ユニコーン数、起業数、官民協働実践数を5年間でそれぞれ10倍に増やすことを目標としている。この目標を達成するため、都は2023年以降、アルケミストなど世界的なアクセラレーターを東京に招き、日本貿易振興機構(JETRO)などと連携したプログラムを実施している。

 都は最先端テクノロジーにより世界共通の課題を克服する「持続可能な新しい価値」を生み出すコンセプト「SusHi Tech Tokyo (Sustainable High City Tech Tokyo)」のもと、様々な取組を実施している。2024年春、都はアジア最大級のスタートアップ・カンファレンスを含む「SusHi Tech Tokyo 2024」を主催した。このイベントには東京および主要都市の市長などのリーダーやスタートアップ創業者が集結し、投資や協業、成長を後押しする場となった。今年も引き続き、このイベントは5月に開催された。

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アルケミストジャパンのデモデイで、アイデアやイノベーションについて議論する投資家と参加者たち

 東京を世界的なスタートアップのイノベーション・ハブとして推進する努力は効果があったようだ。2021年にInnovation Cities Indexで、ニューヨーク、シドニー、シンガポール、サンフランシスコなどの競合を抑えて第1位となって以来、東京は世界のスタートアップ・コミュニティからますます注目を集めている。「SusHi Tech Tokyo 2024」には434のスタートアップが出展し、4万人以上が参加した。一方、都は、東京を世界で最もスタートアップフレンドリーな都市にするという目標を掲げており、事業に関する規制やルールをスタートアップのニーズに合わせ、リ・デザインしている。「スタートアップにとって、資金よりも重要なことがあります」と、レインズ氏は都の方針に同意する。「ルールや規制など、要となるものを作っていくことが非常に重要なのです」

 眞鍋氏も変化に気づいている。「私たちがスタートアップを設立しようとした2007年頃、日本にはベンチャーキャピタル(VC)が多くは存在しませんでした。自分たちで個人投資家や出資者を探さなければならなかったのです。今は状況が変わり、スタートアップにとって、はるかに良い環境になっています」。スタートアップは大学を卒業する日本の優秀な技術者たちにとって魅力的な職業選択となりつつあり、新卒の理想的な就職先が既存の大企業であった時代からは劇的に変化している。

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アルケミストのチームは、日本のスタートアップに将来性を見出している

日本にはスタートアップを引きつける魅力がたくさんある

 アルケミストは日本の可能性を信じている。「私たちのハブは世界中にあります。そして、日本には私たちが支援できると思う素晴らしい創業者たちがたくさんいます」と、レインズ氏は説明する。米国シリコンバレープログラム以外の、ネットワーク内の他のハブは、特定の産業やセクターに焦点を当てている。しかし、日本はもっと広範だと眞鍋氏は言う。テクノロジーハブであることに加え、さらに多くの分野にもチャンスがある。デモデイに出展したスタートアップは、AIデータ分析や小売サプライチェーン、アグロノミー(作物栽培学)サポート、さらにはバイオテクノロジー研究など、幅広い技術に焦点を当てていた。

 レインズ氏はアルケミストのプログラムに参加する企業に期待することをデモデイで明らかにした。「私たちは、スタートアップが一定のステップを踏むことを期待しています。アイデア段階のプレシードから始め、製品に関する実際のフィードバックを得るためにPOC(概念実証)を実施する必要があります」。アルケミストアクセラレーターのアプローチの付加価値は、コーチング・プログラムが各企業にカスタマイズされていることだ。「企業はそれぞれ違います。私たちのプログラムでは、顧客からのフィードバックを得ることをスタートアップに奨励しており、そのフィードバックを活用して問題を解決する方法を伝えています」と、眞鍋氏は説明する。起業家としてゼロから会社を立ち上げるのは大変なことだが、アルケミストアクセラレーターはそのプロセスを支援するコミュニティを提供している。 

 「創業者というのは孤独なものです」と、レインズ氏は説明する。「私たちは彼らにコミュニティを提供していますが、それは単に起業のためだけでなく、互いに関係を築き、そのネットワークを劇的に広げるためでもあります」

 レインズ氏は、日本のスタートアップの環境は今後も成長し続けると予測している。「より多くの企業が同じパイを奪い合うということではありません。より多くのスタートアップのために、より大きなパイを作っていくということなのです」

眞鍋亮子氏(左)とローラン・レインズ氏(右)

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眞鍋亮子
アルケミストジャパンのマネージングディレクター(MD)で、東京に活動拠点を置く。前職はエンデバー・ジャパンのMD。戦略コンサルタントとしてキャリアをスタートさせ、幅広いビジネス経験を持つ。現在はJST STARTプログラムの委員として、プレシード段階にあるR&D(研究開発)ベースの技術系スタートアップの評価・選定も行っている。コーネル大学にて工学と農学生命科学の2分野で学士号を取得。

ローラン・レインズ
アルケミストアクセラレーターのグローバルアクセスディレクターであり、創業者や企業リーダーとしての経験を活かし、米国市場に参入する国際的スタートアップを成功に導いている。一般ユーザー向け自転車用ライト会社の共同設立者、CarboCultureの初期オペレーター、Google MapsとAutodeskの企業責任者などを歴任し、幅広い経験を積んだ。

アルケミストジャパン

https://www.alchemistaccelerator.com/ja/japan

アルケミストジャパンデモデイ2024

https://bit.ly/AJdemodayvideo2024
*英語動画

取材・文/ジョン・ローレンス
写真/藤島亮
翻訳/浦田貴美枝