一つひとつの光の粒子がイメージングに革命を起こす

 5月8~10日に東京ビッグサイトで開催されたSusHi Tech Tokyo 2025には、最先端のイノベーションでグローバルな問題に挑むスタートアップ企業が一堂に会した。スイスパビリオンで光子検出技術に変革を起こすスイスのスタートアップ、NovoVizに出会った。光の粒子一つひとつを検出できる超小型イメージセンサーは、機械でこれまで見られなかったものが見える未来を目指す。
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NovoVizの単一光子カメラは、高速低照度イメージングに新たな選択肢をもたらす

サイズ、コスト、参入障壁に挑む

 スイスのスタートアップ、NovoVizの共同創業者のアンドラダ・ムンティアン氏は、「水が小さな水滴の集まりであるように、光は光子の集まりです」と説明する。「私たちのセンサーは、光子一つひとつを驚くべき精度で検出します」

 SusHi Tech Tokyo 2025でムンティアン氏は、小型ながらも、機械を通して見える世界を変えるかもしれないカメラを紹介した。NovoVizが設計したNV04ASC-HWは、手のひらサイズの単一光子アバランシェダイオード(SPAD)カメラで、ナノ秒単位の分解能で光子一つひとつを検出できる。しかも、レガシーシステムで一般的な靴箱サイズの大きな装置は必要ない。

 SPAD技術は、最初は科学用途で開発され、その桁外れの感度とスピードは以前から知られていた。しかし、コストと複雑さから、研究所での使用にとどまっていた。NovoVizのイノベーションは、SPADの拡張性を高めてコストを抑え、ロボット工学、自動車、宇宙、医療などの産業用に統合しやすくしたことにある。その結果、高速低照度イメージングの新時代が始まっている。

 ムンティアン氏は「私たちはすべてを小型化し、この小さなシリコンに組み込みました」と、NovoVizのイノベーションを可能にした技術の躍進を振り返る。SusHi Tech Tokyo 2025の期間中、ムンティアン氏はピンポン球ほどのコンパクトな装置を片手に取って見せながら、絶え間なく訪れる興味津々の来場者にその機能を説明していた。研究所専用の靴箱サイズの装置から手のひらに収まる実用的なツールへ、SPAD技術が歩んできた道のりを示す実物デモンストレーションである。「私たちの製品は、現在、市場最速・最小の計算処理SPADカメラです」

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NovoVizのSPADカメラは小型だが高性能だ

 NovoVizが共通のビジョンを描くようになったきっかけは、ムンティアン氏と共同創業者のアンドレイ・アーデレアン氏(CTO)とサミュエル・チェン氏(戦略・投資責任者)が、ヨーロッパ旅行中、高精度光子イメージングが広く普及する未来を想像したことである。3人が最初に出会ったのは、NASAジェット推進研究所で研究を行っている時だった。

 独自のオンチップ処理と特許を取得した設計によって、NovoVizはSPADシステムのコストを20分の1まで削減した。その結果、単一光子の感度とハイダイナミックレンジを提供し、イベントベース出力によって必要なデータ帯域幅を大幅に抑え、しかもシンプルなUSB 3.0インターフェースだけで接続可能なデバイスが完成した。

未来のセンサーを今ここに

 一般の人には、この技術の可能性は身近に感じられないかもしれないが、日常への影響はすぐそこまで近づいている。例えば、雨の夜に自転車を明瞭に検出できる運転支援システムなどだ。現在の車載センサーでは、このような状況への対応は難しい場合も多い。あるいは、症状が表れる数日前にわずかな生理的変化を捉え、医師の迅速な対応につなげることができる家庭用医療機器なども考えられる。ろうそくの明かりで鮮明で精細な写真を撮影できるスマートフォンカメラや、体の動きを高精度に読み取れるウェアラブル技術も、このセンサーによって実現可能だ。NovoVizは、未来の利便性、安全性、健康を支える目に見えないインフラを築こうとしている。

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SusHi Tech Tokyo 2025でNovoVizの小型センサープラットフォームについて説明するアンドラダ・ムンティアン氏

 フレームレート1億fps相当、解像度64 x 48 SPAD画素のNV04ASCシリーズは、リアルタイム診断や画像による自己位置推定から先進ロボット工学や量子イメージングまで、広い範囲で実用化できる。イベントベースの非同期出力により、従来のイメージングで苦労している難しい条件に対応できる強みがある。

 ムンティアン氏は「医療分野の例は陽電子放出断層撮影(PET)です。医師は、腫瘍の位置をできるだけ正確に特定する必要があります。当社のセンサーは、光子の精密な到達時間を分析することにより、画像の精度を飛躍的に高められます」と説明する。

 一般の人にわかりやすく言うと、従来のセンサーは、一定の時間をかけて光を集めるバケツのようなものだという。一方、SPADセンサーは、ねずみ捕りのように光子を捉えるたびに反応するため、高速かつ正確で、ノイズやエラーがほとんどない。

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NovoVizのセンサーは、産業用に統合可能な小型デバイスで光子レベルの精度を実現する

研究から実用への橋渡し

 NovoVizのストーリーは、専門的な研究を実用的なソリューションに変えるというものである。スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)先進量子アーキテクチャー(AQUA)研究所でマイクロエレクトロニクスの博士号を取得したムンティアン氏は、時間-デジタル変換回路・読み出し回路などの生物医学用CMOS 回路の設計を専攻していた。この学術的な土台が、NovoVizのプロトタイプを短期間で製品化する力を支えている。

 「私たちの目標は、科学者のためのイノベーションにとどまりません。この技術を実社会のニーズにとって便利で利用しやすいものにすることです」とムンティアン氏は言う。

 現在、結束の強い6人チームで活動するNovoVizは、すでに特許を取得し、ヨーロッパとアジアで産業界と学術界のパートナーシップを形成し始めている。日本では、潜在的な協力者や将来のユーザーの間で特に関心が高く、ロボット工学や工場オートメーションなどの分野でセンサーをテストしようとしている。

足掛かりとしての東京

 ムンティアン氏は、SusHi Tech Tokyo 2025のエネルギーとプロフェッショナリズムを高く評価する。スイスパビリオンはMost Innovative Pavilion Awardを受賞した。「今回は私にとって、日本で最初のグローバルなスタートアップカンファレンスであり、圧倒的な数のつながりができ、大企業からの関心も高く、会話の質も素晴らしいものでした。期待をはるかに超えていました」

 潜在的な顧客や協力者からベンチャーキャピタリストまで、NovoVizの東京デビューは成長に向けた力強いスタート台となった。「このようなイベントは、マーケットを試し、アプローチを修正していく上で極めて重要です」と同氏は語る。

 ムンティアン氏と日本のつながりは深い。母親が、最近テレビシリーズ化され人気となっている小説『将軍』のファンだったこともあり、若い頃から日本に魅力を感じていた。そこから次第に、日本の文化、人、生活のペースに個人的な愛着を持つようになった。東京に対して「ワンダフル」という言葉を使い、今回東京を訪れたことで、愛着がさらに深まったという。

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SusHi Tech Tokyoで受賞したパビリオンで、NovoVizの製品を紹介するムンティアン氏

日本が目指す量子分野との関わり

 東京都が量子技術への投資を拡大していることについて尋ねると、ムンティアン氏はすぐにその戦略的重要性に言及した。「東京都が量子技術に注力しているのは、変革力のあるこの分野で、東京と日本を広くグローバルリーダーとして位置づけようと、未来を見据えて戦略的に取り組んでいるためと聞いています」と同氏は言う。「彼らの取組は、多額の出資と支援、イノベーションのエコシステムとの統合、学術界や産業界との協力、グローバルで学際的な関係作りなど、多面的に進んでいます。それによって東京都は、グローバルな量子革命の主要プレーヤーという地位を築いています」

 NovoVizは、自社がこのエコシステムの理想的な協力者であり、高度なイメージング技術を産業界における目に見える成果につなげる技術を提供できると考えている。アジアにおけるパートナーシップを拡大する中でも、常に日本が計画の中心にある。

 幅広い業界でよりスマートで効率的なイメージングに対する需要は拡大しており、NovoVizはこの分野をリードする役割を担おうとしている。これまで達成不可能だった精度と拡張性を実現するセンサーを携え、同社は量子研究を実社会への影響に結びつけようとしている。

 かつては最先端の研究所の領域だったものが、現在は手のひらに収まり、世界に対する見方を変えようとしている。彼らのビジョンは、もはや理論上のものではない。文字通り目に見えるものになっている。

アンドラダ・ムンティアン

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ティミショアラ工科大学で応用電子工学の理学士号を、デルフト工科大学でマイクロエレクトロニクスの理学修士号を、EPFLのAQUA研究所で博士号を取得。NASA JPLの元インターンで、CMOSベースのイメージング回路の専門家であり、現在はフルタイムでNovoVizを率い、SPADベースの技術を産業用の主流技術にしようとしている。

NovoViz

https://novoviz.com/
※英語サイトへのリンク

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取材・文/リサ・ワリン
写真/及川誠
翻訳/伊豆原弓