江戸東京たてもの園が伝える、江戸時代の豊かさ

時代を体感できる空間
「江戸東京たてもの園は、歴史的な価値が高い建物を移築して展示し、後世に伝えるという目的を持っています。博物館としての強みは、一つひとつの建物が寄り集まってつくり出す街角空間の再現と実際に使用されていた家に入ることができるという点です。模型では得られない圧倒的なリアリティがあります」
年間来訪者は約23万人(2024年度)と人気のほどがうかがえる。スタジオジブリの宮崎駿監督もこれまでたびたび足を運んでいたという。
「監督の一番のお気に入りであったといわれる武居三省堂は、後に『千と千尋の神隠し』の釜爺が働くボイラー室のイマジネーションの原点となったようです」

武居三省堂は明治初期に創業した文具店で、昭和2年に神田須田町に建てられた店舗が移築されている。武居三省堂がある下町中通りには、同時期に建てられた店舗が立ち並ぶ。
歴史を知ることで今を相対化できる
「ここで小学生の体験学習として、お使いゲームを行っています。昭和30年代、40年代は、今のようにスーパーマーケットの売り場から陳列された商品を黙ってカートに入れるのではなく、肉は肉屋で、野菜は八百屋で購入していました。ゲームでも園内にある店舗に行って、買い物をします」

店舗ではスタッフが店番をしている。
「何を買うにしてもお店の人たちとのコミュニケーションが必要で、今とは大きく違っていることに気づく子もいるはずです。歴史を知ると、今の当たり前は、過去の当たり前ではないことがわかります。今を相対化することは、これから社会をどうやってよくしていくかを考える上でもとても大切な視点です。私たちはここで体験、体感を通して、そうした学びを提供したいという想いがあります」
江戸時代が現代に問いかけるものとは?
園内を自由に歩き回り、見たいものを見るだけでも楽しみは広がっていく。
「江戸時代に建てられた建造物も多く展示しています。江戸東京たてもの園が開園した1993年は、ちょうど江戸時代が見直されつつあった時期です。高度経済成長期、バブル経済期を経て、必ずしも豊かさイコール幸せではないと感じる人たちが増え、江戸時代の暮らしぶりに安らぎを見いだそうとする動きが起きました」

「天明家(てんみょうけ)」は、主屋だけではなく長屋門や枯山水庭園もあり、格式の高さがうかがえる。しかし室内は驚くほどシンプルだ。飾り立てることをよしとしない当時の精神性をよく表している。こうした点も江戸時代の再評価につながっている。
「江戸時代、日本にやってきた外国人たちが驚いたのもその点です。専制国家の君主であれば、豪華絢爛な宮殿に住んでいると思い込んでいたのに、宝石が散りばめられた装飾具どころか家具すらなく、カルチャーショックを受けたことが、いくつかの文献に書き残されています。レベルは異なりますが、日本家屋のシンプルさは今、海外から訪れる人たちも同じように感じているのではないでしょうか」
アプリ「たてもの園ナビ」をリリース
江戸東京たてもの園では、空間そのものを楽しんで欲しいという想いから、あえて展示物の説明パネルは最小限にしている。
「知識を埋め込むよりも感じてほしいと思っています。そこから知りたいことがあれば、調べるツールは準備しています。その一つが、2024年4月から公開しているアプリ『たてもの園ナビ』です。解説機能だけではなく音声ガイド機能、園内を案内する地図モードのほか、園内6カ所でARモードを起動させると、移築前の様子を写した古写真や昔の道具の使い方を解説する動画をご覧いただけます」
現在は、日本語と英語に対応。今後、中国語や韓国語にも対応予定だ。

「東京は、江戸時代から人がどんどん入ってくることで大きくなってきました。新陳代謝を繰り返す東京で、私たちはこの園を通じて、東京の歴史を伝えると同時に、訪れる人たちの憩いの場、楽しみの場としても機能していきたいと思っています」
市川寛明
江戸東京たてもの園
https://www.tatemonoen.jp/写真/井上勝也