自然に目を向け、果物の腐敗を遅らせる技術を生かしてフードロスを削減

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 食品ロスは、全世界で大きな意味を持つ問題である。2022年に国連環境計画が収集したデータによると、消費者が入手可能な食料の19%が廃棄されており、これは小売、食品サービス、家庭の各セクターの合計で10億5,000万トンにも上る。この問題を解決するには、新しい技術と昔ながらの知恵を合わせて活用し、さまざまなレベルで変化を起こす必要があることは明らかだ。
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SusHi Tech Tokyo 2025の展示を笑顔で説明するムーディー・ソリマン氏(Ryp Labs CEO兼共同創業者)

食のサプライチェーン全体、そして世界全体への拡張性

 そのような取組を行っている1社が、Ryp Labsである。同社は米国ワシントン州シアトル近郊の小規模なスタートアップで、小さなシールを貼るだけで果物の保存期間を延ばすStixFreshという技術を開発した。CEO兼共同創業者のムーディー・ソリマン氏は、5月8~10日に東京ビッグサイトで開催されたスタートアップカンファレンス、SusHi Tech Tokyo 2025でこの独創的なアプローチとその裏にある科学について話すため、東京を訪れた。このほかソリマン氏は、「持続可能な都市を高いテクノロジーで実現する」というカンファレンスの目的に最も沿ったスタートアップ企業を表彰するSusHi Tech Challenge 2025ピッチコンテストで、特別な7名のファイナリストの1人に選ばれていた。

 Ryp Labsのフードロス削減のアプローチは簡単だ。StixFreshシールを果物に(直接またはパッケージに)貼るだけで、鮮度保持期間を最長2週間延ばすことができ、それによって腐敗による廃棄を防ぐことができる。また、このソリューションは、広範囲で利用される可能性を秘めたものだとソリマン氏は言う。

 同氏は、「フードロス問題に目を向けたとき、これはまさに地球上のすべての人に影響を及ぼす重大な社会経済上、環境上の問題だと思いました。私たちは、簡単に使えて、大手流通業者から小規模農家までサプライチェーン上のどこでも利用できるソリューションを作りたいと考えました。そこで、100%安全で自然な食品グレードの製品を開発したのです」と語る。

シールの裏にある科学

 ソリマン氏によると、起業のアイデアは、あるマレーシア人若手発明家の発案に始まり、さまざまな分野の協力から生まれたという。医療機器・バイオテクノロジー業界で働いていたソリマン氏とビジネスパートナーは、この技術を完成させ製品化するため、少人数チームの結成に着手した。このプロセスに約7年かかり、現在チームは総勢12名となった。

 「私たちは、一流の植物生理学者、微生物学者、化学エンジニア、材料科学者と協力してこの技術を徹底的に追求し、製品を開発して現在の形に最適化できるまでになりました」

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StixFreshテクノロジーは、植物の自然な作用を模倣して果物の保存期間を延ばす

 「このシール1枚で、どうしてこのようなことができるのかと思うでしょう。私たちは自然の力に頼りました。植物は何百万年にもわたり、自己防御のため二次代謝産物という天然の化合物を産生してきました」とソリマン氏は説明する。例えば、ラベンダーの芳香は、実は病害虫、菌類、細菌などの侵入生物に対する防御機構と関係している可能性があり、ラベンダーは香りと共に空気中に化合物を放出し、防御バリアを形成するのだという。StixFreshシールはこのプロセスを模倣している。

 ソリマン氏は、「当社の植物生理学者や微生物学者が活躍するのは、この分野です」と話す。「世の中に存在する何万もの化合物の中から、植物に影響を及ぼす病気に対し最も効果的と思われるものを特定できます。当社の化学エンジニアと材料科学者は、マトリックスというものを開発しました。マトリックスは、これらの化合物を閉じ込め、その放出ペースをコントロールする手段です」

すべて自然の力で

 ソリマン氏によると、果物の熟成を遅らせるStixFresh製品は、ほとんどの面に貼ることができ、シールだけでなく小袋タイプもある。さらに、この技術には自然な果物の熟成プロセスを妨げる要素は何もないと同氏は強調する。この点は、例えば果物の皮を堆肥化して自然に循環させることができるといった意味で特に重要だ。

 「これは、現行の方法を中断することなく市場で私たちの技術を利用できるようにする重要な差別化要因です。私たちの顧客にとっても重要なことで、何十年も同じことをしてきた農家や栽培業者などは、今までのやり方に介入し、混乱させるようなソリューションや技術は望んでいません」

 StixFreshで鮮度保持と品質管理を最適化する方法を見いだすために使われたのは、すでに市場で承認されている植物由来化合物のデータベースである。Ryp Labsは、複数の処方の間に相乗効果や相加効果を見いだすため、これらの化合物をテストし、データ分析を行った。

 ソリマン氏は「現在はこの目的でAIは使用していませんが、将来的には、プロセスを最適化し、大幅に効率化するためにAIを使う機会が必ずあると考えています」と言う。

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着想から実現までのRyp Labsの道のりを語るソリマン氏。最もビジョンを体現しているスタートアップを選考するSusHi Tech Challenge 2025のファイナリストになるなどの栄誉を受けてきた成功物語でもある

東京と周辺地域で築くグローバルな関係

 ソリマン氏は、Ryp Labsの日本進出にはビジネス上、大いに意味があると話す。まず、日本中にいちごやマンゴーなどの美味しい果物がある。「ご承知のとおり、日本の果物は本当に高品質です。十分に熟してから収穫され、すぐに食べられますが、その分保存期間が短い。そのため、このような技術は日本市場にとって大変価値あるものになります」

 Ryp Labsは、普段から日本に多くの果物を輸出している東南アジアなどの地域とも協力しているという。「長距離を輸送していると、いわゆるコールドチェーンの中断が起こります。果物を収穫した後、通常は冷蔵しますが、コンテナに2、3週間も入れていると一定の温度を保てないため、食品は劣化します。これが私たちの技術を役立てられるもう一つの分野です」

 Ryp Labsのアジア市場への進出を助ける鍵となるのが、日本の正規販売代理店、三洋貿易とのパートナーシップである。同社は、Ryp Labsと同じく持続可能な取組に対する熱意を持つ企業だとソリマン氏は語る。三洋貿易は、日本の農家、果物梱包業者、研究者などのクライアントとの関係を支援するだけでなく、Ryp LabsがSusHi Tech Tokyo 2025に出展するための道を開いた。このカンファレンスは、同社の目的に適った理想的な場だった。

 「テクノロジーと持続可能な技術に重点を置いたカンファレンスというのは、私たちがやろうとしていたことにぴったりで、出展申請を即決しました。私たちの技術は、サステナビリティや環境と社会の問題に取り組むものなので、まさにうってつけの機会です。ここへは製品を紹介する可能性を求めて来たのはもちろんですが、顧客、さらに投資家に出会う可能性にも期待していました。全体として、大きな成果が得られましたし、コンテストでファイナリストに選ばれ、身の引き締まる思いです」

 さらにソリマン氏は、家族全員が東京に魅了され、いつかここで暮らすことを夢見るまでになったと話す。「美しい都市で、建築物や良いコーヒーショップもあります。また、安全で清潔で、人々は温かく親切で素晴らしいです。子どもを育てるのにも安全な場所です」

信頼関係とミッションを基礎とする会社

 Ryp Labsを成功に導く決め手は、StixFreshがサプライチェーンのどこでも利用可能な技術であることだとソリマン氏は強調する。農家、流通業者、小売業者、消費者のいずれでも、また、大都市圏からインフラが不十分な開発途上国まで世界中のどこででも。この拡張性こそが、同社が多くの投資家を引きつけた要因だという。

 また、ソリマン氏は、同社の成功にとって決定的に重要な要素はパートナーシップだと考えている。「このビジネスで重要なのは信頼関係です。そのような関係を築くには、時間と投資と努力が必要です」

 同氏はさらに語る。「すべては明確なミッションを持つことから始まります。ご存じのとおり、スタートアップは競争にさらされます。特にシアトルでは、大手テクノロジー企業と人材獲得競争をすることになります。しかし、私たちは大きな問題を解決しようとしているのです。そこで常に自分たちのミッションに立ち返るようにすると、目的が明確になり、たとえほかにもっと条件の良い機会があったとしても、同じ考えを持つ人々は私たちの会社に引きつけられます」

 「スタートアップ全般に言えることは、解決すべき本質的な問題を見つけるべきだということです。真剣に問題に集中して取り組み、顧客のニーズに基づき解決策を構築し、最適化することです。それこそが成功の秘訣だと思います」

Movie: Tokyo Metropolitan Government

ムーディー・ソリマン

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 ソリマン氏は、Ryp LabsのCEO兼共同創業者で、医療機器、バイオテクノロジー、アグリテック業界で17年以上の豊富な経験を持つ起業家、スタートアップ創業者である。同氏の幅広い経験は、経営幹部、ビジネス開発、営業、マーケティング、プログラム管理、オペレーショナルエクセレンス、製造工学など、複数の分野にわたる。人々の健康、安全、生活の質を究極的に向上させる製品作りに強い情熱を持っている。

Ryp Labs

https://ryplabs.com/
*英語サイト

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Sustainable High City Tech Tokyo = SusHi Tech Tokyoは、最先端のテクノロジー、多彩なアイデアやデジタルノウハウによって、世界共通の都市課題を克服する「持続可能な新しい価値」を生み出す東京発のコンセプトです。
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取材・文/キンバリー・ヒューズ
写真/及川誠
翻訳/伊豆原弓