千年続く日本刀の洗練された魅力   

 緑豊かな多摩の地で、日本の伝統工芸に打ち込む女性がいる。世界で唯一の女性村下(むらげ)、平田のどか氏だ。夫で刀工の平田祐平氏とともに伝統的な手法で制作する唯一無二の日本刀は、海外からも多くの注文が届く。2人が営む平田鍛刀場(たんとうじょう)で話を聞いた。
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平田鍛刀場代表の平田のどか氏 Photo: courtesy of 平田鍛刀場

世界唯一の女性村下が誕生

 日本刀の制作は大きく分けて二つの段階を経る。砂鉄から日本刀の材料となる玉鋼(たまはがね)を製鉄するのが第1段階、玉鋼を加工し日本刀として完成させるのが第2段階で、第1段階を担当するのが村下、第2段階を担当するのが刀工だ。

 現在は仕入れた玉鋼を使って日本刀を制作する刀工が多いが、平田鍛刀場は、2019年の開場以来ずっと自家製鉄を貫く。当初は祐平氏がすべて一人で行っていたが、祐平氏から引き継ぐ形で村下を担当するようになったのがのどか氏だ。

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背丈ほどの高さがある「たたら炉」

 「本来は師弟関係ですが、私は頑固なところもあり、基本的なことを教わってからは自分なりに研究して技を磨きました」

 伝統文化が根付く世界に女性が踏み込むことに困難はなかったのか。

 「人手不足、後継者不足に悩む世界なので、とても温かく迎え入れてもらいました」

自然と対峙する伝統的製鉄法を継承

 玉鋼の製鉄は、たたら製鉄と呼ばれる特殊な方法で行う。炉底には水を加えた粘土を塗り、その上にたたら装置を組んで1週間ほどかけて完全に乾かす。これが炉となり、砂鉄と炭を交互に投入し、風を入れながら12時間ほどたき続ける。非常に根気と集中力が必要な作業だ。

 「砂鉄も木炭も自然界に存在しているもので品質が一定ではありませんから、投入するタイミングや量を、火の色や風の音をもとに判断します。マニュアル化が難しい作業ですが、逆にそこが魅力だとも思っています」

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製鉄時、炉内は1300度近くになる Photo: courtesy of 平田鍛刀場

 だからこそ毎回、真剣に向き合いながら経験を積み、探究し続けていくことが要となる。

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西洋の剣と日本刀の違いとは?

 「こうして自分たちの手で玉鋼を製鉄するからこそ、目指している日本刀に近づけることができる」と話すのは祐平氏だ。

 「日本刀には千年以上の歴史があります。江戸時代、泰平な世になると装飾的な要素が強い日本刀が作られるようになりましたが、私は本来の機能性を追求したものを制作しています。機能性が高いものには独特の美しさがあります」

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刀工の平田祐平氏(左)とのどか氏

 日本刀は武器として発達したもの。鋭い切れ味を誇る殺傷能力が高いものだと思われているが、祐平氏は異議を唱える。

 「私は守備能力が高い武器だと考えています。本当に殺傷能力だけを追求するなら西洋の剣(つるぎ)のように、両刃でまっすぐな形をした直刀の方がいいはずです」

日本刀は自分の身を守るための武器

 しかし日本刀は、片刃で反りがある。

 「これは、攻撃よりも守備に重点を置いたから。立ち回りが良く、鉄砲の弾や弓矢、やりから身を守るには最も優れています。しかも逃走時に邪魔になりにくい。日本刀は自分の身を守ってくれる、とても洗練された武器だと思います」

 西洋の剣との違いは、外国人にとっても興味を引くテーマだ。平田鍛刀場は、SNSでも積極的に発信し英文も添える。その甲斐もあり、最近は受注の9割は、欧米を中心にした海外からだという。

 「見学や体験会参加者も増えています。海外からの観光客が多い東京にあることで、ここ青梅まで足を伸ばしてくださるんだと思います」

 豊かな自然に囲まれた平田鍛刀場までの道のりは、都心とは異なる東京の魅力を感じる体験にもなるようだ。

 「刀工から今回はいいものができたね、と言われても自分では満足していないことが多い」というのどか氏と、「日本刀の文化を伝えていきたい」という祐平氏は、これからも二人三脚で、東京から日本の伝統工芸を発信し続ける。

平田のどか

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平田鍛刀場代表。刀工である平田祐平氏とともに2019年に平田鍛刀場を開場。村下としてたたら製鉄を担当する。平田鍛刀場は、2023年にワールドツアー上映した『鬼滅の刃 上弦集結、そして刀鍛冶の里へ』の効果音収録にも協力。
取材・文/今泉愛子
写真/穐吉洋子