よりよい未来を目指して、細胞培養コーヒーがSusHi Tech Tokyo 2025に登場

Read in English
 気候変動の脅威によって農業のあり方が変化する中、イスラエルを拠点とするスタートアップ企業Coffeesaiは、細胞培養技術を用いた農業により、豆も農場も森林伐採も必要としないコーヒー生産を行っている。
Coffee cup.jpg
従来のコーヒーの味と香りを再現したCoffeesaiの細胞培養コーヒー Photo: courtesy of PLURI

次世代のコーヒー生産

 食のイノベーションの最先端を行くCoffeesaiは、世界で最も愛されている飲料の一つであるコーヒーに挑戦している。気候変動が現在のコーヒー産地の半分を脅かし、コーヒー産業が水不足、労働力不足、森林伐採という問題に直面する中、このイスラエルのスタートアップ企業は、まったく新しいコーヒー生産の方法を打ち立てようとしている。三次元細胞培養技術を用いて、実験室の中で植物細胞からコーヒーを培養し、環境に負荷をかけることなく、本物の香りや味、口当たりを実現しているのだ。

 世界的な気温の上昇と耕作可能地の減少により、毎日10億人を超える人々が楽しんでいるコーヒーには、不確実な未来が待ち受けている。現在アラビカ種を栽培している地域のうち、最大50%が30年以内に栽培不適になるという試算もある。その一方で、従来のサプライチェーンは水や労働力、そして脆弱(ぜいじゃく)化する生態系に大きく依存している。

 SusHi Tech Tokyo 2025で、イスラエルのバイオテック企業Coffeesaiは、豆ではなく植物細胞から育てた本物のコーヒーという大胆な選択肢を提案した。「私たちの挑戦は、『従来の農業に伴う環境コストなしにコーヒーを楽しむことはできないだろうか』という、シンプルでありながら力強い問いから始まりました」とCoffeesaiのCEOアミ・ヘルマン氏は話す。

 2024年11月にCEOに就任したヘルマン氏は、ハイテク業界で数十年にわたって培ったリーダーとしての経験を、このベンチャーに活かしている。彼の指導の下、Coffeesaiはコーヒー本来の香りや口当たり、文化的な意味合いを損なわずに、コーヒー生産による環境への影響を軽減することを目指し、細胞培養技術を用いた新しい農業を開拓している。

coffeesai cell-based coffee.jpg
植物細胞の培養によって作られたCoffeesaiのコーヒー Photo: courtesy of PLURI

テクノロジーが生み出す培養コーヒー

 Coffeesaiのイノベーションの中核を成すのが、再生技術分野で20年以上の実績のあるバイオテクノロジー企業Pluriと共同で開発した独自の三次元細胞培養プラットフォームである。この手法により、管理され構造化された環境の中でコーヒーの細胞を培養し、農地を使用せずに、抽出したコーヒーの化学的・感覚的特性を再現することができる。

 従来の二次元細胞培養とは異なり、この三次元方式は風味化合物の生成と生産規模の拡張性に優れている。「これはゲームチェンジャーです」とヘルマン氏は説明する。「豆も農地も複雑なサプライチェーンもなしに、本物のコーヒーの香りや味、口当たりを再現する成分を作り出すことができるのです」

 コーヒーの葉から採取した細胞を使用した、わずか3週間のバッチ培養1回で、コーヒーの木1,000本分を生産できる。Coffeesaiによると、このプロセスでは、従来の方法に比べて水の使用量も98%削減できるという。

 その結果生まれるのはコーヒーの代替品ではない。実験室で栽培されているが、コーヒーの木そのものに由来する、本物のコーヒーである。

持続可能なコーヒー生産拡大への課題

 初期のテストは潜在的なパートナーの関心を集めているが、Coffeesaiはまだ発展途上であるとヘルマン氏はすかさず強調する。「当社は製品と生産プロセスを最適化し、味、香り、均一性という点でさらに高い品質を目指している段階です」と彼は言う。「期待に応えるだけでなく、期待を超える培養コーヒー体験をお届けするのが目標です」

 新しい食品、とりわけ細胞培養を用いた産品の商品化には、今なお発展途上の規制の枠組みに対応することが必要である。Coffeesaiは、食品安全当局と連携し、法令順守と消費者に対する透明性の確保に積極的に取り組んでいる。

 もう一つのハードルはコストである。多くのバイオテクノロジーのイノベーションがそうであるように、初期の生産には多額の費用がかかる。しかし、ヘルマン氏は楽観的だ。「当社の技術がもっと大規模に展開するようになれば、生産コストは大幅に減少すると見込んでいます。私たちは消費者の信頼を得るために、透明性のあるコミュニケーションと協業に注力し、パートナーと連携して市場参入戦略の効率化を図っています」

 同社の戦略の一つに、科学者、規制当局、他のスタートアップ企業との開かれた関係の構築がある。「これは、食料生産のあり方を変える素晴らしい挑戦です」と彼は言う。

ST_3.jpg
SusHi Tech Tokyo 2025で、持続可能なイノベーションについての見解を語るCoffeesaiのCEOアミ・ヘルマン氏 Photo: courtesy of Coffeesai

東京の重要性

 CoffeesaiのSusHi Tech Tokyo 2025への出展は、未来志向のフードテックのハブとして東京の地位が高まっていることを物語っている。世界的なイノベーションの中心地を目指す大きなビジョンの一環として、東京都はフードテックを重点分野に位置付け、最先端のスタートアップ企業や投資家が集まるSusHi Tech Tokyo 2025のような場を提供している。

 「東京は伝統と革新が見事に共存する都市です」とヘルマン氏は言う。「テクノロジー、デザイン、優れた食の世界的なハブであり、食の未来を紹介するのにうってつけの場所です。東京のエネルギー、緻密さ、新しいアイデアを積極的に受け入れる姿勢には本当に感銘を受けます。おまけに、東京には、コーヒー好きにはたまらない最高のカフェが数多くあります」

 Coffeesaiは、東京を単に有望な市場と見ているだけでなく、より広くアジア太平洋地域への進出を目指す上で戦略的に重要な出発点と捉えている。「SusHi Tech Tokyo 2025のようなイベントは、当社の認知度を高めるとともに、協業や投資につながる貴重な機会です」とヘルマン氏は述べる。「そうしたイベントと助成金やパイロットプログラム、官民連携などさまざまな形の公的支援とが相まって、新しいビジネスの普及と拡大を促進するエコシステムを形成しています」

 Coffeesaiはこのイベントへの参加を通じ、世界の食のシステムを変えたいというビジョンを共有する先進的な消費者や研究者、潜在的な協力者との関係構築を目指している。

今後の展望

 今後、Coffeesaiは製品ラインナップを拡大し、風味の特性を改良していく予定である。アジア、欧州、北米市場はすべて視野に入れている。研究面では、引き続き植物細胞生物学を探求し、持続可能な食品開発における新たな応用の可能性を開くことを目指す。

 「今回の出展を通じ、戦略的なパートナーシップを構築し、未来を考える消費者との関係を築くとともに、投資家や協力者の皆さんに関心を持っていただきたいです」とヘルマン氏は話す。

 持続可能なフードテックへの支援や関心の高まりを受け、Coffeesaiは、より広範な市場での普及に向けた明確な道筋を描いている。気候変動により従来の農業を維持するのが困難になる中、人々が愛してやまない食品をどこでどのように生産するかを考え直す多くの試みが生まれている。その一つがCoffeesaiの事業であり、同社は、一つの植物細胞からコーヒーの未来を切り開こうとしているのである。

アミ・ヘルマン

Ami_Herman.jpg
 2024年11月、CoffeesaiのCEOに就任。ハイテク業界で培ったリーダーとしての幅広い経験を活かす。BWTロボティクス・プール&スパのゼネラルマネージャー、CoreFlowのCEOを歴任。半導体、エレクトロニクス、フラットパネルディスプレーなどの業種でのキャリアを積む。グローバルチームや複数の市場での戦略的パートナーシップを主導し、イノベーション主導型企業の事業拡大における知識と経験で知られている。

Coffeesai

https://coffeesai.com/
*英語サイト

20250716120511-ac82b05558b3ad886c1cbfae24f9f02fb33cbf47.png

Sustainable High City Tech Tokyo = SusHi Tech Tokyoは、最先端のテクノロジー、多彩なアイデアやデジタルノウハウによって、世界共通の都市課題を克服する「持続可能な新しい価値」を生み出す東京発のコンセプトです。
SusHi Tech Tokyo | Sustainable High City Tech Tokyo

取材・文/ジェーン・スミス
翻訳/喜多 知子