国境を越え、世界が踊る。盆踊り大会が挑む、伝統と革新

生演奏と多様な楽曲で広がる盆踊りの輪
中野駅前大盆踊り大会は、2013年に鳳蝶氏が立ち上げ、今年で13回目を迎える。最大の特徴は生演奏だ。和楽器による生演奏で踊る盆踊りは東京では珍しく、鳳蝶氏が大学時代に研究した岐阜県の郡上おどりから強い影響を受けて始まったという。30夜以上にわたって踊る郡上おどりのような熱気を生み出したかったと、鳳蝶氏は語る。
「東京で生演奏の盆踊りはほとんどありませんでした。東京音頭も中野音頭も踊れる人が少ない。そうした現状を変えるため、伝統曲に加え、Perfumeやきゃりーぱみゅぱみゅなどの楽曲をプロデュースした中田ヤスタカ氏が手がけた楽曲など、ポップスを取り入れた挑戦を初年度から行いました」
さらに鳳蝶氏は、海外の楽曲も積極的に取り入れ、古典的な振り付けを現代のビートに乗せる手法を確立。踊りは伝統の形を崩さず、わずかに手拍子の数を調整するなどして新旧をつないできた。
「古典の振りを知らない人でも踊れる仕掛けをつくることで、盆踊りへの間口を広げたいと思ったんです。なぜなら、踊り方を覚えるハードルが高いと参加する人が限られてしまいますし、盆踊りはそもそも誰でも輪に入れる文化。初めての人でもすぐ溶け込めるようにしたかったんです」

「盆ジョヴィ」誕生とSNSでの大反響
同大会を世界的に知らしめたのが、アメリカのロックバンド、ボン・ジョヴィの楽曲で踊る「盆ジョヴィ」だ。2018年、日本のレコード会社からの要望で取り入れた「ディスコ盆踊り」がきっかけだったという。
「実は、ディスコ盆踊りの進行が予定より早く進み、当初の予定になかったボン・ジョヴィの『Livin' on a Prayer』を急きょ流すことになったんです。楽曲が流れ始めたその瞬間、会場は熱狂に包まれ、輪の中で踊っていた私もこれはとんでもないことになるという予感がしました」
SNSではその様子が瞬く間に拡散され、X(旧Twitter)で数万件のリポストを記録。後日、ボン・ジョヴィの公式アカウントからも反応があり、大会は一気に注目を浴びた。
「後にわかったことですが、偶然にも『Livin' on a Prayer』のサビ前のリズムと、盆踊り特有の『ちょちょんがちょん』というリズムがシンクロし、伝統舞踊の動きと洋楽が奇跡的に融合していたんです。それが当日、盛り上がった要因として大きいかもしれません。この盆ジョヴィ以降、同大会の集客のフェーズが一変しました」
実際、翌年以降の来場者は数万人規模に膨れ上がり、国籍も多様化。コロナ禍の影響を受けたこともあったが、2024年には約75,000人が来場した。
Movie: Tokyo Lonely Walker
ギネス挑戦、文化の未来へ
同大会はさらなる挑戦を続ける。2024年には「SEKAI TO BON-ODORU」と題し、東京音頭を世界同時に踊る試みでギネス世界記録に挑戦。目標は50か国以上の参加だったが、惜しくも26か国・2,453人で記録達成はならなかった。
「ギネス達成はできませんでしたが、中野区は約120か国の外国人が居住している街。参加してくださった外国人の方々の姿から、多様性の街としてのポテンシャルを感じました」
鳳蝶氏が特に印象的だったのは、支援団体から紹介されて参加した難民の人たちが浴衣や甚平を身にまとい、涙を流して楽しんでいた光景だという。
「盆踊りが世界の共通言語になり得るということを実感しました。国や文化が違っても、音楽と踊りがあれば、笑顔で一つの輪になれる。その瞬間を現場で見られたことは、私にとって大きな希望でした」

伝統と革新をつなぐ盆踊りの力
盆踊りは、お盆の時期に先祖の霊を迎え、供養するために行われるという由来を持ちながら、現在では娯楽的な要素も加わり、地域のお祭りとして親しまれている。行けば誰でも輪に加われる気軽さが魅力で、洋服のままでも参加でき、踊り方も見よう見まねで十分だ。海外ではまだ盆踊りが知られていない地域も多いが、異なる文化背景を持つ人々が一つの輪になれる可能性を秘めた場でもある。
そうした開かれた盆踊りの魅力を、鳳蝶氏は「自己解放」や「地域コミュニティの再生」という視点からも強調する。
「盆踊りは本来、労働から解放され、みんなで集い、楽しみながら踊る文化。だから国籍にとらわれることはありませんし、クラブカルチャーやポップカルチャーの要素を取り入れて楽しむのは自然なことだと思います」

東京という都市の特性を活かし、全国各地の伝統文化や世界の音楽を融合させる取組は、鳳蝶氏にとっては「庶民ができる最大のエンターテインメント」だという。
「最終的には国立競技場での盆踊りを目指しています。多様な文化が集まる東京だからこそ、異なる国や地域のリズムと踊り方を自然に取り入れられるし、それぞれが持ち寄った文化を尊重し合い、一つの輪をつくれる。そんな東京だからこそ実現できる盆踊りがあると思っています」
盆踊りは、ただ音楽を聴くだけでなく、太鼓の響きを全身で感じ、周りの人と息を合わせ、笑顔を交わすことで楽しさが増していく。視覚も聴覚も、肌で感じる熱気もすべてがそろって初めてその醍醐味を味わえる。だからこそ、鳳蝶氏はこう呼びかける。
「馴染みがない人にも、全細胞で楽しんでほしいです」
伝統と革新の狭間で生まれる新たな盆踊りが、今年も中野の街を熱気で包み込むに違いない。
鳳蝶美成(あげは・びじょう)
写真/穐吉洋子