宇宙技術が日常を変える。東京発スタートアップが挑む未来のアパレル

 宇宙で汗をかく。そんな極限環境のために開発された技術が今、東京発のスタートアップによって日常着へと応用されている。JAXAと東レ株式会社が共同開発した宇宙技術をベースに、「過剰なほどの機能性を持つTシャツ」として話題を呼ぶ「MOON-TECH®」。その開発・製造を手がけるのが、東レグループから出向起業という形で独立したMOONRAKERS TECHNOLOGIES株式会社代表の西田誠氏だ。宇宙技術への思いや東京発スタートアップの挑戦について聞いた。
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「技術の価値を、正しく届けたい」と、MOONRAKERS TECHNOLOGIES代表の西田氏

宇宙飛行士の汗問題から生まれた発想

 宇宙で深刻な課題の一つが「汗」である。無重力下では洗濯もシャワーもできず、運動後の汗は肌にへばりついたまま。ある意味、宇宙飛行士は「世界で最も汗に悩む人」だ。こうした環境に対応するため、JAXAと東レが共同で開発したのが特殊な消臭・防汚技術。西田氏はその技術を「MOON-TECH® 」Tシャツに応用し、日常生活の中に落とし込んでいる。

 「宇宙技術をいかした消臭・防汚に加えて、吸汗速乾、汗ジミ防止、皮脂除去、抗菌、透け防止、UVカット、防シワ、高耐久など、これでもかというぐらいの機能を全て現時点での最高レベルを目指して詰め込みました。僕たちが目指すのは、宇宙技術も含め、日本が世界に誇る先端技術を服に搭載することで生まれる未来の生活です」

 「MOON-TECH®」 Tシャツは、高レベルな消臭性能で、汗の主成分であるアンモニア臭を大幅に低減。さらに、皮脂やコーヒー、カレーなどのしつこい汚れも水洗いで落とせる強力な防汚性を備える。「着続けても匂わない」「しつこい汚れもするりと落ちる」といった声がユーザーから相次ぎ、その圧倒的利便性から熱狂的な反応を得ているという。

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JAXAと東レが共同開発した宇宙技術をはじめ、12個もの高い機能性を搭載する「MOON-TECH®」 Tシャツ

技術の価値を届けるため、大企業から独立

 西田氏は大手総合化学メーカーの東レ出身。ユニクロとの取組のきっかけとなった飛び込み営業や、素材だけでなく縫製品まで製造する新規事業の立ち上げに成功するなど数々の実績を残し、2023年に企業に籍を置いたまま新会社を立ち上げられる、経済産業省の「出向起業」の補助金制度なども活用して同社を設立した。その背景には、素材開発の最前線で抱き続けた課題意識があった。

 「世界中のアパレル企業と話してきましたが、どこも『高い素材は買えない』『素材では売れない』と口をそろえて言うんです。どれだけすごい技術でも、市場に出なければ意味がない。だったら自分で届けるしかないと思いました」

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「評価されない技術への思いが起業の原動力になりました」と西田氏

 市場に埋もれていく技術を数多く目の当たりにしてきた西田氏には、強いモヤモヤがあったと言う。

 「いいものがあるのに、世の中に出せない。それがずっと悔しかったんです。本当に優れた技術が、正しく評価される社会であってほしい。そんな思いが起業という道を選ぶ理由になりました」

 価格が優先されがちな既存のアパレル流通では、技術の価値は届きにくい。新しい仕組みや届け方を模索しなければ、技術は埋もれてしまう。そこで西田氏は、クラウドファンディングなどを活用し、必要な分だけを受注生産するビジネスモデルを採用。販路を自ら切り開いてきた。こうした挑戦を支えるのが、スタートアップならではのスピード感だ。

 「大企業では、新規事業を立ち上げるのに必要な数多くの決定事項に対し、一つの稟議に数週間、経営会議を通すのに数カ月かかることもあります。しかし、スタートアップなら意思決定は一瞬で行えます。こうしたスピード感が、最新技術をすばやく社会に届ける原動力になっています」

支援制度が後押しする新規事業

 西田氏は、東レの後押しを受けながら、経済産業省の出向起業支援や、東京都のスタートアップ支援などの機会を活用してきた。こうした公的サポートの存在は資金面だけでなく、認知拡大や連携機会の創出にもつながっている。

 例えば、民間企業に眠る人材や知財、技術などを活かしてイノベーションを起こす東京都の新事業創出支援「GEMStartup TOKYO」もその一つだ。

 「理想を追うにも、現実を動かす力が必要です。東京都や経済産業省の支援は、その現実を支える仕組みだと思います。日本の大企業が動けば、日本は変わる。挑戦にはリスクがあるけれど、やってみなければ何も変わりません。大企業の中にいてもやれることはありますが、どうしてもスピード感はでにくい。公的なサポートなどもフルに活用し、スタートアップの世界に飛び出すことで、新しい挑戦に踏み出しやすくなると思います」

「快適さ」でQOLを変える、東京発スタートアップの挑戦

 同社では都市と地方を行き来しながら、事業を運営している。それは地方の作り手と都市の使い手をダイレクトに繋ぐためのもの。日本各地のモノづくり企業ととことん話し込み、その素晴らしさをユーザーに正確に知ってもらう。その技術が未来の生活を変えることを、徹頭徹尾伝えきる。その結果、高価格帯の商品にも関わらず、価格以上の価値を感じる顧客のリピーター率は高く、「このTシャツ1枚で生活が変わる」という声も多い。

 「これからは、快適さが都市のQOLを左右します。特に東京の夏は、気温・湿度・人が密集するエリアもあり、まさにそうした過酷な環境でも快適さを保てるかの試金石となります。また、東京は日本で最もユーザー(使い手)の多い街であり、そこから確かなニーズを確認できる街でもある。だからこそ、ここで実証された技術を、世界へと展開していきたいと考えています」

 今後は、海外展開や一般衣料に留まらない過酷な環境で働く方々向けのユニフォーム用途など、他分野への技術転用も視野に入れる。技術ベースのアパレルブランドとして、同社は東京から世界へと歩みを進めている。

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Tシャツのほか、ジャケットやパンツなどのアイテムも開発している

西田誠

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1993年東レ株式会社に入社。20代で当時の最新の先端素材であるフリースの新規事業に挑戦。ユニクロへ飛び込み営業し大型受注を獲得。その後2度目の新事業として、素材から縫製品までサプライチェーンを延伸し、短期間で大きな事業拡大を達成した。2020年より3度目の新事業として、東レグループ初のD2C事業「プロジェクト"MOONRAKERS"」を立ち上げ。2023年、東レの後押しも受け「出向起業」制度を活用し、MOONRAKERS TECHNOLOGIES株式会社を創業。2024年には大企業の新規事業を顕彰する「日本新規事業大賞」での大賞受賞をはじめ、多くのアワードにノミネートされるなど、現在大きな注目を集めている。

MOONRAKERS TECHNOLOGIES株式会社

https://moonrakers.jp/
取材・文/船橋麻貴
写真/藤島亮