呼吸器疾患の患者を助けたい。シンガポールのスタートアップの取組

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 5月8日~10日に東京ビッグサイトで開催されたSusHi Tech Tokyo 2025には、世界中から革新的なスタートアップ企業が集まった。その中に、シンガポールのメドテック企業、Aevice Healthがあった。同社は、共同創業者兼CEOのエイドリアン・アン氏の経験を生かして、呼吸器の健康状態を継続的にリモートでモニタリングできる新しいスマートウェアラブル聴診器の技術を開発した。
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スマート聴診器のAeviceMDは、胸に装着するウェアラブルセンサーで、スマートフォンなどのデバイスに無線でデータを送信し、医療提供者にデータを共有できる

個人の体験が医療のイノベーションになるまで

 エイドリアン・アン氏がデジタルヘルステクノロジーに興味を持つようになったきっかけは、小児ぜんそくの経験にある。シンガポールで育ったアン氏は小児ぜんそくを患い、救急病院を訪れることもあった。「その間、両親が心配しているのがよくわかりました。それがこの会社を始めようと思った本当のきっかけです」とアン氏は言う。

 ぜんそくが良くなってからも、アン氏は現在どのように患者の症状をモニターしているのかを知りたいと考えた。「最後の発作から20年以上になりますが、ぜんそくの検査、治療、診断の方法はあまり変わっていません。いまだに、クリニックで医師が聴診器で胸の音を聞いて判断する場合がほとんどです」

 シンガポールのスタートアップであるAevice Healthは、装着したまま快適に眠れるほど小さなスマート聴診器、AeviceMDを開発した。肺の音を聴きバイタルサインを得るウェアラブルセンサーを胸に貼ると、データがリアルタイムで確実にクラウドへ送信される。医療提供者や介護者は、ネット接続のプラットフォームを通じてクラウドのデータにアクセスできる。

 その時々で切り取ったデータしか得られない従来の聴診器と異なり、AeviceMDは患者の自宅で継続的にリアルタイムで呼吸器の健康状態をモニタリングする。同社は、このデバイスが患者自身だけでなく、病院の外では症状を十分に把握しきれないことも多い介護者の安心につながることを願っている。

 AeviceMDは医師の代わりではなく、医師を補佐するものだとアン氏は強調する。「患者の状態が時間と共に改善しているか、悪化しているかを判断するための情報が医師には不足している場合があります。そこで、早期の医療介入をサポートし、適切に治療を調整できるようにして、再入院の可能性を下げるため、客観的なデータを継続的に提供します。これは本当に再入院の負担を軽減してくれます」

子どもから高齢者まで、治療の範囲を広げる

 Aevice Healthは、世界に舞台を移そうとしている。AeviceMDは、アメリカ食品医薬品局から3歳以上の患者への使用について認可を受け、すでに米国の家庭で使われている。米国で最大級の非営利学術医療センターで、Aevice Healthへの投資も行っているロサンゼルスのシダーズサイナイ医療センターなど、一流医療機関にも採用されている。

 AeviceMDは、当初ぜんそくの子どものために開発されたが、現在はCOPD(慢性閉塞性肺疾患)などの呼吸器疾患を患う成人にも使われている。

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AeviceMDは患者が自分の症状を管理するために役立ち、高齢者の在宅支援など、患者中心のソリューションに新たな可能性を提供する

 「現在、世界の二大呼吸器疾患はぜんそくとCOPDです。まさに私たちがこの技術のターゲットとしている分野です」とアン氏は指摘する。

 高齢の患者は、同社が次に進出しようとしている日本の重点分野でもある。AeviceMDは、高齢者が住み慣れた場所で暮らすことをサポートする、拡張性のある患者中心のソリューションを提供する。日本は世界でもとりわけ急速に高齢化が進み、医療システムへの負担が増大している。

 「私たちの使命は、ウェアラブル技術を使って、患者さんが尊厳をもって年を重ね、自宅で快適に暮らせるようにする方法を考えることです」とアン氏は言う。「私たちの戦略の一つは、高齢者サービスに価値を与えたり、価値を高めたりする方法を見いだすことです」

SusHi Tech Tokyoが日本進出の道を開く

 何度か東京を訪れたことがあるアン氏は、いつもこの都市の効率とインフラに感銘を受けてきた。しかし、そうした実際的な魅力のほかに特に際立っているのが、東京のパートナーや投資家の間に見られる協力精神だ。現在、Aeviceの株主の中には、東京の投資家が3社あり、そのうちの1社がエー・アンド・デイである。また、最近、日本で自社の技術に関する特許を取得した。 

 アジア最大級のイノベーションカンファレンスであるSusHi Tech Tokyoは、Aeviceにとって貴重な機会になったとアン氏は話す。初めて参加したのは2023年だが、多様なオーディエンスと接し、現在の日本でのコラボレーションに直接つながる関係を作る重要な機会となった。「私たちのブースには本当に素晴らしい人々が訪れ、私たちもとても興味深い企業やテクノロジーを見ることができました」とアン氏は振り返る。

 この時の有意義な体験の影響で、Aeviceは今年5月に再び、アン氏の言う「より集中的なアプローチ」を携えてSusHi Tech Tokyoのため東京に戻ってきた。今回の目的は、国内規制当局の承認を促進し、自分たちの技術をさらに日本市場に適応させる方法を探ることである。「私たちのソリューションの拡大を支援し、市場への参入をサポートし、今後の投資に参加することに関心を持つ戦略的投資家とぜひ協働したいと考えています」

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展示中のAeviceMD。現地パートナーとの強い結束に支えられ、Aevice Healthは日本にこの技術を広めていきたいと考えている

 日本はAeviceにとって、英語圏以外では最初の進出先である。アン氏は、シンガポールのチームと東京のパートナーの双方にお互いの言葉が話せるメンバーがいることを幸いに感じており、AIによる翻訳ツールもコミュニケーションを支えている。さらに、アン氏は日本における関係づくりの基礎として、相互の強い信頼感を挙げる。

 「私たちはよく似た価値観を共有しています。例えば、透明性と誠実さをもってビジネスを行いたいと考える点です。このような共通の価値観があるからこそ、私たちは日本のパートナーを信用できるし、彼らも私たちを信用してくれるのだと思います。イノベーションを起こして生活を良くしたいという熱意も共有しており、そのため一層このコラボレーションが有意義なものになっています」

 アン氏は、いつも人を中心とすることを忘れずに、この技術を拡張してより広範囲の呼吸器疾患に対応したり、他のデジタルヘルスソリューションと統合したりすることを構想している。「私たちの目標は、医療提供者や医療制度と連携して、継続的かつ予防的なケアによって患者の状態を改善する方法を積極的に模索することです」

エイドリアン・アン

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シンガポールのメドテック企業、Aevice Healthの共同創業者兼CEO。小児ぜんそくの個人的な経験をきっかけにAevice Healthを共同設立し、世界最小のスマートウェアラブル聴診器、AeviceMDを開発した。自己装着用に設計されたAeviceMDは、院外で継続的な呼吸状態のモニタリングを可能にし、患者と医師がリアルタイムに状況を把握できるようにする。

Aevice Health Pte Ltd.

https://www.aevice.com/
*英語サイト

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Sustainable High City Tech Tokyo = SusHi Tech Tokyoは、持続可能(Sustainable)な都市を高い技術力(High Technology)で実現することを目指し、都市課題解決への挑戦や東京の多彩な魅力を国内外に発信する東京発のコンセプトです。
SusHi Tech Tokyo | Sustainable High City Tech Tokyo

取材・文/橘高ルイーズ・ジョージ
写真提供/ Aevice Health Pte Ltd.
翻訳/伊豆原弓