クリーンな未来への投資:東京に目を向けるベンチャーキャピタリスト

サステナビリティの形はさまざま
Pangaea Venturesは、25年間にわたり、産業界に変革を起こし地球を健全化する材料、化学、生物学などの知的財産権を中心としたテクノロジーを持つ企業に投資してきた。2006年からPangaea Venturesのパートナーとなっているアンドリュー・ハイエン氏は、サステナビリティにはさまざまな形があると理解している。「サステナビリティは広い意味を持つ言葉です。健康、サステナビリティの視点に立った先進的な製造業、そしてもちろん脱炭素化など、多くの分野に注目するケースがあります」
Pangaea Venturesの幅広いポートフォリオには、脱炭素化に力を入れる膜ソリューション企業のArdent社、より安全で持続可能な殺虫剤を開発したVestaron Crop Protectionsy社、極めて重要な半導体製造プロセスに革命をもたらすChEmpower社などのグローバル企業が含まれる。Pangaea Venturesはこれらの企業に投資することにより、気候、土地、人にとって健全な世界をつくりたいと考えている。
この目標を実現するには、効率的なハードテックに投資する必要があるとハイエン氏は言う。「私たちは、経済的なソリューションを求めています。より持続可能というだけでは十分ではなく、世界をより効率的にするために役立つことが必要です。ハードテックを社会実装するには、経済的なソリューションでなければならないのです。私たちは、このような機会を生む企業に的を絞っています」
サポートの強化が投資家を呼び込む
東京都による資金拠出とサポートの大幅な増加により、海外企業が進出する機会が拡大している。Pangaea Venturesは以前から日本の大企業と協力関係を築いてきたが、最近、都が持続可能なスタートアップテクノロジーを推進していることから、東京にアジア初のオフィスを開設することを決めた。
ハイエン氏は、「東京には、私たちの投資対象となりそうな、興味深い持続可能なスタートアップが増え始めています。日本に以前から持っている強力なネットワークや人脈も考えて、東京はアジアにおけるプレゼンスを確立するのに最適な場所だろうと考えました」と語る。
日本市場に進出する際、同社は金融系外国企業重点分野支援補助金(グリーンファイナンス外国企業進出支援事業)による支援を受けた。これは、グリーンファイナンスに取り組む外国企業を支援する都のプログラムである。「ベンチャーキャピタルは、たいてい小規模な組織です。オフィス開設に必要なノウハウや初期コストに対応するリソースもありません。このプログラムは、事業計画にあたり私たちが不慣れな多くの側面を支援し、東京で円滑にスタートを切れるよう資金面でサポートしてくれました」とハイエン氏は説明する。

同社はさらに、ベンチャーキャピタルのエキスパートである野中さゆり氏をアジア担当ディレクターとして迎え、同氏のこの業界における長年の経験と、日本のスタートアップやその最近の発展に関する知識を取り入れている。野中氏は「ここ10年で日本のスタートアップのエコシステムは大きく成長しました。この間に、スタートアップに対する資金拠出が10倍に増加しました」と説明する。
スタートアップのエコシステムが急成長しているだけでなく、日本のイノベーションの強みはハードテックにあると野中氏は考えている。まさにPangaea Venturesの専門分野だ。「日本はハードテック、特に材料の分野で世界をリードするイノベーションと特許活動で際立っており、その点がエコシステムの中で戦略的重点分野となります」と言う。2023年の調査によると、世界の特許出願件数において日本は第3位だった。「これらすべてを考慮し、日本は成長が期待される市場であり、日本のスタートアップに投資し始める好機だと考えています」
これから開花するグリーン市場
ベンチャーキャピタルは自分たちの殻に閉じこもって完結するものではない。企業に投資するということは、企業を取り巻く環境を理解するということでもある。Pangaea Venturesから見て、東京はそのような環境を生み出しており、自分たちの目標にかなっている。
持続可能な成長は、世界をリードする金融センターになるという東京都の大きな目標の基礎になっている。前出の支援策やアジア最大級のスタートアップカンファレンスであるSusHi Tech Tokyoなどのイベントは、世界の重要なグリーン投資先としての東京の未来の地位を確立するものだ。野中氏は「ここ東京では、持続可能なスタートアップ企業に対し、資金援助を含めたさまざまなサポートがあり、しかもこのサポートは、日本企業だけを対象にしたものではありません」と話す。
G-NETS(Global City Network for Sustainability)などのプログラムは、東京とグローバル市場のつながりに重点を置き、世界全体に影響を与える問題に対応するため、国境を越えた関係とネットワークをつくろうとしている。また、都は日本へ来て東京のスタートアップエコシステムに参加したいと希望する海外のスタートアップも支援している。これはベンチャーキャピタルにとって良い兆しであり、「グローバルなスタートアップシーンを創出しようという東京都の協調的な取組は大変ありがたいと感じています」と野中氏は言う。

グローバルな主要都市の多くが、同様にスタートアップなどの企業が拠点を築くための資金面のインセンティブを提供しているが、野中氏は東京が多くの点で優位に立っていると考えている。「潤沢な資金を提供するグローバル市場もありますが、東京ほどテクノロジー開発が進んでいる、あるいは世界の主要テクノロジー企業が集中しているとは限りません。日本、とりわけ東京には、世界的に評価の高い企業や研究機関が他に類を見ないほど集まっています。東京は、新しいテクノロジーを導入し、スケールアップする力のある多くの大手企業の拠点となっています。このような深い技術的ノウハウと強力な商業化能力を併せ持つ東京は、イノベーション主導の投資先の候補として魅力があります」
関係づくりと成長は連動する
Pangaea Venturesが東京に進出する数年前、ケンブリッジ・イノベーション・センター(CIC)が東京に拠点を開設した。ワーキングスペース、サポート、膨大なネットワークづくりの機会を提供するCICは、多くの企業のホームとなっており、Pangaea Venturesにとっても最初の拠点となった。「CICは、東京のスタートアップエコシステムの中で私たちの存在を広めるにあたって本当に力になりました。おかげでこの分野の多くのプレーヤーとつながりができ、私たちにとって大きなプラス要因になりました」と野中氏は話す。
その後、会社は移転したが、CICの環境エネルギーイノベーションコミュニティ(E&Eコミュニティ)にVCパートナーとして参加している。野中氏は、「E&Eコミュニティは私たちの活動と重なる部分が多く、コミュニティのメンバーには協力パートナーの候補となる企業もあるため、私たちが一員になりたいと考えるのは自然の流れです。スタートアップや協力パートナーの候補を探すのにも役立っています」と言う。Pangaea Venturesにとって、東京でこれほど多くのスタートアップを支援する場とつながりを持てるのは価値あることだ。
東京に拠点を開設して1年余りとなるPangaea Venturesは、エコシステムを分析し、次の段階へ進む準備を整えることができた。野中氏は次のように語る。「東京オフィスを開設した当初は、日本でどのように投資するかについて、はっきりしていませんでした。その後、どのような方法が最適かという戦略と投資テーマを策定してきました。一番重視しているのは、スタートアップの世界進出の支援です。日本で一定の成功を収めており、次のステップに移ろうとしているミドルステージのスタートアップに重点を置いていきます」
アンドリュー・ハイエン氏(左)、野中さゆり氏(右)
Pangaea Ventures
https://www.pangaeaventures.com/写真/井上勝也
翻訳/伊豆原弓