スウェーデンから日本に帰化した庭師が感じる東京の緑、自然、庭園の魅力

 スウェーデンの小さな町で生まれ育った少年が日本、その歴史に興味を持ち、憧れが募って移住を決意。やがて庭師という仕事にめぐり合い、ついには帰化まで果たした村雨辰剛(むらさめたつまさ)氏。東京という都市ならではの緑、自然の魅力や大切さ、そして庭園の可能性について聞いた。
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港区の名勝に指定されている国際文化会館の庭園にて

庭師こそ天職

 中学生の頃に読みあさった歴史本で日本史に興味をもち、とりわけ戦国時代の武将、上杉謙信に惹かれたという村雨氏は、その理由をこう説明する。

 「武田信玄と雌雄を決する戦いの中、自分が不利な状況でも背後から攻めるような卑怯なことはしない、信玄が困ったときは敵なのに塩を送る、そして信玄が死ぬと涙を流して悲しむ。これこそが武士道といわれる真のサムライの姿かと感動したのです」

 自身の町、国、欧州とはまるで違う独特の文化があるのではと期待がふくらみ、日本の文化に触れたい、溶け込みたいとの思いが強まり、高校卒業と同時に一大決心で日本への移住を決めた。

 「仕事を探すにあたって、やはりできるだけ日本の本質に近づけるもの、日本固有の歴史と伝統に触れられるもの、そして親方について学ぶ徒弟制度にも憧れがありました。いろいろ調べていくうちに庭師のことを知り、まさに日本庭園こそ武士の時代から続く日本ならではの文化に触れられる場なのでは、と思ったのです」

 はじめは短期アルバイトの繰り返しで、掃除など簡単な作業しかやらせてもらえない日々が続く。だが、日本ならではの樹木やその配置、それらを剪定(せんてい)し整え、岩や砂で独特の世界観をつくりあげる過程は、見るもの触れるものすべての要素が驚きの連続で、ワクワクし、圧倒される経験だった。

 「飛び込んだのがちょうど真夏。炎天下の作業で休憩の取り方もわからないため、初日は熱中症で倒れてしまいました。でも肉体的なつらさより達成感とやりがい、満足感、楽しさのほうが勝っていたし、続けていくうちに魅力が深まり、これはもう自分の天職だと思うようになっていました」

 親方に出会うたびに弟子入りを志願するも断られ続け、何人目かの親方に頼み込んでようやく弟子入りが叶う。そうして修行の日々を続けた5年後、26歳で日本に帰化した。

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「村雨辰剛」という名前は師匠からつけてもらったという

摩天楼に溶け込む自然という二面性

 現在は独立し、さらに俳優としてもテレビや舞台で活躍する村雨氏は、日本庭園の魅力をこう感じている。

 「日本庭園には自然そのものの美しさが詰まっています。もちろん狭くても広くても人間の手が加えられているのですが、自然の持つ力に少しだけ軽く手を添えて手伝ってあげているような感じ。とは言え人工的なところ、人間の作為をまったく感じさせず、自然のありのままの姿として見せてくれる。季節の変化をそのまま取り入れ、コケがむしていくさま、石の色の変化、樹木の幹の太さや枝葉の茂り具合などで時の移ろいを感じさせ、その場にたたずんでいるだけで目の前の自然と語り合えるように仕向けてくれている。これこそ日本独特の美意識である侘び寂びだと思うし、そういうふうに感じさせてくれるところは西欧の庭の考え方にはなく、僕は大好きです」

 とりわけ、東京という大都会の中の庭園には、ほかにない独特の魅力があるという。

 「一言で言うと、摩天楼の中に、自然に浸れる大小の日本庭園があるという二面性でしょうか。都心でもいたるところに神社仏閣があり、それぞれに歴史があり、自然も大切に守られている。さらに江戸時代から続く大きな庭園も多い。江戸の二大庭園と言われる六義園、小石川後楽園、それに浜離宮恩賜庭園もそう。また浅草寺の本坊である伝法院の庭園も僕は大好きです。ここは通常は一般公開していないのですが、特別公開の折に庭園内に入ると、枝垂れ桜や五重塔の奥に東京スカイツリーが見える。まさに東京ならではの二面性の意外さと美しさを楽しめるのです」

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モデルとしても活躍してきただけに、肉体の鍛錬も欠かさない Photo: courtesy of 株式会社ワイエムエヌ

庭師としてのチャレンジ

 日本に移住し、庭師として働くうちに村雨氏はより強く考えるようになったことがある。それは、母国スウェーデンで古くから大切に守られてきた慣習法「自然享受権」という考え方だ。

 「土地の所有者に迷惑や損害を与えない限り、他人の土地であっても野原や大邸宅の庭、あるいは森や山にも自由に出入りしてよく、木の実やキノコなども自由に採っていい。もともと自然は人が所有するものではなく共に分かち合い慈しむものであり、自然環境を享受する権利は誰にでも等しくあるのだという考え方で、これはスウェーデンの憲法で保障された権利なのです」

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庭師は天職だとの思いがますます強くなっている Photo: courtesy of 株式会社ワイエムエヌ

 村雨氏は、東京のような大都会でこうした権利を保障することは難しいけれども、自然を共に分かち合い慈しむという考え方自体は、ぜひ日本でも、東京でも育んでほしいと願うし、庭師として大切にしていきたい思いだとも考えている。

 「東京の場合、たとえば個人で庭をつくりたいと思っても、都心部だと土地が狭いこともある。でも、僕は庭師としてその少ない面積の土地にいかに自然を再現するか、増やしていくか、そして自分なりの世界観をつくりあげるかということに、これからもチャレンジしていきたいです」

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作庭の際には、人の手を感じさせないように、その上で自分の世界観を表現することが大切と考えている Photo: courtesy of 株式会社ワイエムエヌ

村雨辰剛

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1988年スウェーデン生まれ。来日してしばらくは語学講師として働き、23歳から庭師の修行を始めた。独立後、庭師と並行して俳優としてもデビュー。2021年NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』の米軍将校役、2023年大河ドラマ『どうする家康』の三浦按針役が話題に。2025年『シーボルト父子伝』ではシーボルト役で初舞台にも挑んだ。

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東京都は、100年先を見据えた"みどりと生きるまちづくり"をコンセプトに、東京の緑を「まもる」「育てる」「活かす」取組を進めています。
都民をはじめ、様々な主体との協働により、「自然と調和した持続可能な都市」への進化を目指しています。
https://www.seisakukikaku.metro.tokyo.lg.jp/basic-plan/tokyo-greenbiz-advisoryboard

取材・文/吉田修平
写真/藤島亮