東京で始まった、森林と都市をつなぐ森づくり

 面積の94%が森林からなり、古くから林業が盛んな地域として知られる奥多摩町を起点として、野村不動産グループの「森を、つなぐ」東京プロジェクトが進行中だ。どのようなプロジェクトなのか。サステナビリティ推進部の榊間綾乃氏に話を聞いた。
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奥多摩の森林(つなぐ森)で育った針葉樹からつくった家具 Photo: courtesy of 野村不動産グループ

東京に木が循環する仕組みをつくる

 「私たちは都市開発を手掛ける不動産デベロッパーとして、多くの木材を消費しています。企業としてこれからも存続、成長していくためには、社会的な責任を果たすことが必要だと考えたときに着目したのが、森林でした」

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「都内で豊富な森林を有する奥多摩町に提案することから始まりました」と語る榊間氏

 野村不動産グループでは当時「自然と都市の共生」をテーマに、自然の恩恵を都市部が一方的に享受するのではなく、都市部から地域に対し環境資源の保全や地域雇用の創出、活性化といった恩恵を、しっかりと地域に還元することで双方が共生していく持続可能な取組の可能性を模索していた。

 日本の森林課題の一つに、成長して利用期を迎えた人工林が林業の衰退とともに放置され、森林資源の適正な管理、活用ができていないことがある。

 野村不動産グループは、2022年に奥多摩町が保有する山林約130haを30年間継続して利用する権利を取得。ここを「つなぐ森」と名付け、森林経営を開始した。

 プロジェクトは、三つの柱を中心に進めている。一つ目は循環する森づくり、二つ目は生物多様性、そして三つ目が未来を創る人づくりだ。

 「奥多摩町の森林で育った樹木を、都市での事業活動に活用する計画を立て、順次実践しています。つなぐ森の木材を、2025年9月に開業した大規模複合施設BLUE FRONT SHIBAURA TOWER Sの共用部・専用部に使用しているのもその一例です。ランドスケープアプローチによって、東京の森林と都市部の共生を推進しています」

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BLUE FRONT SHIBAURA TOWER Sの共用部には、つなぐ森の木材を使用した内装が施されている

 森林や都市が抱える課題に個別にアプローチするのではなく、つなぐことでよりダイナミックな解決策を見いだすことができる。野村不動産グループは、木材を生産する川上から木材を活用する川下までをつなぎ、独自の木材サプライチェーンを構築。奥多摩町の林業を盛り上げ、新たな経済循環を創出している。

林業と生物多様性の両立を目指す

 並行して森林では、生物多様性に配慮した管理を行う。これはプロジェクトの二つ目の柱に当たる。

 「林業の発展は、生物多様性を損なうという考えもありますが、私たちは人間の活動を制限するのではなく両立を前提に取り組んでいます。そのために採用したのが、小規模モザイク状皆伐という手法です。伐採規模を小さく、年次を分けてモザイク状に実施することで生態系への影響を抑え、草原環境を創出しています」

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 大規模な伐採の方が作業効率は良い。従来とは異なる手法に、林業者から反発はなかったのか。

 「初めての手法に戸惑う林業者の方もいらっしゃいましたが、生物との共生を考えた上での手法だとお伝えして、理解していただきました。こうした事業では、対話して調整しながら前に進めていくことが重要です」

 木材の利用においても新たな価値観が生まれた。

 「建築用材として使用されるのは大半が、A材と呼ばれる品質の高い木材で、次いでB材、その他一般的に節が多い木や曲がった木は使用用途が限定されるため敬遠される傾向があります。私たちも森林管理に取り組むことで改めてこうした課題があることに気付き、木を丸ごと使い切るにはどうすればいいのかを考えるようになりました。未利用材を活用した家具を開発したり、枝葉から抽出したエッセンシャルオイルを用いたディフューザー・端材を使用したボールペンをノベルティとして配布したりする等、木材の有効活用を推進しています。今後は、建材メーカーや建設会社と共に、さらなる課題解決に向けた取組を進めていきたいと思っています」

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野村不動産グループの本社に設置された、つなぐ森の木の樹皮を埋め込みレジンで固めたテーブルと、つなぐ森の未利用材を活用した椅子

 奥多摩町との連携も進めている。

 「地元企業に伐採した木材の一次製材を依頼するなど、地域との共創を図るほか、つなぐ森をフィールドにグループ社員を対象にしたサステナブルツーリズムを実施し、関係人口を増やしています。また、奥多摩町の障害者福祉施設では、障害のある方たちと交流する機会を設けています。今後はこうしたプログラムを社外にも広く提供し、より連携を深めていきたいと考えています」

未来の仕事に生きる、自然体験

 都市で暮らす社員が自然体験を経て、社会課題を自分事として捉えるようになることは、社員自身だけではなく、企業にとっても大きな意味を持つ。

 「サステナブルツーリズムでは、森林に足を運び、そこに生息している生物の説明を受けるなど参加者がネイチャーポジティブ(自然再興)について考える機会を提供しています。森林の恵みを五感で受け止めた経験は、都市開発の現場に戻ったときに、木材利用を推進する力につながるはずです」

 三つ目の柱、未来を創る人づくりだ。自然環境を守ることだけではなく、そこに人の活動をリンクさせ、さらに事業と結びつけることで、持続可能になる。

 こうした幅広い活動が認められ、第1回Tokyo-NbSアクションアワード最優秀賞を受賞。これは東京都が、自然を活用して社会課題を解決するNbS(Nature-based Solutions)の取組を定着・拡大するために創設した賞だ。

 「私たちはこのプロジェクトで得た体験を、事業に広く活かすことで、企業としてもさらに強くなっていけると思っています。受賞によってプロジェクトの概要が多くの人に伝わり、共感した自治体や企業が同様の取組を始めたり、新たな展開に発展したりすることを期待しています」

 野村不動産ホールディングスは、東京グリーンビズのコラボレーションパートナーとして、東京都とともに東京の緑を「まもる」「育てる」「活かす」取組を推進している。東京を舞台にしたプロジェクトは、森林と都市の共生を目指すモデルケースとなりそうだ。

榊間綾乃

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野村不動産ホールディングス株式会社 サステナビリティ推進部 企画推進課 主任。2018年、野村不動産株式会社に入社し、法人向け不動産売買仲介を担当。2021年10月より現職。「森を、つなぐ」東京プロジェクトを担当。

「森を、つなぐ」東京プロジェクト

https://www.minnade-tsunagu.com/mori_wo_tsunagu/

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東京都は、100年先を見据えた"みどりと生きるまちづくり"をコンセプトに、東京の緑を「まもる」「育てる」「活かす」取組を進めています。
企業など様々な主体との協働により、「自然と調和した持続可能な都市」への進化を目指しています。
https://www.seisakukikaku.metro.tokyo.lg.jp/basic-plan/tokyo-greenbiz-advisoryboard

取材・文/今泉愛子
写真/井上勝也