ダンサー・森山開次氏が描く、誰もが輝ける表現の舞台

それぞれの翼で飛び立つー「WE HAVE WINGS」
2021年8月、東京2020パラリンピック競技大会は1年の延期を経て開催された。コロナ禍という困難な状況で実現した開会式のパフォーマンスでは、それぞれの個性を飛行機の姿で表現し、当時13歳だった和合由依氏が演じる「片翼の小さな飛行機」が力強く飛び立つストーリーを描いた。
「一人ひとりが最後までやり切って、楽しむことを一番大切にしていました。アーティストや出演者をはじめ、アクセシビリティディレクターの栗栖良依さん、アクセスコーディネーターの廣岡香織さんなど、障がいのある方々への情報提供や情報伝達をサポートする専門家がいてくれたからこそ、実現できました」
オーディションのときから森山氏にとって印象深かったのは、出演者たちの表現への強い思いだったという。
「こんなにも多くの人が『自分を輝かせていく場所』を求めていることを、改めて知りました。まずはパラリンピックの開会式を、みんなで一番輝ける場所にしようと決めて、それが成功した秘訣でもあると思います」

レガシーを受け継ぎ『TRAIN TRAIN TRAIN』へ
「誰もが表現を通して輝ける場所をつくる」というレガシーは、舞台『TRAIN TRAIN TRAIN』の着想へとつながっていく。開会式終了から数日後、森山氏は今回の舞台のメインビジュアルとなる列車の絵を描いていた。
「開会式のこの感動を一度で終わらせてはいけないと、みんなが実感していたと思います。この絆をつなぐために、私がクリエイターとしてできることを考えたとき、すぐに次の構想が生まれていました」と、森山氏は当時を振り返る。
着想源となったのは、和合氏が開会式のオーディションで見せたユーフォニアム演奏だった。オンラインの審査でありながら、森山氏はその姿に強く心を動かされたという。
「小さな体で大きな楽器を演奏する彼女の姿に感銘を受けました。管楽器は息を吹くと、それが音に変化して届く。障がいの有無に関係なく、生きている限り私たちはみんな息をしています。蒸気機関車が蒸気で走るように、私たちが呼吸する息やさまざまな気持ちを吸って、この列車は走っていく。そんなイメージにつながりました」

東京2020パラリンピック開会式で生まれたレガシーを受け継ぐことについて、森山氏は次のように語る。
「受け継ぐとは、ただ繰り返すのではなく、その先に進んで新たな課題と出会ったり壁にぶつかったりして、さらに進んでいくこと。新たな旅で新たなものと出会いながら、変化していくことです」
その思いは『TRAIN TRAIN TRAIN』というタイトルにも表れている。「TRAIN」を三つ並べることで、車両が連なり、みんなと輪になってつながるイメージを連想させる。東京2020パラリンピック開会式という過去から現在、そして新しい舞台へと、そのレガシーが受け継がれるイメージも抱くことができる。
多様な感性で楽しむ「ムジカ」
『TRAIN TRAIN TRAIN』では、障がいのある人の情報取得を支援する従来の情報保障とは異なる、新たなアプローチに挑戦している。主題となるのは「ムジカ」という音楽表現の概念だ。
「ムジカはもともと、今でいう音楽だけでなく詩や言葉、舞踊も含めた広い意味を持っていました。耳から聞こえる音だけではない、それぞれの感性で自由に『音』を受け取ってほしいと思います」
制作者が決めた正しい解釈を届けるためのサポートではなく、障がいの有無や種類に関わらず、多様な観客を想定し、それぞれが自分なりの「ムジカ」を感じて楽しむための工夫を凝らしている。

今回の舞台は、東京2025世界陸上、東京2025デフリンピック(国際的な「きこえない・きこえにくい人のためのオリンピック」)の文化プログラムの一環でもある。本プログラムでは、芸術文化を通じて共生社会の実現などを目指している。
そのため、舞台では特に聴覚障がい者向けの取組にも着目した。その一つが「サイン・ミュージック」と呼ばれる、手話をベースとした身体表現で視覚的に音楽を伝えるものだ。
「聴覚障がいのある詩人Sasa-Marie(ササ・マリー)さんに参加していただき、手話歌や音に合わせるダンスとは違う、聞こえない世界から生まれる『音』の表現を模索しています。作り手にもそういった感性と視点を持った方が入ることで、私たちでは手が届かない表現にアプローチできると思います」
その他、音声ガイドや字幕などの鑑賞サポート、補聴器などを使用する人にクリアな音声を届けるヒアリングループ席や車いす席の案内など、多様なアクセシビリティの実現を目指している。
「『多様性』という言葉が意識されないぐらい、障がいのある方が活躍したり表現を楽しんだりすることが、特別ではない社会がこの先に生まれてほしい」と森山氏はその思いを語った。
東京という「森」で出会う創造性
21歳でダンスを始め、演劇・ミュージカルの世界からコンテンポラリーダンスへ、そして能との出会い。世界で多岐にわたり活躍する森山氏にとって、東京という都市はどのように映るのだろうか。
「いろいろなものにあふれて、いろいろな人がいる。すべてが混在し密集しながら、目まぐるしく変化している東京という都市そのものが魅力だと思います。太陽や大地といった自然からインスピレーションを得ることも大切ですが、動物である私たち人間がこうしてひしめいている姿もまた、一つの自然の形と言えます」
人が密集しビルが立ち並ぶ東京の「森」も自然の一部である、そう森山氏は捉える。多くのものや人が集まり、さまざまな思いが渦巻く東京は、アーティストにとってはインスピレーションの宝庫といっても過言ではない。

「東京という森で、日本人としての感性や身体性を表現しながら、新しい日本を探すアプローチが、私にとって大事なことだと感じています。古きと新しきが混在し、変貌していく東京を楽しみながら、これからも見つめ続けたいです」
そう話しながら、森山氏は「新しい今の東京というのは、挑戦したいテーマの一つになりそう」と、新たな創作のインスピレーションを示唆した。
恐れずに表現する喜びを
パラリンピックの開会式では、さまざまな障がいがありながらもそれを魅力に変え、のびのびと演じる出演者の姿が輝いていた。『TRAIN TRAIN TRAIN』はそのレガシーを受け継ぎ、さらなる多様な表現を目指す。私たちにとって「表現の場」とはどのような意味を持つのか、森山氏に伺った。
「表現という漢字は『表に現す』と書きます。自分の心の中にあるものを、表に現す。それはダンスや歌だったり、絵や言葉だったり、表情だったり。内なるものを表に現して、自分以外の何かに出会わせることが、『輝く』ということなのかもしれません」
表現はアーティストだけのものではなく、誰もが自由に表現する喜びと、受け取る楽しさを感じられるものである。「誰の中にもある『表現の列車』を走らせる」という言葉の通り、森山氏は多様性を超えた自由な表現を、これからも追求し続けていく。
森山開次
写真/穐吉洋子