異彩を放つアートが社会を変える 銀座から世界への挑戦
家族の物語から生まれたビジョン
株式会社ヘラルボニーは、障害のあるアーティストと協働し、その作品を製品や体験、空間へと変換するクリエイティブカンパニーだ。スカーフ、文房具、包装、ライブペインティングのイベントなどを通じて、障害のある作家によるアート作品を日常生活に取り入れられるようにしている。人々はまず、作品自体の美しさに触れてから、その背景にあるストーリーを知る。
この考えのルーツとなっているのは、自閉症の兄と一緒に育った双子の創業者、松田崇弥氏と松田文登氏の物語だ。兄に対する偏見や差別を目の当たりにした2人は、兄のような人たちが自らに誇りを持って活躍できる世界をつくりたいと思うようになった。そんな願いの突破口となったのが、アートだ。障害のある作家がつくるスタイリッシュな作品が世間で評価されれば、障害に対する社会の認識自体が変わるかもしれないと考えた。
出会いが認識を変える
同社は銀座で、アートを通じて社会の境界をなくす実験室「HERALBONY LABORATORY GINZA」を運営している。障害のある作家のアート活動やアートプロダクトを通じ、人々が新しい価値観に出会える空間だ。
1階には、アートデータからつくられたプロダクトを販売するストアと、定期的に作家やテーマごとの展示を行うギャラリーを併設。上階のオフィスは、さまざまなアイデアを試すワークショップスペースとなっており、そこでの実践がライブペインティングやワークショップとしてギャラリーで具現化することもある。来場者は、新たな交わりが生まれる瞬間をリアルタイムで体感できる。
高級ブティックが立ち並ぶ銀座で、この空間は異彩を放っている。そして展示品には、あえて作品情報が添えられていない。通行人はまず、魅力的な現代アートとして作品に出会ってから、作者について知ることになる。「この順序が重要です」。そう語るのは、HERALBONY EUROPEのCEOで、パリでの事業拡大を主導する忍岡真理恵氏だ。「人々は、これらのプロダクトを数百円ではなく数千円で購入することで、芸術にはそれだけの価値があるという意思を示します。それだけでも、認識の変化につながります」
この考え方は、企業との提携でも同じだ。例えば、日本航空の役員をヘラルボニーの作家が働く施設に招待した時のこと。役員の多くにとって、障害のある作家の創作現場に長く立ち会うのは初めての体験だったが、当初感じた「ためらい」はすぐに「認知」へと変わった。違いは人と人を隔てるものではなく、人間らしさの表現方法の一つにすぎないのだ。
作家の制作過程を尊重
同社のビジネスモデルの根幹には、アーティストへの敬意がある。契約作家の多くは口頭でコミュニケーションを取らないため、彼らの意図はプロセスやコミュニティを通じて理解される。たった一つの赤や黄色の斑点が重要な意味を持ち、それが欠けると作者の意図が損なわれてしまうかもしれない。アート作品の使用時には必ず作家の許可を取った上で、提携企業に対してはオリジナル作品を損なわないデザインをするよう求めている。
作家への制作依頼時には、締め切りを提示することがほとんどない。代わりに、日常生活の自然なリズムの中で作られた既存作品をライセンスしている。「3週間で何か描いてください、などとは言いません」と忍岡氏は説明する。「アートが存在するのは、アーティストがそれを作りたいと思ったから。そうした敬意は、決して捨てません」
銀座と世界のアール・ブリュット
「銀座は『本物』を象徴する街です。銀座の人々にはまやかしがきかないので、本物でなければなりません」と忍岡氏は言う。同社にとって、銀座で確固たる地位を確立することは、日本文化の中核に居場所を確保するための一歩となる。だが、同社のビジョンは国内にとどまらない。
欧州、特にパリでは、長年にわたり「アール・ブリュット」が栄えてきた。これは1940年代に仏画家ジャン・デュビュッフェが生み出した造語で、正規の美術教育を受けていない作家が、芸術界のアカデミックな伝統にとらわれずに作る「生の芸術」を指す。ヘラルボニーは、銀座とパリの両方に拠点を置くことで、日本の物語とこの国際的な運動を結びつけるとともに、障害のある作家のアートが周縁にあるものではなく、グローバルな文化的対話の一部であることを示している。
クリエイティブな未来へ向けて
ここでは、日々の出会いが人々の認識を変えている。ライブペインティングを見学する子どもたち、スカーフを購入する観光客、作家と交流する会社役員──。こうした瞬間は外界へと波及し、「違い」に対する社会の認識を徐々に変えていく。
岩手県にルーツを持ち、東京、そしてパリへと進出したヘラルボニーは、一家族の物語から国際的なムーブメントへと成長してきた。その使命は明確だ。それは、障害のある人々によって生み出された芸術の美しさと真の姿を解き放ち、本物のイノベーションは機械や特許ではなく、人間の創造性にあるのだと示すこと。
芸術作品には、その一つひとつに新しい視点がある。ヘラルボニーが発信するアートはどれも、インクルージョンは遠い目標ではなく、私たちが今すぐにでも選択できるものであることを思い出させてくれる。
※本記事ではヘラルボニーの障害の社会モデルに基づくワーディングスタンスに準じて「障害」という表記を使用しています。
忍岡真理恵
株式会社ヘラルボニー
https://www.heralbony.jp/写真/穐吉洋子
翻訳/遠藤宗生









