古代文字解読の夢を追って東京で暮らす国際研究者

 東京は、卓越した学術環境と活気ある生活環境の両方を求める外国人研究者を魅了し続けている。東京都立大学(都立大)で博士号の取得を目指すインド人研究者のスジャータ・サイニ氏もその一人だ。彼女が歩んできた道のりを見ると、東京の学術的資源、多文化コミュニティ、支援インフラが、いかに留学生にとって有意義な機会を生み出しているかがわかる。

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歩んできた学問の道と東京での留学生活について話す博士課程の研究者、スジャータ・サイニ氏

卓越した研究環境を求めて東京へ

 サイニ氏が観光ビザで初めて東京を訪れたのは2018年12月のことで、東京という都市とその研究環境のいずれにも興味があった。この旅の途中で出会ったある教授に、なぜ日本を選んだのかと尋ねられた。彼女は、革新的なアイデアや実践研究に対し積極的な支援を受けられる場所を求めており、東京は資源、プロフェッショナリズム、新しい視点に対する受容性のバランスが優れていると思ったと説明した。

 第一印象に勇気づけられたサイニ氏は奨学金を申請し、文部科学省の大学推薦による留学生奨学金を受けることとなった。別のオファーも受けたが、文部科学省のプログラムを選択し、コロナ禍の2021年9月に正式に来日して博士課程に進むことができた。

 サイニ氏が特に感心したのが出願手続きである。国によっては膨大な書類が必要だが、都立大の手続きはそれより簡便で実用的だったため、研究活動に重点を置くことができた。

東京都立大学の資源とコミュニティ

 サイニ氏は都立大で、学問と私生活の両面で支援を受けることができた。都立大は東京都が設置・運営する大学で、文部科学省、日本学術振興会、提携大学や各種研究所と関連する奨学金制度など、さまざまな形で資金を提供している。こうした機会のおかげで、多様な背景を持つ有能な学生が東京に集まっている。

 新型コロナウイルスによる行動制限下に来日したサイニ氏は、整然とした対応に目を見張った。東京都が大学と協力して学生の来日を慎重に管理し、宿泊施設や支援を手配した。後に最初の奨学金給付期間が終了すると、東京都の別のプログラムによって継続することができた。それまでに受けた支援の中でも最大級のものだったという。

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都立大で受けられる支援制度と得られる機会を強調するサイニ氏

 サイニ氏は文部科学省国費留学生協会にも参加している。日本にいる国費留学生にガイダンスを提供し、関係づくりをする学生のコミュニティである。現在は会長として、自分が来日した時に受けたのと同じような支援を人々に提供するため尽力している。

AIと古代語の融合

 サイニ氏の博士課程での研究は、コンピューターサイエンスと人文学を結びつけるものである。データセットを一から作成し、それをAIで認証する方法で、インダス文字、インダス印章文字などと呼ばれるインダス文明の記号を研究している。これらの記号はかつて貿易に使われ、家の外に刻まれることもあったため何かの意味があることは間違いないが、いまだ解読されていない。彼女の研究は、それらを同時代の他の文明と比較して、つながりがないか明らかにしようというものだ。

 課題は限られたデータしか入手できないことにある。彼女によると、AIは調理をするように機能するが、この場合は「原材料」、つまりデータが不足している。それでも彼女は楽観的で、自分の研究が積年の歴史の謎を解き明かすのに貢献すると考えている。

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サイニ氏はここで、博士課程の一環としてAIを利用した古代語の研究に取り組んでいる

 このような分野横断的アプローチは、サイニ氏自身の学歴にも表れている。彼女はコンピューター科学、物理学、数学の学位に加え、哲学の修士課程を修了し、心理学も学んでいる。これらの経験は、人の行動と社会課題への関心を深める糧になった。彼女にとってAIは強力なツールだが、最終的には、研究は人間の課題に取り組むことを重視すべきだと考えている。人間性を目的とし、現実世界の問題を解決するのが重要ということである。

東京の生活への順応

 留学生によくあるのは言葉の不安だが、サイニ氏は、言葉の壁は思ったほど大変ではなかったという。日本語学習も役に立つが、東京は国際的な都市で、人々も進んで支援してくれるため、生活の移行はスムーズだったという。彼女によると、東京、特に技術関連分野では、ほとんど日本語を話せない人でも快適に生活や仕事ができている。

 それでも、努力することは大切だと彼女は考えている。基本的な挨拶をすることや、こんにちはと言う、お礼を言う、丁寧にお辞儀をするといった礼儀正しさは、関係を築き、機会を広げるために大いに役立つ可能性がある。

 東京での日常生活は、安全性と便利さの点でも印象的だった。「ここは本当に安全な場所です......午前1時頃に終電で帰宅することもできます」。さらに彼女は、深夜まで開いている店があること、公共交通機関が効率的であることも大きな利点だと強調する。

 休みの時はお台場を訪れるのが好きだという。海辺の景色が故郷を思わせる心安らぐ場所であり、ある夜はこの場所の雰囲気から、インド北部のガンジス川のほとり、特にウッタラカンド州の聖地ハリドワールに帰ったような気持ちになった。

研究室の外での機会

 東京がサイニ氏に提供したものは、学術的資源にとどまらない。研究、テクノロジー、スタートアップの世界的中心地であるこの都市には、分野を超えて専門家が集まるカンファレンスやネットワーキングの機会がある。日本の主要な学術・産業イベントのほとんどが東京で開催されるため、関係づくりには最適な場所だという。

 また、彼女は学生のコミュニティでリーダー的な役割を担っている。都立大ではGoogle Developer Student ClubとMicrosoft Learn Ambassador Clubを創設し、女子高校生にコーディングの指導もしている。こうした経験に加え、カンファレンスの主催やボランティア活動などが、彼女の教育と指導に対する情熱をさらに高めている。

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学術研究以外に東京が与えてくれた機会を振り返る

 将来についてサイニ氏は、日本で研究者としてキャリアを積みたいと考えており、すでに助教授のオファーを受けている。今も大事にしているのは教育、指導、研究であり、それらはすべて東京での経験から生まれている。

 彼女の行動指針は、これまでの道のりを反映している。「夢は変えてはいけない、アップグレードしよう」。彼女にとって、東京はアップグレードした夢が現実になった場所である。「日本に来た時、人々がバスの運賃を払うのにスマートフォンをタッチしているのを見て本当に驚きました。東京は私の心を読んでいるのかしらって」。そう言って彼女は笑った。

 サイニ氏は海外の若い研究者に、自分で東京を経験してみるよう勧める。「若い時、特に大学生は、旅をするべきです。世界を探検して、違った視点を身につけるべきです。そして、日本と東京ほどインスピレーションを与えてくれる場所はありません」

スジャータ・サイニ

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スジャータ・サイニ氏は、文部科学省の奨学金を受け、東京都立大学博士課程で学ぶ研究者となった。専門分野はAutoML(自動機械学習)、情報の可視化、AIのデジタル人文学への応用である。Microsoft Learn Student Ambassadorを務め、都立大にGoogle Developer Student Clubを創設し、日本のWomen Techmakers Ambassadorでもある。世界のテクノロジーコミュニティに積極的に参加し、次世代の研究者のための協働と機会を推進する。チームを率いて日本ASEAN台湾次世代交流フォーラム(JTAF)大会2024で優勝し、台湾への招待を受けてアジア諸国の水道・公衆衛生インフラに関するプロジェクトを紹介した。現在、日本の文部科学省国費留学生協会会長を務め、テクノロジー分野で積極的にコミュニティを構築し、テクノロジーと学術分野における女性の活躍を推進、支持している。
取材・文/ウォルト・デルガド
写真/穐吉洋子
翻訳/伊豆原弓