一針に込めた伝統─江戸刺繍を継いだ姉妹の挑戦:高橋刺繍店

*本記事は、「Artisan - fashion tech news」2025年7月7日掲載)からの転載記事です。

 長い時間をかけて、一針ひとはり丁寧に描かれていく模様。飛鳥時代から受け継がれてきた伝統工芸である江戸刺繍に、注目が集まっている。東京・杉並で、和装を専門に江戸刺繍を手がける高橋刺繍店。姉妹で事業を受け継いだ、3代目の齋藤 優子さんと遠藤 麻美さんは、手仕事の素晴らしさを伝えるため、伝統的な技術を生かした新しい江戸刺繍を生み出し続けている。
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Photo: courtesy of Artisan - fashion tech news

武士が愛し、庶民が育てた江戸刺繍を受け継ぐ

─江戸刺繍の歴史を教えてください。

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Photo: courtesy of Artisan - fashion tech news

齋藤 飛鳥時代に仏教伝来とともに仏像の刺繍が入ってきて、着物や帯を刺繍で飾り立てるようになりました。京都刺繍、加賀刺繍、江戸刺繍の三大刺繍があり、武士好みのピリッとした辛口の色合いが江戸刺繍の特徴。絹糸を使い、絹地や麻に刺繍します。

 豪華な刺繍は武士や豪族のお姫様に好まれましたが、江戸時代に贅沢禁止令が出て、庶民には友禅の着物に部分的に刺繍を入れるあしらいの技法が流行りました。

遠藤 絵柄は時代によって変化してきましたが、基本の縫い方や使われる糸はほとんど変わらない。何百年もの間、受け継がれてきた伝統の手仕事です。

─姉妹2人で、家業を継ぐことになったきっかけは何でしょうか?

齋藤 高橋刺繍店は、1968年創業、父が事業を立ち上げました。母が2代目、私たちが3代目です。父が病気で具合が悪くなったことで、家業を継ごうと、2人で本格的に職人の道に進むこととなりました。

遠藤 普段は、図案やデザインに強い方が構想を練り、もう一方が技術的な細部を仕上げるなど、得意分野を分担しています。外部とのやり取りや、SNSの発信も担当を分けています。明確な線引きではなく、お互いの動きを見ながら柔軟に補い合っている形ですね。

─共に3代目になり、良かったと思うことはありますか?

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Photo: courtesy of Artisan - fashion tech news

齋藤 姉妹なので、言葉にしなくても通じたり、仕事のテンポや感覚が合うことが強みです。お互いを尊重して自然に支え合える関係性が育っているので、長く続けられる安心感もある。「江戸刺繍を次の世代に伝えていく」という想いを共有できることも、家族ならではですね。

遠藤 時には意見が食い違うこともありますが、「良いものを作りたい」という同じ目標があるので、話し合い、納得いく形で進めることができる。異なる意見から新しい視点が生まれることもあるので、良い刺激になっています。

平面に陰影や立体感を表現する、職人のセンス

─美しく模様を仕上げるために、どのような技法があるのでしょうか。

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Photo: courtesy of Artisan - fashion tech news

齋藤 渋型紙(しぶかたがみ)を使って、胡紛(ごふん)で型を取り、刺繍していきます。洋裁のようにチャコペンで下描きするのではなく、はたいて飛ぶ胡紛を使うのは、仕上げに図案を美しく調整するためです。

遠藤 12本で仕立てられた釜糸を割ってほどいて、糸の色を混ぜる「糸縒り(いとより)」は、少しずつ色を変化させた糸を使い分けることで、柔らかく繊細なグラデーションを生み出します。

 刺繍の模様が浮かないように斜めに糸を刺す「切り押さえ」は、模様がかすれないように耐久性を高めます。糸の色や縫い方によって、模様を変化させることもできます。

 江戸刺繍は、糸の色や太さ、縫い方によって、光沢が変化したり、まったく異なる味わいに仕上がったりします。それらを使い分けながら、丁寧に図案を縫い上げていきます。

─熟練の技術と経験が必要なのですね。

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Photo: courtesy of Artisan - fashion tech news

遠藤 難しいのは、お客さんの求める色やディテールに仕上げること。着物のおあつらえは呉服屋さんが注文を受けて、引き染屋さんが生地を染めて、刺繍屋が刺繍をしてと分業なので、直接好みを伺えるわけではありません。注文から予測して「この刺繍屋はこの色を出してくれる」という信頼に応えなければならない。

齋藤 洋服の感覚だと、着物では派手になる。たくさん刺繍すればいいわけではありません。引き算をすることによって、陰影や立体感が引き立つ。さらに、自分たちの色を出しすぎるとお客さんの好みからは外れてしまう。そこに職人のセンスが問われる。機械にはない、手仕事ならではの難しさと面白さだと思います。

─相撲の化粧廻しや歌舞伎の衣装など、さまざまな江戸刺繍がありますが、高橋刺繍店はどのような強みを持っているのでしょうか?

遠藤 日本では、結婚式、お葬式など、正式な場に着ていく格の高い着物には、背中に家紋をつける文化があります。その中の「縫い紋」を、高橋刺繍店では得意としています。

齋藤 何枚も着物を持っている方もいるので、糸の色や縫い方を変化させて、紋をアレンジします。おしゃれですよね。着ていく場所、シーン、季節、着物の格、生地に合わせて、ご提案をさせていただきます。

日本の手仕事の素晴らしさを、次世代へと伝えていく

─デザイナーとコラボレーションする「東京手仕事プロジェクト」で開発した、縫い紋の技術を生かした「小間紋 komamon」は、若い方に人気だとか。

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Photo: courtesy of Artisan - fashion tech news

遠藤 「小間紋komamon」は、天然木と江戸刺繍を組み合わせたリングです。ボカシ縫い(糸の色調によって色の濃淡をぼかす)、須賀縫い(布目の凹凸に糸を渡していく)、相良縫い(丸い結び玉で模様を表す)といった伝統技法を使い、千鳥、梅、橘など、縁起の良い吉祥紋様をあしらいました。

 イエローベースとブルーベースで、肌の色に合わせて選べる2色展開です。磁石で付け替えられるので、コーディネートに合わせて好きな紋を楽しめます。

齋藤 開発のきっかけは、フランスで日本文化を紹介するイベント「Japan Expo」に参加したことです。そこで海外の方に家紋が大好評だったんです。紋帳を眺めて「日本には、こんなに家紋がいっぱいあるんだ!」と珍しがってくださって。

 海外の方や、普段着物をあまり着ない若い方にも、江戸刺繍や紋の魅力を再認識してもらえる商品になればいいと思います。

─ブローチやカフスボタン、大阪・関西万博のライセンス商品など、新しい商品を開発されていますが、大切にしていることは何ですか?

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Photo: courtesy of Artisan - fashion tech news

齋藤 本物の手仕事の素晴らしさを伝えることです。最近はミシンの刺繍も多く、そのほうが値段は安い。でも、手仕事にしかない独特の風合いと良さがあるんです。伝統技術を生かして、手仕事の魅力が伝わる製品の開発を目指しています。

遠藤 Japan Expoでもう一つ感じたのは、海外の方にも本物の良さは伝わること。他ブースで、ポリエステルのプリントの羽織を販売していたのですが、絹地に絹刺繍の羽織を自ブースに置いていたら、着た方が「本物は違う!」と言ってくれたんです。

 天然素材の絹は、着心地がよくて体に優しい。さらに、ほどいて仕立て直せる「洗い張り」など、着物は江戸時代からサステナブルな使い方がされてきました。着物の素晴らしい魅力を広く伝えていきたいです。

─現在課題に思っていることと、これから取り組みたいことを教えてください。

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Photo: courtesy of Artisan - fashion tech news

齋藤 後継者がほとんどいない状態なので、職人の高齢化が課題です。趣味として刺繍を教室で習う方は多いのですが、職人の道を選ぶ方は少ない。若い方がいないので、このままでは技術が衰退してしまうのではと心配です。

遠藤 なので、江戸刺繍を知ってもらうためのきっかけとして、若い世代や海外の方に手に取ってもらえる小物を開発しています。そこを入り口に、着物の素晴らしさを伝えていきたい。着物を着る方が少なくなっていますが、江戸刺繍の職人は、やはり着物で技術を磨くことが必要です。

齋藤 次のステップとして、江戸刺繍のワークショップを開催したいと思っています。東京刺繍協同組合でも、帯の刺繍を集めた展示会を秋に開催する予定です。本物の手仕事の魅力を多くの人に伝えていきたいと思います。

左・遠藤 麻美(えんどう まみ) 右・齋藤 優子(さいとう ゆうこ)

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遠藤 麻美

1973年生まれ。高橋刺繍店3代目。会社で働きながら、父・高橋善信に師事。2003年より高橋刺繍店に勤務し、母・高橋美千代に師事。第47回全国伝統的工芸品公募展「みんなでおそろい」特選(2022)。

齋藤 優子

1969年生まれ。高橋刺繍店3代目。父・高橋善信に師事。2004年より高橋刺繍店に勤務し、母・高橋美千代に師事。第45回全国伝統的工芸品公募展「My Favorite Fragrances」入選(2020)、第46回日本染織作家展 名古屋帯「面影」入選(2023)。

Artisan - fashion tech news

Artisanは、「伝統こそ、革新。」をテーマに、日本の工芸や職人技の魅力を未来へとつなぐプロジェクト。受け継がれてきた美意識や技術の背景にある物語を丁寧に取材し、現代の感性で再解釈して発信している。テクノロジーやデザインとの融合を通じて、ものづくりの新たな可能性を国内外へ届けることを目指している。
文・撮影/荒田 詩乃