消えかけていた伝統を復活:江戸からかみをつなぐ東京松屋の挑戦
「江戸からかみ」とは、襖紙や壁紙に使用される日本の伝統的な美術工芸紙であり、江戸時代から町人文化を彩ってきた。東京松屋は、東上野で330年ものあいだ商いを続けてきた老舗の版元和紙問屋である。第18代 伴 利兵衛さんは、戦後、襖紙業界の機械抄き和紙・マシンプリント生産の台頭により失われてしまった江戸からかみを復興させた立役者だ。さらに、後継者問題を解決するため、版元でありながら自社工房を整えた。工房の責任者を務める職人の高杉さんと共に「江戸からかみ」の魅力と未来への取組を伺う。
平安時代からの技術が、現代へと続いている
─御社の来歴について教えてください。
伴 東京松屋は、江戸からかみの版元和紙問屋です。襖紙・壁紙の和紙内装材料の製造・販売・卸売を行っています。
創業は江戸の元禄3年。今年で336年目になりました。何度も火事で焼けているため、資料がほとんど残っておりません。災難の度に風呂敷にくるんで上野の山に逃げ、守ってきた御本尊様・過去帳・お位牌によると、私で18代目です。
初代の松屋伊兵衛が本を企画販売する地本問屋を始めて、3代続いた後に紙屋になりました。その際伊兵衛あらため利兵衛となり、以来松屋利兵衛を代々襲名しております。このあたりは寺町なので、表具師さんが使う紙類を中心に、襖紙、障子紙、掛軸の表装用の金襴・緞子(きんらん・どんす)、襖榾(ふすまほね)、椽(ふち)、錺金具引手(かざりかなぐひきて)などを扱う専門店として商いを営んできました。
─江戸からかみの歴史について教えてください。
伴 平安時代までさかのぼります。北宋から渡ってきた紋唐紙を模して和紙を装飾し国産化した「詠草料紙(えいそうりょうし)」。当時の貴族がやまとうたを歌い、したためるために使われたこの美しい紙がからかみの技法の源です。最初は貴族屋敷にある衝立や屏風に使われ、後に襖へとその用途は変化していきます。
京で発展したからかみは、江戸初期に職人が江戸へと下ってきます。100万人都市の江戸では火事がよく起きたために襖の需要が高く、からかみの産業がよく栄えました。当時は10軒以上職人がいた記録もあります。江戸からかみは粋な町人好み。雀や草木など、素朴で季節感のあるモチーフを使った柄や、縞や格子が愛されていました。
明治・大正時代には、紙漉きの技術が向上して襖紙が大判になったことから、江戸からかみの版木も大きくなり、構図が大きくおおらかな文様が展開されるようになりました。
─長い歴史のなかで培われてきた、技法の特徴について教えてください。
伴 3つの技法を組み合わせるのが、江戸からかみの特徴です。それぞれ「唐紙師(からかみし)」「砂子師(すなごし)」「更紗師(さらさし)」と呼ばれる職人が分業し、技術を発展させてきました。
版木で文様を摺り上げる「唐紙師」の技法である木版雲母手摺り(もくはんきらてずり)。岩絵具や雲母と海藻のふのりを混ぜた絵の具を、篩(ふるい)で版木に移し、そのうえに和紙を置き、両手のひらでやさしく撫でて、文様を写し取ります。
竹筒に金銀の箔を入れて、紙に振りかける金銀箔砂子手蒔(きんぎんはくすなごてまき)は「砂子師」の技法。蒔いては乾かしを繰り返し、深みのある図柄が描かれます。
江戸時代中期、着物の型紙の技法から発展したのが「更紗師」。文様が彫り抜かれた伊勢型紙(渋型紙)を和紙の上に置いて、絵の具を丸刷毛で摺りこみます。複数枚の型紙を用いる多色摺りが可能です。型紙は版木より型を起こしやすく、火事の際に持って逃げることも簡単だったため、江戸で繁盛しました。
戦後の大量生産の時代に失われた江戸の文様を再興させた「見本帖」
─家業を継いだとき、時代の変化のなかで、江戸からかみは苦境に立たされていたそうですが、当時のことを聞かせてください。
伴 5人兄弟の次男として生まれた私は、店を継ぐことを当然と感じながら育ち、大学卒業後すぐに1つ年上の兄と一緒に入社しました。私の父は人が好く騙されやすいタイプの人間だったので、早いうちに継がなければならないという想いもありました。
その頃は戦後の高度経済成長の真っ只中。大量生産できる機械抄き、マシンプリントが導入されて、襖紙業界も大きく変化していた時代でした。江戸からかみの技術を持っていた職人がいても、紙を売る先が無い。東京松屋でも、江戸からかみの取り扱いが無くなっていました。
しかし倉庫には、美しい江戸からかみがたくさんありました。どうしてこんなに綺麗な紙が世に出ないのだろう。見本帖として出せば、家を新築して襖や壁を貼るときに、選んでくれるお客さんが必ずいるはずだと、伝統的な文様を取り入れた見本帖をつくることにしました。
─途絶えてしまっていた文様をどのように集めて、見本帖にまとめたのでしょうか?
伴 職人を一軒一軒をたずねて、ほこりをかぶっていた版木や型紙を再び見出し、文様を調べていきました。かなり時間がかかりましたね。約30年間かけて、1992年創業300年記念に393点の全国の各産地の手漉き和紙や手摺りの江戸からかみを収録した見本帖「彩(いろどり)」を発行しました。
さらに、その前年に、見本帖に協力してくれた職人と一緒に、江戸からかみ協同組合を結成しました。そうした取組から、1992年に東京都の伝統工芸品に指定、1999年には国の伝統的工芸品に指定いただくことができたのです。
生き物である和紙や絵の具に向き合う
─ここからは、和紙を均一に染めあげる「具引き」と「木版手摺り」を見学させていただきたいと思います。高杉さん、よろしくお願いします。
高杉 最初に紙の裏面を丁寧に湿らせます。表面だけ絵の具でぬれてしまうと、紙が突っ張り丸まってしまうので、裏面に湿りを与えてバランスを整えます。夏は乾きやすく、冬は乾燥する。気温や湿度などの環境により変化するので、加減を見ることが大事です。一度紙を丸めて休ませて、ほどよい状態になった紙に、岩絵具とふのりを混ぜて練った絵の具を大きな刷毛で一気に引いていきます。
─刷毛を動かすスピードが速いですね。
高杉 紙が乾く前に全体を染める必要があるので、スピードが大切です。ただ、和紙は柔らかく繊細で、失敗したら皺が入ってしまうので、息を止めて集中して引きます。刷毛目をいかに少なくして、均等に一段一段を染められるか。引き染めては乾かすを繰り返して色を塗り重ねていきます。
紙によって、水の染み込み方、柔らかさ、厚みが異なります。さらに、絵の具は色により個性があり、青は硬くて特に難しい。粒子が砂のように残り、紙の上に濃い青い線が出てしまうことを「青が走る」と呼ぶこともあります。道具のコンディションを見つつ、手加減しながら合わせていきます。
─具引きした紙に文様を摺っていくのですね。
高杉 はい。「輪違い」の文様を摺っていきます。雲母とふのりを混ぜた絵の具を篩で版木の凸部に移し、和紙を置き、両手のひらでやさしく撫でて、文様を写し取る。市松文様など画面全体に水平垂直につながる連続文様は、ちょっとでも絵の具の濃淡やズレがあると仕上がりに影響してしまうので手加減が難しいんです。手で摺るからこそ、江戸からかみの文様の優しい味わいが生まれてきます。
次世代へと技をつないでいくために、ルーツに何度も立ち返る
─次世代の職人を育成するために、東京松屋が取り組まれていることを教えてください。
伴 江戸からかみは、これまで長く分業体制で製造されてきました。版元である東京松屋は、職人に和紙を支給し、摺り上がった紙を検品し卸売販売していたんです。しかし、近年職人の高齢化や後継者問題を抱えて、引退や廃業する工房が増えてきました。協同組合を立ち上げた頃は10軒ほどあった工房が、現在3、4軒。このままでは江戸からかみを未来につなげることはできないと、自社工房をつくることにしました。
最初は、弊社の流通倉庫の一部で研究室として始め、だんだんと江戸からかみの需要が増えてきたので、次第に生産量が増え、店舗の4階に工房を備えました。高杉さんを筆頭に、現在6名の若手職人が育っています。版元で製造することで、安定したクオリティを保てるようにもなりました。
─江戸からかみの文様を取り入れた文房具など、魅力を伝えるための商品開発にも取り組まれていますね。
伴 江戸からかみの文様は、伝統的な価値があるだけでなく、現代に受け入れられる優れたデザインが特徴です。その魅力を広く伝えるために、紙箱・祝儀袋・ポチ袋・一筆箋など、手軽な形で生活に取りいれやすい紙小物・ステーショナリーを若手社員が商品開発しています。
文様が際立つように、紙小物には鮮明な色を選んでいます。江戸からかみを新鮮に受け取ってくださる若い世代の方も多く、ミュージアムショップ、百貨店などでの取り扱いが増えてきました。
また、弊店建物の上層階では、襖や障子、壁面に江戸からかみを使用した集合住宅を設え、常に満室です。そこから地元近隣の住戸やマンションのエントランス、下町の店舗や旅館ホテル、寺社など、江戸からかみを使っていただく場が広がっています。
江戸からかみは、主役ではなく引き立て役です。お部屋の空間やそこにある人やものをより美しく魅せることができる。さらに和紙の吸湿作用が、人の身体にとても良い。心地よい空間をつくりたいお客様に選ばれています。
─江戸からかみの魅力を伝えるために、どんなことを大切にしていますか? これから挑戦したいことなど展望をお聞かせください。
伴 僕らの仕事にはルーツがあります。江戸からかみは、和歌をしたためるための「詠草料紙」が部屋を彩るために広がっていきました。この原点に立ち返る往復を怠ってしまうと、いつのまにか自己表現に変わってしまう。だから、何度もルーツへと戻ることが大切です。
これから手がけたい仕事として、桃山~江戸時代に刊行された「光悦謡本(こうえつうたいぼん)」の文様を復刻したいと思っています。本阿弥光悦が能の曲目を編んだこの本は、からかみの文様がふんだんに使われています。古くから続いてきたものに立ち返ることで、それを土台に新しい展開を考えられる。本物の美しさと良さは、必ず伝わると信じていますから。





