写真が捉える東京の住宅建築
対照的なものが同居する都市
2001年に理工系の大学を卒業したばかりのステラ氏は、旅行中に写真に興味を持つようになった。東京で数カ月インターンとして働く妻を訪ねるため、2005年に初めてこの地を訪れた。ステラ氏は「東京には大きな衝撃を受けました。他のどことも違う独特で魅力的な世界でした。パリとは全然違うので、少し戸惑うこともありました。理解すべきことも、学べることも多く、そこに惹かれました」と話す。
「この都市は、ヨーロッパの人にはとても魅力的だと思います。夜にきらめく高層ビル群があるかと思えば、狭い路地もあり、その対比が気に入っています。エネルギーと静寂が混在し、巨大な鉄道駅やその周辺の活気と、閑静な住宅街が対照的です」
東京への旅は、ステラ氏がプロの写真家になる上で重要なステップになった。短い滞在期間中に撮影した写真が好評だったのだ。東京にほれ込んだ彼と妻は、本格的な移住を考えるようになったが、2009年に妻へ仕事のオファーがあり、それが実現した。
ステラ氏はパリの会社を辞め、妻と共にワーキングホリデービザを取得したことで、引き続き創作活動の機会を追求できるようになった。「移住する前は、パリで写真の仕事の傍ら、いくつか記事の執筆もしていたので、仕事の依頼があれば対応できるように、新聞社に行って日本に住むと伝えました」
建築に目を向ける
最初は、フランスで仕事をしていた出版社から取引先を広げるまで、しばらく時間がかかった。やがて少しずつ世界のさまざまなメディアにステラ氏の写真が掲載され始め、1年後には報道ビザを申請することができた。以後、彼の写真が『ニューヨーク・タイムズ』、『ガーディアン』、『フィナンシャル・タイムズ』、『ブルームバーグ』、『ナショナル ジオグラフィック』などのページを彩るようになった。
ステラ氏の作品の多くは人物を中心としたドキュメンタリーやポートレートだったが、ある仕事が作品の方向性を変えるきっかけになった。「フランス大使館を通じて、建築にフォーカスした仕事をする機会があり、そこから建築写真を手がけるようになりました。その後、自分自身の個人的なプロジェクトとして『東京の家』を始めました」
「欧米ではあまり知られていない東京の住宅街を紹介したいと思いました。欧米の人々は、渋谷のスクランブル交差点や高層ビル群、人口が密集する都市中心部については知っていますが、私は東京の中で人々が暮らす場所も紹介したいと考えたのです」
東京では、柔軟性の高い独自の都市計画法などのおかげで多様な建物を建てられるため、少々奇抜なデザイナーズハウスが都内全域に点在している。それらがステラ氏の写真家としての視線を引きつけ、やがて彼の本を構成することとなった。
「住宅街の現代的な住宅に焦点を当てようと考えたのは、それらの建築が面白いからです。ここ東京の住宅は、ヨーロッパと比べても独特だと思います。建物に関する規制の違いから、設計の自由度が大きいためです」
建物の向こうに暮らしがある
しかし、ステラ氏の写真に写るのは建物だけではなく、その周辺に息づく暮らしである。「写真は、周辺が写り込むように横位置で撮るのが好きです。ドキュメンタリー風に家と人を写すこともできます。いつも人間に焦点を当てるようにしているので、建築物を撮影するときでも人物を入れることが重要です。誰かが建物の前を歩いているだけでも構いません。それが写真に命を吹き込み、人と建物のつながりを表すのです」
写真自体も、東京でステラ氏の心を捉えた対比に満ちている。まるで空想の世界から抜け出したような建物の中には、住宅というより宇宙船のようにも見えるものもあるが、その周囲には住民の日常生活があり、非日常と日常が隣り合わせに存在する。
こうして完成した『東京の家』は、2014年9月に出版され、読者は東京の住宅街の珍しい光景を垣間見ることができるようになった。ステラ氏は「海外から来た人は、必ず日本に魅了されます」と言い、さらに「写真家の目標の一つは、写真を通して旅をしてもらうことだと思います。私の本を見る人の中には、こんな家に住んでみたいと夢見る人もいるでしょうし、どうしたらこんな変わった建物に住めるのか知りたいという人もいるでしょう」と話す。
ステラ氏はこの本で、多くの人が考えたこともない、あるいは存在すら知らなかった都市の異なる一面を見せることを目指した。東京は高層ビルとネオンサインだけの都市ではなく、住宅街には何百万もの人々が暮らし、それぞれに違った人生があり、違ったデザインがある。この知られざる世界を切り取って紹介した結果、『東京の家』は極めて高い評価を受け、世界中で多くの写真展が開催されるまでになった。
アーティストの都市
東京は、何世紀にもわたりアーティストを惹きつけてきた。江戸時代の浮世絵師から21世紀の写真家や映像作家まで、東京にはいつの時代も人を魅了する強い力がある。「東京は魅惑的です。撮影対象がたくさんあり、街が清潔でうまく設計されているため、何を撮っても良い写真になりそうな気がします」
ステラ氏の次のステップは、良い写真を撮るだけではなく、ストーリーを、それも「まだ語られていない新しいストーリー」を語ることだ。誰もが片手で写真や動画を撮れる世の中で新しいストーリーを見つけることは難しそうだが、諦める必要はないとステラ氏は言う。「東京は進化し続ける都市で、社会も絶えず変化しているため、いつでも語るべき新しいストーリーがあります」
ジェレミ・ステラ
写真/ジェレミ・ステラ
翻訳/伊豆原弓




